徐晃伝 四十『宿命の戦場へ』
漢中から撤兵する魏軍の中に徐晃もいた。
雨が降りしきる。
兵の歩く道には泥が跳ね、足取りは重かった。
勝利を掲げて都への凱旋とはゆかず、戦略的な撤退である。
(・・・拙者の武、もっと高みへと届いていれば。
夏侯淵殿も、お味方も犠牲は少なく、勝ち戦となったのであろうか・・・)
徐晃は内省する。
(いや、傲慢でござる。
勝敗は兵家の常、拙者はただひたすらに武を磨き、頂きを目指すのみ)
徐晃はその双眸に決意を宿し、中原への帰路についた。
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鄴への途上、急報が入る。
荊州に君臨する蜀将・関羽が、大挙して魏領への侵攻を開始したのだ。
その北上の勢いは凄まじく、前線は敗走し樊城を守る曹仁は救援を求めた。
徐晃は行軍中に報せを聞いて、旧友の顔を思い浮かべる。
「・・・樊城には、満寵殿が」
本国からは于禁、龐徳率いる七軍が即座に援軍を発したが、折しもの豪雨と川の氾濫、蜀軍の猛攻を前に予想だにせぬ大敗を喫した。
軍神・関羽の軍略が四海に轟いた。
漢中を劉備に奪われ、江東では孫権が虎視眈々と在り、そして荊州から攻め寄せる関羽の脅威。
魏国、そして曹操の覇道は今、最大の危機を迎えている。
「・・・関羽殿、ついに時が来たのでござるな」
徐晃は、宿命の決戦が近い事を予見した。
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都への帰途を外れて進路を変え、僅かな供回りを連れて急遽、拠点・宛城へと駆け向かう。
「ソイヤッ!」
大雨の中を馬の蹄の音が響き、泥を撥ね突き進む。
駆けながら徐晃は、自らの半生を省みた。
これまでひたすら磨き来た武を、その全霊を尽くす時は今と感じた。
武人として戦場を駆けること二十余年。
己が才幹を見出し厚く遇してくれた曹操の、乱世を終え泰平の世を目指すその大望を果たすため。
ここで魏軍は、関羽に敗れるわけにはいかない。
徐晃は己の武を以って、 この最大の窮地を挽回せんと決意した。
「関羽殿。
過日の因縁、此度こそ決着を」
雷鳴が轟き豪雨が叩き付ける中を徐晃は、宿命の戦場へと向かい駆ける。
徐晃伝 四十 終わり