徐晃伝 三十五『漢中平定』
稀代の名将・夏侯淵。
彼の指揮の下、徐晃、張郃らの活躍で涼州の戦乱は平定されてゆく。
西方に残る敵対勢力は、漢中に依る五斗米道の祖・張魯を残すのみ。
今や西涼の死神とも称されるしぶとさで抵抗を続ける馬超も、張魯の幕下で魏軍に抗していた。
そんな中、魏軍に報せが届く。
「お味方の姜叙殿が、馬超の攻撃を受けております!
急ぎ救援を賜わりたく!」
しかし漢中の張魯を目前に、馬超の猛威が轟く祁山への出兵には諸将は、難渋を示した。
「このように複雑な戦況に至っては、曹操殿のお沙汰を待つべきであろう」
大勢の意が傾きつつある状況で、しかし夏侯淵は軍机を叩いて喝破した。
「いや~~ダメだダメだ!
殿のいる鄴まで往復四千里、待ってたら姜叙はとても保たねえ!」
足掛け三年に及ぶ涼州戦役で夏侯淵は、総司令として善戦を尽くしていたが見据える先は曹操の覇道。
(こんな所でモタついていちゃあ、殿の天下が遠のいちまう・・・!)
「全責任は俺が持つ。
全軍で祁山の馬超を討つ!」
決断であった。
魏軍の対応は素早く、一挙に祁山へ戦力を投入したのは妙手であった。
先陣の徐晃と張郃は適確に兵を配置し、 寡兵の馬超にはもはや取り付く島もない。
「若・・・今は堪(こら)えて!
こうなった以上、退くしか手はないよ」
側近の馬岱に説得されて、馬超は、辛酸をなめるが如き苦渋で撤退を決意する。
先般、王異の執拗な攻勢に不覚を取って戦果も無く、張魯に疑われた馬超らはついに依る辺を失い、やがて巴蜀の劉備を頼って落ち延びる事になる。
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ここに至って魏の支配版図は華北から涼州、そして益州の喉元・漢中にまで拡がった。
西方戦線におけるこの並みならぬ武功はひとえに総大将・夏侯淵の手腕である。
旗上げから従うこの古参の名将に曹操は、仮節の大権を授与し征西将軍の号を任じて改めて、厚く遇した。
「ああ・・・なんと壮麗な戦振りでしょう。
夏侯淵将軍の采配の妙には、胸の滾りを抑える事が出来ませんね」
華美を重んじる智将・張郃も、夏侯淵の下でその才を開花させ武功抜群の活躍をした。
「うむ。夏侯淵殿の指揮たるや、見事!
斯くも大局を見据え、堂々と戦を描き切るとは。
拙者も多くを学ばせて頂き申した」
いや~~本当に助かったぜ~!」
今宵の酒宴の主賓たる夏侯淵は、恰幅の良い身体を揺らして徐晃と張郃へ、親しみを込めて盃を捧げた。
「お前達が全霊の武を奮ってくれたおかげで、殿の天下へまた一歩近づいた。
本当によく戦ってくれた、感謝してるぜ」
長きに渡る戦役の日々に一応の区切りを得て、今宵ばかりは顔を赤らめて酒に酔う。
面倒見がよく、親しみ深いこの人柄も名将・夏侯淵の魅力であった。
「夏侯淵殿、拙者は感服致してござる。
その采配の妙、まこと武の極みに届いておられる。
戦略とは斯く描くものであると夏侯淵殿に教えて頂き申した」
徐晃は恭しく拱手し、盃を受けて謝意を述べる。
「だはぁ~~~!相変わらず固いな徐晃!
だが、その真っ直ぐな志がお前の強みだわな。
どうかこれからも共に、殿の天下のため戦ってくれや」
上気した酒くさい息でがっしりと肩を組まれて徐晃は、しかし快くフッと笑みを浮かべて勢いよく、夏侯淵のついだ盃をグイと飲み干した。
「・・・美酒にござる」
やがて自らも盃を飲み干すと今度は別の将を労うべく卓を回って歩いた。
その後背を見て、徐晃は思う。
(・・・良き上官に恵まれ申した)
今は戦いの疲れを忘れ、ひと時の酒に酔った。
徐晃伝 三十五 終わり