徐晃伝 二十六『午睡の夢』

 

 

「・・・孟徳、・・・孟徳!」

 

夏候惇は怪訝な表情で曹操の顔を覗き込んだ。

 

曹操は、練兵中に寝ていた。

 

 

「ん・・・むぅ・・・夢を見ていたわ」

 

練兵場に面する台座に居眠りをしていた曹操は、物言いたげな夏候惇の顔を見るや、あくびをしながら言った。

 

「今は雌伏の時よ。

赤壁の大敗はただ認め、次への備えをすれば良い」

 

落ち込んでいるかと思っていたが、意外な言葉に面を食らった夏候惇は、やがて高笑いをして練兵へ戻っていった。

 

曹操は再び目を閉じる。 

 

 

 

悪夢を見ていた。

 

息子・曹昂の死、凄絶な典韋の最期。

虚空を掴む手の先で処刑される陳宮、静かに息を引き取る郭嘉

毅然として我が下を去る関羽・・・そして長江を焼き尽くす赤壁の大火。

 

飄々とした言とは裏腹に、曹操は自らが歩んできた過酷な覇道、その業の重みに苛(さいな)まれていた。

 

 

 

 

 

 

「ソイヤッ!!」

 

勇ましい雄叫びが響く。

 

見ると、整然と軍列を成し、一糸乱れぬ動きで修練に励む徐晃の一隊がその威容を際立たせていた。

 

 

「「ソイヤッ!!」」

 

兵達の眼には、決意が宿る。

 

 

皆、過酷な乱世を経験している。

暴威と殺戮が支配する混迷の時代を生きてきた。

その暗闇に差す一筋の光、理(ことわり)をもって世を治めんと示したのは、他ならぬ曹操である。

 

皆、曹操の行く道を信じている。

その覇道を武で支えるべく、ひたすら修練に励む徐晃

彼の清廉な在り方を兵達は心から尊敬し、良き範とした。

 

 

「そうか・・・そうであったな」

 

一心不乱に鍛錬に励む徐晃の、その真っ直ぐな面持ちを見て、曹操は思いを新たにする。

 

「我が覇道、乱世を統べる大望のため・・・。

如何な事があろうとも、立ち止まるわけにはいかぬ」

 

 多くの傑出した将兵曹操の行く道を支えている。

散って行った者たちの思いが、曹操の覇道を照らしている。

 

一人苛(さいな)まれていた悪夢から、ふっと憑き物が落ちたように感じた。 

 

 

 

 

 

「ソイヤッ!!」

 

徐晃の精悍な雄叫びが、広い青空に勇ましく響いた。

 

 

 

 

徐晃伝 二十六 終わり