徐晃伝 十九『戦わずして勝つ』
袁紹が死んだ。
袁家は、官渡の敗戦から再起しその存亡を賭けて団結すべきところを、あろうことか袁譚(えんたん)と袁尚(えんしょう)の兄弟が後継を巡って骨肉の争いを始め、曹操軍の侵攻を許した。
曹操は自ら馬を駆り、袁家の拠点・邯鄲(かんたん)を破り、余勢を駆って首府・鄴(ぎょう)を包囲する。
徐晃もこの軍の先陣にあって、良く兵を率い将の務めを果たしていた。
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袁尚配下の将・韓範(かんはん)が降伏した。
「我が城・易陽(えきよう)を曹操殿に献上致します。
以後、忠誠を誓います」
曹操がこれを受け入れると、続いて周辺の武将が次々と曹操軍に投降の意を見せた。
曹操は戦わずして袁家の領土を次々と手中に収めていく。
しかし、徹底抗戦を指揮していた邯鄲の将・沮鵠(しょこく)を捕らえると、沮鵠は一転して曹操に命乞いをした。
「曹操殿に忠誠を誓います。
どうか、どうかお許しくだされ!」
邯鄲包囲戦は苛烈な城攻めとなったため、曹操軍にも相当の被害が出ていた。
曹操は人物を見る眼があったから、沮鵠のような志のない凡夫を配下に加えるには値しないと断じた。
「将の風上にも置けぬ。斬れぃ!」
沮鵠は処刑された。
曹操のこの苛烈な在り方が、先の降将・韓範の動揺を誘う。
「降伏したのは間違いだったのか・・・?
このままでは私も、曹操殿に斬られてしまう!」
疑心暗鬼になった韓範は降伏を撤回し、再び武備を固めて曹操軍に反抗した。
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徐晃は一軍を率いて易陽城に迫る。
が、城の攻撃は命じなかった。
「敵を斬るだけが武ではござらぬ。
武の頂きへと至らんがため・・・これも戦でござる!」
徐晃は単身で易陽に乗り込み、城主・韓範との対談に臨んだ。
「韓範殿、貴公が恐れを抱いた気持ちはわかり申す。
されど幸い、戦端はまだ開かれてはござらぬ。
このまま易陽で曹操殿に歯向かうのは無謀でござるぞ」
「し、しかし私は再び曹操殿に叛(そむ)いてしまったのだ。
今度こそ許されまい。
どうせ死ぬのなら、せめて戦って一縷の希望に託した方が・・・」
徐晃は落ち着いた口振りで、韓範を説得する。
「曹操殿は乱世を統べる御方。
逆らう者みな斬り伏せては天下平定は遠のくばかり、それがわからぬ御方ではござらぬ。
拙者が一命を賭して曹操殿を説得いたす。
韓範殿、どうか拙者を信じて今一度武備を解いて頂きたい!」
誠を尽くした徐晃の説得に、韓範の心は揺れた。
この一本気で廉直な御仁に打算があるとも思えぬ。
韓範は無明の暗闇に差し込む一筋の光の如き徐晃の誠実さに、己の運命を託す他なかった。
「合いわかった、徐晃殿を信じよう。
どうかよろしくお頼みする・・・!」
韓範は再び降伏した。
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「・・・一体どういう事だ、徐晃よ。
易陽の韓範は、攻め滅ぼせと命じたはず」
「恐れながら申し奉る。
いま韓範殿を滅ぼせば、先に降伏した袁家の将もこぞって反旗を翻しましょう。
逆に韓範殿をお許しになれば、諸将はことごとく曹操殿に心服いたす。
兵法にも城を攻めるは下策、心を攻めるは上策とあり申す。
戦わずして勝つ事こそ、天下平定の大志のため」
敵将への怒りに苛(さいな)まれた曹操は並ならぬ貌で聞いていたが、やがてフッ、と笑みを浮かべて言った。
「・・・見事だ、徐晃よ!
お主の言、まこと武の真髄を言い得ておるわ。
わしが愚かであった。韓範は許す!」
敵を討たずして敵を制す徐晃の武が見事であれば、それを認めた曹操もまた大器であった。
こうして韓範は無事に曹操軍へ降り、それを知った袁家の諸将も「一度叛(そむ)いた韓範ですら許されたのだ」と安堵し、こぞって曹操に投降した。
彼らの兵数を借りて首府・鄴は陥落し、曹操は袁家勢力圏の大半を手中に収めた。
徐晃伝 十九 終わり