徐晃伝 三十『敵の虚を突く』

 

北の曹操、東の孫権、西の劉備

 

天下は、いよいよ三国鼎立の情勢を迎えようとしていた。 

 

 

さしあたって南方への進退が膠着した曹操軍は、天下平定のため次なる目標を西方の漢中に定める。

 

漢中は中原の要衝。

徐晃をはじめ、曹操軍の諸将兵は漢中侵攻の戦支度に精を出していた。

 

急報は、そんな中突如もたらされる。

 

 

 

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西涼の豪族・馬騰(ばとう)。

西方の山岳民族、羌族の血も入り混じる精強無比な騎馬隊を主力として、涼州西域の荒原地帯を治める一代の武傑である。

 

徐晃も若かりし頃、李傕軍楊奉隊麾下で馬騰の軍団と交戦し、その猛威を直に味わった経験があった。

 

漢王朝の忠臣として正義に燃えるこの男は、しかし今、許昌郊外に捕らわれ曹操の眼前で最期を迎えようとしている。

 

「漢室に仇なす逆賊、曹操ーっ!

貴様を討たずして果てるとは・・・この馬寿成、生涯の不覚!

だが我が息子・馬超が必ずや貴様に正義の鉄槌を下すであろう!」

 

 「馬騰よ、貴様のように蒙昧な輩が乱世を深めるのだ。

我が覇道の前に滅びるがよい・・・斬れぃ!」

 

馬騰による曹操暗殺の計画は事前に看破され、彼は首謀者としてその子、馬休・馬鉄はじめ一族郎党と共に処断に付された。

 

ただ馬岱だけが唯一、死地を生き延びて涼州へ逃げ帰り、馬騰の長男・馬超に事の顛末を告げる。

 

 

報せを聞いて馬超は、激しく哭いた。

 

「父上ーーーっ!休!鉄!!

う、うおおおお・・・!!!」

 

曹操の苛烈な制裁に、馬超は泣き叫び床を打って、拳から血が流れても殴り続けた。

 

「若・・・!」

 

馬超の腕を抱き止める馬岱だが、掛ける言葉が無い。

 

 

 「おのれ曹操・・・!

一族の無念、必ずや俺が晴らしてくれよう!」

 

復讐の鬼と化した馬超は、志を同じくする涼州の諸豪族と同盟し、反曹操の連合軍を決起した。

 

勢いに乗る連合軍は快進撃を続け、関中の要塞・潼関に陣を構えて、曹操軍を迎え撃つ。 

 

 

 

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馬超が率いる涼州兵は強かった。

 

曹操軍の先発隊は潼関を巡る攻防で惨敗を喫し、多くの被害を出した。

 

やがて曹操が自ら本隊を率いて潼関の東に陣を布く。

 

「・・・さすが西涼の兵は精強よな。

ましてや潼関の狭隘を固められては、我らが大軍の利を活かせぬ」

 

北には黄河、南は山険が横たわり、潼関を挟んで進軍の路(みち)を塞いでいる。

 

正面突破を図る他ないが、初戦に勝利した涼州の軍馬は士気が高い。

これに真っ向から当たるは厳しい戦況であった。

 

 

曹操は、険しい表情を浮かべて唇を噛む。

 

(一刻も早く、漢中を統べねばならぬというに・・・)

 

 

 

その時、重苦しく難渋する軍議の席に、一人の将が精悍な声を上げた。

 

徐晃である。

 

「敵の虚を突き、北に黄河を渡ってはいかがでござろうか。

蒲阪津(ほはんしん)の先に拠点を築けば、潼関の背後を脅かす事ができ申す」

 

諸将にどよめきが広がり、軍議の席はにわかに活気づいた。

 

 

曹操が言う。

 

「・・・確かに、黄河を抜ければ戦況は覆せるやもしれぬ。

だが敵前での渡河には危険が伴う・・・可能か、徐晃よ」

 

 

 徐晃は拱手し、はっきりと答えた。

 

「可能でござる。

拙者に、策があり申す。

兵馬をお預け頂ければ、必ずやかの地を落としてご覧に入れましょう」

 

 

曹操の表情は晴々と威厳を取り戻し、その口元に浮かべた笑みを隠さずに言った。

 

「頼もしいぞ徐晃よ!

おぬしに任せよう。

見事この難局を打破してみせよ!」

 

 

将・徐晃は兵馬四千の精鋭を預かり、潼関の北へ黄河を渡るべく進軍を開始した。

 

 

 

 徐晃伝 三十 終わり