徐晃伝 三十一『背水の陣』
「ソイヤッ!ソイヤッ!!」
騎馬の疾走。
風の如く馳せる軍団の中で、副将・朱霊は徐晃に問うた。
「徐晃殿。
我ら四千騎、精兵といえども渡河中は無防備。
襲撃を受けたらひとたまりもないのでは?」
朱霊も、また曹操でさえも、本作戦での渡河の成否を最も案じている。
しかし徐晃には難なく河を渡れる自信があった。
騎馬を走らせ、徐晃が答える。
「朱霊殿のご懸念はごもっとも。
されど敵将の韓遂殿は智恵が回り、しかも慎重な御仁でござる。
我らが少数で渡河しては伏兵を警戒し、簡単に仕掛けては来られまい。」
潼関の守りを固める涼州連合軍からすれば、陽動に乗って誘い出され曹操軍の包囲を受ける事態こそ最も恐れる。
ゆえに、敵は徐晃隊の渡河に手が出せない。
徐晃の戦術眼は広かった。
「・・・むしろ襲撃するなら黄河を渡り終えた後。
我らが曹操殿の本隊と離れ、河を背にして退路を失くした機に攻めてこよう」
「いやはや、さすがのご慧眼よ徐晃殿!
蒲阪津(ほはんしん)の先に敵の伏兵があると見られるか」
「左様。
ゆえに朱霊殿、貴公の出番でござる。
渡河後は隊を二手に分かち、拙者が一隊を率いて蒲阪津に陣を設営いたす。
これを囮とすれば・・・おそらく夜襲がござろう。
敵が仕掛けて来たのち、合図とともに貴公の率いる一隊にこれを破って頂きたい」
こうして徐晃と朱霊の軍団は、堂々と河を渡った。
予想通り渡河中、敵の攻撃を受ける事はなかった。
黄河西岸へ上陸し拠点の構築を開始する。
その夜、徐晃の陣を火矢の雨が襲った。
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「敵襲ーーーっ!!」
ジャーンジャーンと銅鑼の音が響き、陣営は慌ただしく迎撃態勢に移る。
涼州連合軍の将・梁興(りょうこう)が高々と名乗りを上げて、兵五千を率いて徐晃の陣に夜襲を仕掛けた。
渡河の労を終えたばかり、兵達は突然の襲撃に動揺する。
しかも、退路がない。
前には敵、背には河が広がっている。
「ど、どうしたらいいんだ・・・!」
士卒は武器を取るも、兵達の顔に疲労と絶望の色がにじむ。
その時。
白頭巾と蒼い鎧を身にまとった徐晃が、大斧を掲げて檄を飛ばした。
「皆、奮い立つのだ!!
背後には河、退けば溺れ死ぬのみ。
生き残りたくば敵を討ち、前へ進むのだ!
活路は前にござる!!」
「ソイヤッ!!」
徐晃は単身敵軍に斬り込み、強堅な体幹から大斧をブンブンと振り回して次々と敵を薙ぎ払う。
兵達は背後の暗く深い河から、前へ向き直る。
至極の武を奮い前へ前へと進む徐晃の雄姿を見て、状況を理解した。
「「う、うおおおおお!!!」」
生き残りたくば、前へ。
兵達の顔に決意が宿り、皆熱く渾身の勇を漲らせて武器を取る。
「将軍に続け!かかれーっ!」
隊の士気は一気に最高潮に達した。
夜襲が成功したにもかかわらず思わぬ反撃を受けて、敵方の梁興隊はむしろ勢いが死んだ。
「なんだ・・・!?
こいつら、なぜこんなに士気が高い!?」
動揺が広がる。
徐晃は、将。
戦場の、この一瞬の気の転換を見逃さない。
「朱霊殿、今でござる!」
ドンドンドンと合図の太鼓が打ち鳴らされ、すぐに、敵軍の背後からドドドドドと騎馬隊の猛突が襲う。
「敵か!?一体どこから!」
将・梁興は騎馬を翻し、背後に敵、前に敵、すべて徐晃の手の内で泳がされていた事を悟る。
「お味方でござる!
皆、一気に押し返すのだ!!」
形勢は逆転した。
こうなれば、もはや勝敗は歴然である。
「おのれ・・・!」
「ソイヤッ!!」
「ひぃっ!」
梁興は落馬し槍を落として、副将に庇われ命からがら逃げ出した。
「退け!退けーっ!」
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「皆、よく戦い申した!
勝ち鬨を上げよ!!」
この活躍で曹操軍は黄河西岸に拠点を獲得し、後背を脅かされた涼州連合軍は戦略的優位を失う。
膠着していた潼関の戦いは徐晃の一手で動き出し、新たな局面を迎えようとしていた。
徐晃伝 三十一 終わり