徐晃伝 三十七『反攻の糸口』
徐晃。
一軍の将である。
漢中の険しい峰々を眺めやり、歯痒い思いを抱いていた。
(攻めの手が今一つ、掴め申さぬ・・・)
蜀の劉備との山岳戦は長期に及んでいた。
軍師・法正は執拗に魏軍の弱点を炙り出す巧みな采配で、徐々に、戦局の帰趨を掌握してゆく。
徐晃は自軍の陣地を堅牢に守備するが、今一つ攻めの手に掛かれずにいた。
兵法としては、誤りでない。
攻め難き所を無理に攻めるのは徐晃の戦(や)り方ではない。
守りを固め友軍と連携し、慎重に機を待ち、得るや呵成に攻める戦が徐晃の持ち味であった。
(・・・されどこのままでは、劣勢に回るばかり)
徐晃は床几に軍図を拡げ、起死回生の糸口を懸命に模索していた。
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魏軍も奮戦している。
総大将・夏侯淵は良く戦局を俯瞰し、全軍の統率に抜かりない。
流麗華美を重んじる張郃、この歴戦の勇将も前線に矛を奮い、巴郡攻略の武功は第一であった。
しかし劣勢。
これはひとえに、蜀軍の勢い盛んな故である。
「高祖ゆかりの地を制し、漢室の復権を奉らん!」
劉備は自ら馬を駆って大兵を起こし、蜀軍の士気は天を覆うばかりに揚々と高い。
知勇兼備の名将に成長した張飛。
将士有能で士気高く、蜀軍は山岳戦の要諦を抑えた戦術で魏軍を翻弄した。
強敵である。
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「夏侯淵将軍、申し訳ありません。
このような不覚を取ろうとは・・・」
大敗を喫し平伏する将・張郃を前に、しかし大将・夏侯淵は責める素振りを見せない。
「勝敗は兵家の常だ、そう気に病むな!
・・・敵が一枚上手だったって事よ」
徐晃は進言した。
「敵には侮れぬ勢いがあり申す。
斯くなる上は、曹操殿に増援をお頼みする他ござるまい」
漢中魏軍の劣勢を重く見た曹操は、曹洪、曹休ら宗族に大軍を率いさせ、援軍として送り込んだ。
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「曹洪殿、お久しゅうござる。
牙断(がだん)を賜わった過日の御恩、片時も忘れた事はござらぬ!
今の拙者があるのも、曹洪殿の御贔屓のおかげ」
「徐晃殿。
やはり貴公は、わしや孟徳が見込んだ通りの男であったわ。
斯様に昔の些事にまで 、恩を感じてくれているとはな」
曹洪は徐晃の才幹を見抜き、何かと世話を焼いてくれた好漢であった。
「長き戦役、随分としばらく家に帰っていまい。
出立の前に挨拶に伺ったが、御子息の徐蓋殿は、立派な若武者に成長していたぞ」
「おお、我が子が・・・」
徐晃はもう何年も息子達の姿を見ていない。
乱世を戦う武人として止む無き事であるが、心は揺らいだ。
「ゆえに、我らが来たのだ。
これより先は反撃よ!
共にこの漢中から蜀軍を撃退し、堂々、都へ凱旋しようではないか」
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援軍の駒を大きく加えて、軍図を拡げる。
徐晃は方々に斥候を放ち、戦場の情報収集に余念がない。
敵の布陣の変化も敏感に察知していた。
(ここは攻め難い・・・ここは守らねば・・・)
陣営の篝火が揺らめき、夜を徹して徐晃は軍図を睨み、軍略を練る。
やがて、
「・・・これは」
一点の綻(ほころ)びを見出した。
馬鳴閣。
主戦場の定軍山より北西へ昇る街道に、蜀将・陳式が兵を進めている。
「この地形、この布陣。
・・・攻めの一手が見え申した!」
曹洪らの援軍が敵味方の陣形に変化をもたらし、徐晃はついに戦局を揺さぶる反攻の糸口を見出した。
決するや迅速。
すぐに軍を指揮して再編を成し、主軍・夏侯淵との連携を執って、配下の将士に檄を飛ばした。
「活路は見え申した!
逼迫した戦況を覆すは今。
いざ、逆落としにて敵陣を討ち破らん!」
鬨の声が上がる。
士気は高い。
年季の入った愛用の大斧・牙断を担ぎ上げ、騎馬を翻し、徐晃は軍の先陣を駆ける。
徐晃伝 三十七 終わり