徐晃伝 二十八『父の背中』
長きに渡る南方の戦乱を終えて許昌に帰った徐晃は、しばし休息の時を過ごす。
久方ぶりに家族との時間を味わい、しかしそれも束の間、すぐにまたひたすら修行と練兵に打ち込む日々に戻った。
徐蓋(じょがい)。
歳の十を過ぎたこの少年は、いつも邸宅の庭先で棍(こん)を振るうか、部屋で書を読みひたすら学んだ。
父・徐晃は武人である。
質実剛健な軍団の先陣に騎馬を翻(ひるがえ)し、これを率いて堂々行進するその雄姿を群衆の中から仰ぎ見て以来、徐蓋は父に憧れ、そして誇りに思っていた。
徐晃は家でゆっくり過ごす事がほとんど無かったが、時たま邸宅に戻る日は必ず、徐蓋の鍛錬を見守る時間を作った。
「うむ、いい構えでござる。
よく足を踏ん張り、腰を入れるのだ。
そう、そうだ」
「ソイヤッ!」
自らの内面には厳格な徐晃だが、子らにはとても優しく穏やかで、何事も決して咎めず肯(がえん)じて、暖かく成長を見守った。
本当に僅かな時間ではあったが、徐蓋には、尊敬する父に修行の成果を褒めてもらうこの時が何よりも一番嬉しかった。
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ある日。
また久しぶりに父の帰りを迎えた徐蓋だが、物々しい輜重と部下の兵らを引き連れた父・徐晃の表情は険しい。
また遠くの地へ戦に行くのだ、と思った。
徐蓋の目には涙が溢れた。
そんな息子の姿を見て徐晃は、物哀しげな表情を浮かべ、膝を折ってその小さな顔から涙をぬぐう。
頭を撫でて、別れを惜しんだ。
立ち上がり、妻に言う。
「拙者は武人でござる。
・・・良き父親とは言えぬであろう。
されど子らを、家族を守るため拙者は戦わねばならぬ。
世が乱れ、略奪と殺戮が跋扈(ばっこ)する混迷の時代を拙者らは経験した。
二度とあのような地獄を子らに見せるわけには参らぬ。
乱世を統べる曹操殿の刃として、拙者はひたすら武を磨き、戦うのみ」
徐晃の妻は才女で良く夫を理解し、家を守り、心は共に乱世を戦ってくれた。
ただ頷き、泣く徐蓋を抱き寄せ、その弟ら妹らも身に寄せて、徐晃の出陣を送り出す。
「・・・では行って参る。
蓋よ、よく母上の言う事を聞いて、弟ら妹らを守るのだ。
また修行の成果が見られる事、楽しみにしておるぞ!」
徐晃は踵(きびす)を返し、家族にその大きな背中を向け戦地へ赴く。
徐蓋は、父の背を見て涙を止めた。
ぐっと堪えて、精一杯に手を振り見送った。
幼心にも徐蓋は、いずれ自分も武を磨いて強くなり、父の背を追って共に行きたいと願うものだった。
歳月はこの少年をもまた精悍な武将に成長させる。
やがて偉大なる父・徐晃の軍を見事に受け継ぐ名将・徐蓋が戦地に立つ事となるのだが、それはまたずっと先の話である。