徐晃伝
情報伝達は戦の要。 軍議を重ねて、徐晃は諸将に語る。 「何よりも肝要は、籠城する味方と連絡を密にする事でござる。 何としても樊城の曹仁殿と通信すべく、活路を拓かねば!」 兵らを休ませるうちも徐晃は、休まず頭を働かせた。 「この道は通れぬ。ここ…
樊城(はんじょう)。 外周一帯は水没し、籠る魏軍に逃げ場は無い。 揚々と意気盛んなる関羽の荊州軍がこれを幾重にも包囲し、糧道を断った。 魏兵は飢えと病に弱る。 守将・曹仁はそんな麾下の将兵を見やり、顔を歪める。 「・・・もはや軍の体(てい)を成してお…
兵が足りない。 先に、水龍の顎(あぎと)に飲まれた于禁ら七軍は虎の子であった。 漢中・合肥の戦線も含め三方面、方々に作戦を強いられる魏軍にとって、荊州への動員兵力はもはや限界に達している。 単騎、宛城へ先駆けた徐晃はそこで将・趙儼(ちょうげん)…
漢中から撤兵する魏軍の中に徐晃もいた。 雨が降りしきる。 兵の歩く道には泥が跳ね、足取りは重かった。 勝利を掲げて都への凱旋とはゆかず、戦略的な撤退である。 (・・・拙者の武、もっと高みへと届いていれば。 夏侯淵殿も、お味方も犠牲は少なく、勝ち戦…
山険に鎮座する巨大な関門。 石造りに積み上げられた城壁は高く聳(そび)え立ち、何者をも寄せ付けぬ堅牢な要害を成している。 正面、巨大な鉄の門は固く閉ざされ、『陽安関』の文字が堂々と大地を見下ろしていた。 壁上にズラリと蜀軍の弓兵が構え、眼下に…
馬鳴閣の街道へ進出した蜀将・陳式は、軍師法正の戦略眼に感嘆した。 「主戦場より遥か北西、この馬鳴閣は漢中と中原を結ぶ喉元にあたる。 ・・・山険の攻防にばかり目を取られていたが、これは妙手よ」 敵と戦って討ち破るだけでなく、軍を迂回させ敵を包囲す…
徐晃。 一軍の将である。 漢中の険しい峰々を眺めやり、歯痒い思いを抱いていた。 (攻めの手が今一つ、掴め申さぬ・・・) 蜀の劉備との山岳戦は長期に及んでいた。 軍師・法正は執拗に魏軍の弱点を炙り出す巧みな采配で、徐々に、戦局の帰趨を掌握してゆく。…
司馬懿。 傑出した智謀を秘める稀代の軍略家だが、今はまだ鳴りを潜めて淡々と政務をこなすのみ。 それが突如、魏公・曹操へ奏上を述べた。 「漢中を得た今こそ好機。 このまま巴蜀の劉備を討つべきでありましょう」 天険の益州深くまで攻め入るには困難を伴…
稀代の名将・夏侯淵。 彼の指揮の下、徐晃、張郃らの活躍で涼州の戦乱は平定されてゆく。 西方に残る敵対勢力は、漢中に依る五斗米道の祖・張魯を残すのみ。 今や西涼の死神とも称されるしぶとさで抵抗を続ける馬超も、張魯の幕下で魏軍に抗していた。 そん…
魏軍は、草原を駆ける。 先頃魏公の位に昇り、国を拓いた曹操の武威の下で魏軍は、今だ治まらぬ涼州の諸部族相手に草原を駆けていた。 「駆けよ、ひた駆けよ! あの高台を目指すのだ!」 徐晃は将として一軍の指揮を執る。 背後から勢い盛んに迫る騎馬兵は…
賈詡。 謀略を得意とする智将で、降将であるが、今や曹操軍の参謀格として不動の地位を築いていた。 徐晃とも縁がある。 かつて楊奉に仕えていた徐晃は、楊奉の主・李傕の軍に属していたがその李傕の軍師として、賈詡が智謀を奮った時期があった。 かつて敵…
「一族の仇!曹操、覚悟ーーっ!」 西涼の錦馬超。 その鬼気迫る魂魄は苛烈。 精鋭騎馬隊を率いて一気呵成に、曹操軍本隊の喉元へ攻めかかった。 曹操軍は渡河の最中である。 蒲阪津の先に橋頭保を築いた徐晃隊に呼応し、曹操軍の本隊もまた潼関の後背から攻…
「ソイヤッ!ソイヤッ!!」 騎馬の疾走。 徐晃率いる一隊は、北方の黄河を渡るべく戦場を駆け抜ける。 風の如く馳せる軍団の中で、副将・朱霊は徐晃に問うた。 「徐晃殿。 我ら四千騎、精兵といえども渡河中は無防備。 襲撃を受けたらひとたまりもないので…
北の曹操、東の孫権、西の劉備。 天下は、いよいよ三国鼎立の情勢を迎えようとしていた。 さしあたって南方への進退が膠着した曹操軍は、天下平定のため次なる目標を西方の漢中に定める。 漢中は中原の要衝。 徐晃をはじめ、曹操軍の諸将兵は漢中侵攻の戦支…
「おっ、来たな徐晃~~! 今回は一つ、どうか俺に力を貸してくれや」 明るく陽気な振る舞いで徐晃の肩を叩く偉丈夫は、夏侯淵。 曹操の旗上げから従う最古参の宿将として歴戦を闘い抜き、将帥としての器量が成熟しつつあった。 「夏侯淵殿、麾下の副将をお…
長きに渡る南方の戦乱を終えて許昌に帰った徐晃は、しばし休息の時を過ごす。 久方ぶりに家族との時間を味わい、しかしそれも束の間、すぐにまたひたすら修行と練兵に打ち込む日々に戻った。 徐蓋(じょがい)。 歳の十を過ぎたこの少年は、いつも邸宅の庭先で…
「推して参る!」 セリャーーッ!と斬り掛かる張遼の激しい連撃を、徐晃は槍さばき巧みに体幹をぶらさず、一刀一刀確実に受け流す。 ギラリ、一瞬を見極めて渾身の一振りを繰り出す徐晃。 その一撃をすんでの所で、張遼は飛び退き躱(かわ)してみせた。 周り…
「・・・孟徳、・・・孟徳!」 夏候惇は怪訝な表情で曹操の顔を覗き込んだ。 曹操は、練兵中に寝ていた。 「ん・・・むぅ・・・夢を見ていたわ」 練兵場に面する台座に居眠りをしていた曹操は、物言いたげな夏候惇の顔を見るや、あくびをしながら言った。 「今は雌伏の時…
徐晃と関羽は、持てる武の限りを尽くして戦った。 激しく合わさる刃が武の髄を現し、戦いを通して互いの生き様を語り合う。 良き宿敵(とも)を得たり___。 鋼を熱く打ち合い死闘を演じながら、二人の表情には笑みすら浮かんだ。 しかし、それゆえに両雄は、命…
徐晃は、乱世に生まれた。 良き親に育てられ友にも恵まれた。 しかし戦乱を深める時代の潮流は自然、彼を武人として成長させた。 過酷な戦場を幾多も経験し、暗迷と葛藤の日々も乗り越えて、徐晃は真に仕えるべき主・曹操と出会う。 乱世統一の大望を支え、…
徐晃と満寵は騎首を並べて、樊城を出撃した。 孫呉の猛攻に苦しむ曹仁が江陵で救援を待っている。 しかし、江陵の北道を封鎖し曹・孫の合戦を睨んでいた関羽は樊城の動きを見逃さず、一軍を率いて進撃を開始した。 「・・・計画通り。 まずは陽動に乗ってくれた…
赤壁に大火が昇る。 夜空は赤く燃え盛り、曹操軍の大船団は紅蓮の炎に沈んだ。 徐晃は、河北出身の騎馬隊をよく率いた事から本大戦では水軍に加わらず、荊州の要衝・樊城(はんじょう)の防衛を担っていた。 赤壁決戦での曹操軍の大敗、そして辛くも生還した曹…
曹操軍は荊州を征服し、南進を続けた。 この地に居た劉備は再び依る辺(べ)を失い、更には曹操軍の追撃を受けてひたすら逃げる他なかった。 新たに軍師・諸葛亮の力を得たものの、仁の人・劉備は己を慕って付いてくる民を見捨てる事が出来ず、南へ逃げる足は…
乱世を統べる曹操のもとで、徐晃はその武を奮い続けた。 北へ。 袁家残党を掃討すべく、曹操軍は中原を超えて砂漠の国々へ乗り込む。 徐晃は良く兵を率いて、時に計略を用いて敵を降し、時に苛烈な武を奮って敵を討ち、次々と武功を上げた。 数万の大軍を擁…
袁紹が死んだ。 袁家は、官渡の敗戦から再起しその存亡を賭けて団結すべきところを、あろうことか袁譚(えんたん)と袁尚(えんしょう)の兄弟が後継を巡って骨肉の争いを始め、曹操軍の侵攻を許した。 曹操は自ら馬を駆り、袁家の拠点・邯鄲(かんたん)を破り、…
満寵はある日、徐晃の邸宅に招かれた。 「よくぞ参られた満寵殿。 今宵は、日頃の感謝を込めて晩餐を作らせて頂き申す」 「徐晃殿が作るのかい?」 思わぬ申し出に満寵は呆気にとられたが、やがて好奇の眼差しで厨房に立つ徐晃の後ろ姿を眺めた。 居間の卓に…
官渡決戦は、長期戦の様相を呈していた。 白馬・延津の初戦で手痛い損害を被った袁紹は慎重に転じ、数で優るその威を以って持久戦に持ち込んだ。 その圧倒的物量に、曹操軍は徐々に劣勢へと追いやられる。 状況を打開すべく軍議を練る諸将を前に、徐晃が言っ…
関羽との訣別を経て徐晃は、より一層の鍛錬に励んだ。 「拙者の武、兄者の志と共にある」 関羽の雄々しき言が頭の中に響く。 あの比類なき強さの源泉は、仁の志を支えんと決す強固な信念にある。 徐晃が往く武の頂き、その眼前に立ち塞がる巨大な壁の如き関…
続く延津の戦いでは、袁紹軍の猛将・文醜の騎馬隊が猛威を奮った。 これに力押しで当たらず、専守防衛に徹した徐晃の指揮こそ兵法の妙であろう。 文醜隊に疲れが見え、勢いが死んだ機に一転、徐晃隊は攻勢に出た。 さらに軍師・荀攸の策で文醜の兵に乱れが生…
徐晃は良く兵を率いて戦った。 袁紹軍の動きを見極め、右翼に敵の勢いあればこれを受け流し、左翼に敵が浮き足立てばこれを苛烈に攻め立てた。 兵を手足の如く動かす徐晃の采配は見事であった。 敵将・顔良も奮戦するが、この白馬の戦場に引きずり出された時…