徐晃伝 十八『JOCO'Sキッチン』

 

 

満寵はある日、徐晃の邸宅に招かれた。

 

「よくぞ参られた満寵殿。

今宵は、日頃の感謝を込めて晩餐を作らせて頂き申す」

 

徐晃殿が作るのかい?」

思わぬ申し出に満寵は呆気にとられたが、やがて好奇の眼差しで厨房に立つ徐晃の後ろ姿を眺めた。

 

居間の卓に座して待つと、何とも美味しそうな匂いが漂ってくる。

 

山河の様々な幸が用いられ、次々と卓に上がった。

 

「さあ、召されよ満寵殿。

日頃の感謝の気持ちでござる」

 

豪勢に盛り付けられた料理の数々は、しかし奢侈に走らず、新鮮な素材本来の味を活かした逸品ばかりである。

 

「これは驚いたな・・・まさか徐晃殿が、料理の道も極めていたとはね」

 

あまりにも美味しい料理に舌鼓を打ち、満寵はトントン箸を進める。

 

「まだまだ修業中の身でござるゆえ、満寵殿の御口に適い恐縮でござる」

 

厨房では燃え盛る竈(かまど)の火を巧みに用いて、徐晃が肉を焼いている。

平服の背に輝く「徐」の字が眩しい。

 

「若い頃、白波の軍にいた折に各地を転戦いたし申した。

味気ない兵糧ばかりでは士気が上がらぬゆえ、山河の幸を様々に用いて工夫を凝らした山賊料理を学び、今に至るまで己が在り方に研ぎ澄まして参った」

 

中原の山や河は食材の宝庫である。

 

カリッと香ばしく焼かれた皮を崩すと、湯気がゆらめき白身魚の温かな身がほんのりと塩の味付けで、虹色に光る。

 

風味豊かな油で炒めたタケノコ、山菜、薄切りの豚肉に魚醤のたれがよく絡む。

旨味成分の凝縮した蒸し鶏に包丁を入れるとブワッと蒸気が吹いて、卓は芳醇な香りに包まれる。

彩豊かな椒が織り成す「酸・苦・甘・辛・鹹(かん)」味の五行循環が口の中に広がって、満寵は腹いっぱいに食べ満足して言った。

 

 

徐晃殿、食の頂きが見えたよ」

 

 

 

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「満寵殿、過分なお言葉恐れ入る。

 だが拙者はまだまだ未熟。

食も武も、もっと学び、高みを目指さねば!」

 

どこまでも廉直な徐晃の在り方に、満寵は思わず笑みを浮かべた。

「ははっ、君は本当に変わらないね。それにしても、素晴らしい晩餐だったよ」

 

大満足して帰途についた満寵だが、その後足しげく徐晃の家に通うようになった。

よほど料理が美味しかったのだろう。

 

 

徐晃の邸宅には、いつもドタバタと走り回る子供がいた。

「阿蓋(あがい・蓋は名、阿は坊やの意)、満寵殿に御挨拶するのだ」

 

「こんにちは!」

 

今はまだ幼いこの少年は徐晃の子、後に名を徐蓋(じょがい)という。

親の知己たる満寵を師と仰ぎ、その薫陶を受けて学び策謀の髄を授かる事となるのだが、それはまたずっと先の話である。

 

 

 

 

 徐晃伝 十八 終わり