徐晃伝 三十六『隴を得て蜀を望まず』
司馬懿。
傑出した智謀を秘める稀代の軍略家だが、今はまだ鳴りを潜めて淡々と政務をこなすのみ。
それが突如、魏公・曹操へ奏上を述べた。
「漢中を得た今こそ好機。
天険の益州深くまで攻め入るには困難を伴うが、しかし蜀を得たばかりの劉備には付け入る隙がある。
乱世平定へと一挙に王手を掛ける大胆な発想と堂々たる献策には、目を見張る所があった。
しかし曹操はこの作戦を採らなかった。
「隴(ろう)を得て蜀を望まず」
長く戦乱の続く世に更なる戦火を拡げるのでなく、今は国力の充実を優先したのだ。
翌年、曹操は魏王に昇る。
乱世平定の基盤を固め、天下にその理(ことわり)を示した。
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漢中を占領して間もない魏軍。
陣中に不穏な噂が流れていた。
遠く東の地に迫る脅威を伝え聞き、士卒は動揺を隠せない。
そんな窮状を見て将・徐晃は、勇ましく兵らに檄を飛ばした。
かの御仁であれば必ずや難局を打開されよう。
心配は無用でござる!
我らはただ、目の前の責務を全うするのみ」
徐晃は、仲間の才幹を良く推し量ってその実力を信頼していたし、将兵が各々与えられた役割に全力を尽くす事こそ大業を成す根幹であると心得ていた。
張遼。
久しく見(まみ)えぬが武人として、その志は徐晃と共にある。
遥か遠い地に戦友の武運を祈り、徐晃は今日も将としての務めを果たす。
徐晃伝 三十六 終わり