徐晃伝 三十四『魏公の武威』
魏軍は、草原を駆ける。
先頃魏公の位に昇り、国を拓いた曹操の武威の下で魏軍は、今だ治まらぬ涼州の諸部族相手に草原を駆けていた。
「駆けよ、ひた駆けよ!
あの高台を目指すのだ!」
徐晃は将として一軍の指揮を執る。
背後から勢い盛んに迫る騎馬兵は、白項氐王率いる大軍。
「逃がすな!矢を放てい!」
必死で逃げ駆ける徐晃隊の頭上に、一斉に放たれた矢が降り注ぐ。
駆けながら背を守る事能わず、射抜かれて騎兵は次々と倒れた。
敵は氐族、西方の騎馬部族である。
平素馬上に暮らす彼らの馬術はひと際優れ、駆けながら手綱を放し弓矢を射る芸当にも難がない。
平野での会戦には甚だ不覚を取り、徐晃隊は壊滅の事前に撤退を判断した。
総攻撃に移る氐族を背に、徐晃隊は岩肌のむき出した高台を目指し駆ける。
「これは追い付ける。
槍を持て!一気に蹴散らしてくれるぞ!」
冠に羽根飾りを翻して白項王は、弓矢を槍に持ち替え徐晃隊の真後ろに迫った。
その時。
徐晃がスッと手をかざす。
突如、統制の取れた魏軍は整然と左右に散開した。
氐族の眼前に高台が開く。
「張郃殿、今でござる!」
高台の頂には張郃率いる伏兵が居並び、岩や丸太を一斉に転がし落とした。
「しまった!散れ、散れい!」
氐族は咄嗟に踵を返し、先鋒こそこれを避けるが後続の大多数は岩や丸太の下敷きに押し潰され、尋常な被害を出した。
かろうじて難を逃れた残軍が態勢を取り戻す暇も与えず、散開していた徐晃隊が駆け戻り白項王の本隊を襲う。
「草原の王、覚悟召されよ!」
徐晃は馬上から手斧を構え、敵大将の姿を見定め勢いよく投擲する。
鋭い軌道を描いて短斧は氐王の肩を斬り落とした。
鮮血が舞う。
「いかん!王をお守りせよ!」
部下の精兵に庇われて氐王は、命からがら戦場を逃げ出した。
徐晃は敵の総崩れを認めて混戦を治め、高々と宣言する。
「草原の民よ!
天下静謐こそ我らが望み、いたずらに乱を望むものではござらぬ。
中原への略奪を止め、魏公・曹操殿に臣従を誓うものであれば、貴公らを決して無下には致さぬ!」
大将を失い惨敗を喫した氐族は一も二もなく、次々と武器を落として従った。
こうして徐晃はまた一つ敵軍を治め、そのことごとくを魏国の威の下に接収した。
徐晃伝 三十四 終わり