徐晃伝 三十九『陽安関の戦い』


 


山険に鎮座する巨大な関門。

 

石造りに積み上げられた城壁は高く聳(そび)え立ち、何者をも寄せ付けぬ堅牢な要害を成している。


正面、巨大な鉄の門は固く閉ざされ、『陽安関』の文字が堂々と大地を見下ろしていた。

 

 

壁上にズラリと蜀軍の弓兵が構え、眼下に多勢居並ぶ魏軍に狙いを定める。

 

攻め手の魏軍、大将・曹真は合図の旗を上げて大喝した。

「いざ!陽安関を攻め落とすのだ!」

 

地鳴りが響き喚声が沸き、魏兵は盾を構えて一斉に突撃する。

 

「敵を寄せ付けるな!放てーぃ!」

関門を守る蜀将・高翔は高々と合図し、魏軍の頭上から矢と石飛礫の雨を浴びせた。

 

鉄と血の飛沫が舞う。

砂混じりの乾いた風が吹き荒れる戦場で、魏兵は次々と城壁へ押し寄せた。

盾を重ねて互いを守り、骸を踏み越えて壁を登る。

 

後方には巨大な投石機が蠢(うごめ)き、城壁を砕き敵を散らせた。

 

やがて関の高さまで届く井蘭(せいらん)車が掛かり、梯子(はしご)を伝って魏兵が続々と壁上の蜀兵に襲い掛かる。

 

 

漢中の要衝・陽安関を巡る魏蜀の攻防は、熾烈を極めていた。

 

 

 

 


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城壁の上で、激しい戦闘が繰り広げられる。

剣と盾が舞い、血が飛び交う。

 

蜀将・高翔は自ら大槍を奮って、魏兵の一群を薙ぎ払った。

地上遥かに高く城壁から投げ出され、落下する兵達の骸が重なる。

 


攻めあぐねる味方を眺めやり、魏将・曹真はさらに戦力を投入した。

「怯むな!押し返すのだ!」

 

城門を破るため衝車が引き出され、陽安関の正面に攻め寄せる。


「油を落とし、火をかけよ!」

蜀将・高翔は防衛戦の要諦をわきまえた戦術で魏軍をよく防いだ。

 

 

しかし曹真は攻め手を緩めず、さらに苛烈に攻め立てる。

日が中天を越え、蜀兵にも疲労の色が見え始めた。

 

「よし。頃合いであろう!」

 

曹真が合図を送ると、ジャーンジャーンと銅鑼の音が響き、陽安関に掛かる山の頂きから喚声が上がる。

 

翻(ひるがえ)る魏の旗。


大将旗は『徐』。


「徐公明、推参!
いざ!敵の要衝を攻め落とすのだ!」


隠密に関の頭上を取る山合いへと迫っていた徐晃隊は、一挙に鬨を上げると、漢中攻防の歴戦を共に駆け抜けた勇兵らを率いて呵成に山上から攻め降りた。


思わぬ方角から新手に襲われ、蜀軍に動揺が走る。

 

将たる者、戦場のこの一瞬の気の転換を見逃さない。

「皆よく耐えた!今こそ好機、攻め寄せぃ!」

 

曹真は全戦力を投入し、正面から関を攻める魏軍は息を吹き返したように雪崩れ込んだ。

 

蜀軍は崩れる。

 

さらに頭上から攻め寄せる精鋭騎馬隊・徐晃の猛攻に、もはや成す術はなかった。

 

「敵将、覚悟召されよ!」

駿馬を駆って迫る徐晃に、蜀将・高翔は一太刀受けるが、これは一廉(ひとかど)の将であった。

 

「犬死にはせぬ。

生きて、汚名を雪(そそ)がん・・・!」

蛮勇に走らず兵を取りまとめ、関を放棄して撤退を決意する。

 

崩れながらも軍の体(てい)のまま退き際をわきまえる蜀軍に、徐晃は深追いをしなかった。

 

 

斯くして曹真は陽安関を攻め破り、魏軍は大勝を飾る。

 

 

徐晃殿、よくぞ駆け付けてくれた。

おかげで難関を落とす事が出来たぞ」

 

労う曹真に、徐晃は恭しく拱手して述べる。

「曹真殿、意気盛んなる敵を正面からよくぞ釘付けて頂き申した。

それゆえに、拙者が奇襲の機を得たのでござる。

こたびの勝利は、曹真殿の采配の巧」

 

徐晃は己の功は誇らず、謙虚に大将を立てて礼を尽くした。

 

 

宗族の曹真は良将である。

徐晃の手柄をよく讃え、その連携を重んじて見事蜀軍を討ち破った。

 

魏軍第一の武功であった。

 

 

 

 

 

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しかし戦線は膠着する。

 

魏王・曹操自ら大兵を率いて臨む漢中だが、対する蜀軍は強かった。

 

歴戦の虎将・趙雲が大いに魏兵を破り、夏侯淵を討った老将・黄忠も用兵に隙がない。

 

劉備は、山間の要地を固く守ってあえて戦おうとはしなかった。

 

無理に攻めては魏軍の被害が増すばかり。

 

 

「・・・鶏肋(けいろく)」

 

 

曹操はここに進退極まり、ついに漢中を放棄して撤退する事を決した。

 

徐晃が重ねた戦術的勝利も虚しく、

(・・・無念だが、もはや退く他に手はござるまい)

 

 

足掛け四年にも及ぶ漢中攻防は、こうして幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 徐晃伝  三十九  終わり