三好三大天 第二話『天文法華の乱』


 

世は乱れていた。

 

長きに渡って続いた室町の世。

権力に寄生する佞臣(ねいしん)が跋扈(ばっこ)し、汚濁にまみれた内部抗争に明け暮れる世俗は荒れ果て、すっかり腐敗しきっていた。

 

民は困窮と飢饉に苦しみ、各地で一揆が沸き起こる。

略奪と殺戮の戦乱は国中に拡がり、もはやこれを治める者は無い。

 

 

後の世にいう天文法華の乱である。

 

 

 

 


仁徳の士・三好長逸(ながやす)。

 

激怒し、叫んだ。

 

「乱世はここに極まれり!

苦しみに喘ぐのは、いつだって罪なき民ばかり。
斯様(かよう)に不毛な戦を繰り返して、一体何になるというか」

 

 

 

聡明な長逸には政治がわかる。

足利将軍家にもはや力無く、側近の管領家が好き勝手に私腹を肥やし、民を虐げる末法の世。

果てには管領家同士で泥沼に争い、荒んだ民心を利用して寺院が武装し介入し、戦火を拡げていた。

 

 


次兄・政勝もまた、志を同じくして叫ぶ。

 

「おうよ兄者よ!

もはや民の怨嗟、世の理不尽を捨て置けぬ!

俺たちに出来る事は、何か」

 

三弟・友通(ともみち)は冷静に、しかし熱く沸き怒り世情を説いた。

 

「公方に国を治める力無し。

諸国の乱を平らげ、新たな秩序を打ち立てる必要があります。

兄者が目指す仁の世を築くため!」

 

長逸は頷いて、一世一代の大決心をした。

 

「政勝、友通よ。

今こそ我らが大志、乱世に立つべき時!

共に仁の世を築こうぞ!」

 

 

義にて結ばれし三兄弟。

先年の没落から時を経て戦国大名・三好一門は生まれ変わる。

 

恩顧の旧臣、民草はいま再び長逸の仁徳、その旗の下に参集した。

 

「戦える者は武器を取れ!

・・・しかし我らは、人を殺しに行くのではない。

人を生かすため、乱世を治める戦いの道へ!」

 

阿波徳島に沸き起こる大兵の士気は高い。

先祖以来の船団を起こして、四国の地から海原を越える。

 

斯くして三好一門は、争乱の畿内へと上陸を果たした。

 

 

 

 三好三大天 第二話 終わり

 

 

徐晃伝 三十六『隴を得て蜀を望まず』

 

司馬懿

傑出した智謀を秘める稀代の軍略家だが、今はまだ鳴りを潜めて淡々と政務をこなすのみ。

それが突如、魏公・曹操へ奏上を述べた。

 

「漢中を得た今こそ好機。

このまま巴蜀劉備を討つべきでありましょう」

 

天険の益州深くまで攻め入るには困難を伴うが、しかし蜀を得たばかりの劉備には付け入る隙がある。

乱世平定へと一挙に王手を掛ける大胆な発想と堂々たる献策には、目を見張る所があった。

 

しかし曹操はこの作戦を採らなかった。

「隴(ろう)を得て蜀を望まず」

 

長く戦乱の続く世に更なる戦火を拡げるのでなく、今は国力の充実を優先したのだ。

 

翌年、曹操は魏王に昇る。

乱世平定の基盤を固め、天下にその理(ことわり)を示した。

 

 

 

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漢中を占領して間もない魏軍。

陣中に不穏な噂が流れていた。

 

「江東の孫権が十万の大軍を興して、合肥へ進軍したらしい」

 

遠く東の地に迫る脅威を伝え聞き、士卒は動揺を隠せない。

 

 

そんな窮状を見て将・徐晃は、勇ましく兵らに檄を飛ばした。

 

 「合肥の主将には、張遼殿が就かれ申した!

かの御仁であれば必ずや難局を打開されよう。

心配は無用でござる!

我らはただ、目の前の責務を全うするのみ」

 

徐晃は、仲間の才幹を良く推し量ってその実力を信頼していたし、将兵が各々与えられた役割に全力を尽くす事こそ大業を成す根幹であると心得ていた。

 

張遼

久しく見(まみ)えぬが武人として、その志は徐晃と共にある。

遥か遠い地に戦友の武運を祈り、徐晃は今日も将としての務めを果たす。

 

  

 

 

徐晃伝 三十六 終わり 

 

 

VERITASBRÄU(ヴェリタスブロイ)とビール純粋令

 

ノンアルコールビール

 

今まで全く飲む機会はありませんでした。

自分とは無関係の事と思っておりました。

 

飲みたければ普通に、ビール飲むからね。

 

しかし私事ですがこのたび病院で常飲薬を処方され、毎晩寝る前に飲まなければならぬ薬が出来て、状況は一変しました。

 

酒と薬は一緒に飲まないで、とはよく言われる事ですが「ちょっとなら良いでしょ」のつもりがほぼ毎日の事となれば、看過できない影響が人体に及ぼされてきます。
(頭が痛くて眠気が永遠に続いたりしました。)

 

そこで初めて、ノンアルコールビールの可能性に着目したのです。

 

皆さんも続く戦乱の肝臓に休肝日を設けたい時ですとか、車を運転しなければならない時など、ノンアルコールビールという選択肢を考慮した経験がお有りかと存じます。


昨今、その種類は豊富です。

そこでまずは王道、サントリー社のオールフリー、アサヒ社のドライゼロなど有名どころを購入して試してみました。

 

気になるそのお味は・・・虚無。

 

 

無(む)

 


無の味がしました。

 


ささやかに香りの付いた苦い炭酸水といった趣きです。

必死にビールに似た何かを再現しようとした企業努力を感じますがしかし、決してビールではありませんでした。

 

 

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ドイツでは、"ビール純粋令 "という法律が施行されています。

 

「ビールは、麦芽・ホップ・水・酵母のみを原料とする」

 

この一文を内容とするもので、起源は1516年4月23日。

バイエルン公ヴィルヘルム4世が制定し、現在でも有効な食品に関連する法律としては世界最古とされています。

 

後に1871年ドイツ帝国統一に際してバイエルン王国がその参入への前提条件として「ドイツ全土へのビール純粋令の適用」を求めたほど、ゲルマン民族の魂が込められた法律です。

 

その恩恵により今日もドイツのビールは、純粋な原材料を活かした高品質で美味しい世界有数の銘を誇っているというわけです。

 

 

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VERITASBRÄU(ヴェリタスブロイ)は、そんな純粋令下のドイツにおいて伝統製法で醸造された本格的純粋ビールであり、醸造後に脱アルコール処理を行う事でノンアルコールビール化を実現しています。

 

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その風光明媚と味わい深さたるや、現代日本国の添加物ごちゃまぜ生成の結果として虚無の味に堕ちたノンアルコールビールとは格段に異なる美味しさ、ノンアルコールの概念を覆す、純然たるビールの芸術を堪能する事が出来るのです。

 

ドイツ国から輸入しているにもかかわらずアルコール0.0%のためお値段は1缶330mlで110円程度、絶大なコスト・パフォーマンスの高さを実現しています。

 

 箱買いしました。

 

 

通常のスーパーやコンビニの店舗では置いていませんが、お酒屋さんや輸入食品店などでは結構売ってたりします。

 

ノンアルコール界のサラブレッド、ヴェリタスブロイに受け継がれた崇高なる魂は、かつて中世の低品質ビール世情を嘆きドイツ・ビール本来の誇りを取り戻すべく歴史的法改正に臨んだ、当時の賢人たちの叡智の結晶であると言えるでしょう。

 

 

 

 

 終わり

 

 

【参考文献】

・『ドイツビール おいしさの原点 バイエルンに学ぶ地産地消』木村麻紀、学芸出版社、2006年

・『マイスターのドイツビール案内』高橋康典、幻冬舎ルネッサンス、2007年

 

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徐晃伝 三十五『漢中平定』

 

 

稀代の名将・夏侯淵


彼の指揮の下、徐晃張郃らの活躍で涼州の戦乱は平定されてゆく。

 

西方に残る敵対勢力は、漢中に依る五斗米道の祖・張魯を残すのみ。

 

今や西涼の死神とも称されるしぶとさで抵抗を続ける馬超も、張魯の幕下で魏軍に抗していた。

 

そんな中、魏軍に報せが届く。

 

「お味方の姜叙殿が、馬超の攻撃を受けております!

急ぎ救援を賜わりたく!」

 

しかし漢中の張魯を目前に、馬超の猛威が轟く祁山への出兵には諸将は、難渋を示した。

 

「このように複雑な戦況に至っては、曹操殿のお沙汰を待つべきであろう」

 

大勢の意が傾きつつある状況で、しかし夏侯淵は軍机を叩いて喝破した。

 

「いや~~ダメだダメだ!

殿のいる鄴まで往復四千里、待ってたら姜叙はとても保たねえ!」

 

足掛け三年に及ぶ涼州戦役で夏侯淵は、総司令として善戦を尽くしていたが見据える先は曹操の覇道。

(こんな所でモタついていちゃあ、殿の天下が遠のいちまう・・・!)

 

「全責任は俺が持つ。

全軍で祁山の馬超を討つ!」

 

決断であった。

 

魏軍の対応は素早く、一挙に祁山へ戦力を投入したのは妙手であった。

先陣の徐晃張郃は適確に兵を配置し、 寡兵の馬超にはもはや取り付く島もない。

 

 「若・・・今は堪(こら)えて!

こうなった以上、退くしか手はないよ」

 

側近の馬岱に説得されて、馬超は、辛酸をなめるが如き苦渋で撤退を決意する。

 

先般、王異の執拗な攻勢に不覚を取って戦果も無く、張魯に疑われた馬超らはついに依る辺を失い、やがて巴蜀劉備を頼って落ち延びる事になる。

 

 

 

 

 

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張魯は、曹操に降伏した。

 

ここに至って魏の支配版図は華北から涼州、そして益州の喉元・漢中にまで拡がった。

西方戦線におけるこの並みならぬ武功はひとえに総大将・夏侯淵の手腕である。

 

旗上げから従うこの古参の名将に曹操は、仮節の大権を授与し征西将軍の号を任じて改めて、厚く遇した。


「ああ・・・なんと壮麗な戦振りでしょう。

夏侯淵将軍の采配の妙には、胸の滾りを抑える事が出来ませんね」

 

華美を重んじる智将・張郃も、夏侯淵の下でその才を開花させ武功抜群の活躍をした。

 

「うむ。夏侯淵殿の指揮たるや、見事!

斯くも大局を見据え、堂々と戦を描き切るとは。

拙者も多くを学ばせて頂き申した」

 

徐晃も将として夏侯淵の采配に学び、武の研鑽に磨きをかけた。

 

徐晃張郃

いや~~本当に助かったぜ~!」

今宵の酒宴の主賓たる夏侯淵は、恰幅の良い身体を揺らして徐晃張郃へ、親しみを込めて盃を捧げた。

 

「お前達が全霊の武を奮ってくれたおかげで、殿の天下へまた一歩近づいた。

本当によく戦ってくれた、感謝してるぜ」

 

長きに渡る戦役の日々に一応の区切りを得て、今宵ばかりは顔を赤らめて酒に酔う。

 

面倒見がよく、親しみ深いこの人柄も名将・夏侯淵の魅力であった。

 

夏侯淵殿、拙者は感服致してござる。

その采配の妙、まこと武の極みに届いておられる。

戦略とは斯く描くものであると夏侯淵殿に教えて頂き申した」

 

徐晃は恭しく拱手し、盃を受けて謝意を述べる。

 

「だはぁ~~~!相変わらず固いな徐晃

 

だが、その真っ直ぐな志がお前の強みだわな。

どうかこれからも共に、殿の天下のため戦ってくれや」

 

上気した酒くさい息でがっしりと肩を組まれて徐晃は、しかし快くフッと笑みを浮かべて勢いよく、夏侯淵のついだ盃をグイと飲み干した。

 

 

「・・・美酒にござる」

 

夏侯淵は無邪気な笑顔で喜んで、徐晃の肩を叩く。

やがて自らも盃を飲み干すと今度は別の将を労うべく卓を回って歩いた。

 

その後背を見て、徐晃は思う。

 

(・・・良き上官に恵まれ申した)

 

 

今は戦いの疲れを忘れ、ひと時の酒に酔った。

 

 

 

 

徐晃伝 三十五 終わり

 

 

 

 

徐晃伝 三十四『魏公の武威』

 


魏軍は、草原を駆ける。

 

先頃魏公の位に昇り、国を拓いた曹操の武威の下で魏軍は、今だ治まらぬ涼州の諸部族相手に草原を駆けていた。

 

「駆けよ、ひた駆けよ!

あの高台を目指すのだ!」


徐晃は将として一軍の指揮を執る。

背後から勢い盛んに迫る騎馬兵は、白項氐王率いる大軍。

 

「逃がすな!矢を放てい!」


必死で逃げ駆ける徐晃隊の頭上に、一斉に放たれた矢が降り注ぐ。

駆けながら背を守る事能わず、射抜かれて騎兵は次々と倒れた。

 


敵は氐族、西方の騎馬部族である。

 

平素馬上に暮らす彼らの馬術はひと際優れ、駆けながら手綱を放し弓矢を射る芸当にも難がない。


平野での会戦には甚だ不覚を取り、徐晃隊は壊滅の事前に撤退を判断した。


総攻撃に移る氐族を背に、徐晃隊は岩肌のむき出した高台を目指し駆ける。

 

「これは追い付ける。
槍を持て!一気に蹴散らしてくれるぞ!」

 

冠に羽根飾りを翻して白項王は、弓矢を槍に持ち替え徐晃隊の真後ろに迫った。

 


その時。

徐晃がスッと手をかざす。

 

突如、統制の取れた魏軍は整然と左右に散開した。

 

氐族の眼前に高台が開く。

 


張郃殿、今でござる!」

 

高台の頂には張郃率いる伏兵が居並び、岩や丸太を一斉に転がし落とした。

 

「しまった!散れ、散れい!」


氐族は咄嗟に踵を返し、先鋒こそこれを避けるが後続の大多数は岩や丸太の下敷きに押し潰され、尋常な被害を出した。

 

かろうじて難を逃れた残軍が態勢を取り戻す暇も与えず、散開していた徐晃隊が駆け戻り白項王の本隊を襲う。

 

「草原の王、覚悟召されよ!」

 

徐晃は馬上から手斧を構え、敵大将の姿を見定め勢いよく投擲する。

 

鋭い軌道を描いて短斧は氐王の肩を斬り落とした。

鮮血が舞う。

  

「いかん!王をお守りせよ!」

部下の精兵に庇われて氐王は、命からがら戦場を逃げ出した。

 


徐晃は敵の総崩れを認めて混戦を治め、高々と宣言する。

 

「草原の民よ!

天下静謐こそ我らが望み、いたずらに乱を望むものではござらぬ。

中原への略奪を止め、魏公・曹操殿に臣従を誓うものであれば、貴公らを決して無下には致さぬ!」

 

大将を失い惨敗を喫した氐族は一も二もなく、次々と武器を落として従った。

 


こうして徐晃はまた一つ敵軍を治め、そのことごとくを魏国の威の下に接収した。

 

 

 

 

 

徐晃伝 三十四 終わり

 

 

徐晃伝 三十三『涼州戦役』

 


賈詡

謀略を得意とする智将で、降将であるが、今や曹操軍の参謀格として不動の地位を築いていた。


徐晃とも縁がある。


かつて楊奉に仕えていた徐晃は、楊奉の主・李傕の軍に属していたがその李傕の軍師として、賈詡が智謀を奮った時期があった。

 

かつて敵として曹操に対した経歴も、徐晃と同じである。

 

真っ直ぐで清廉な徐晃の人品と、権謀術数を駆使するしたたかな賈詡とでは正反対の性格だが、不思議と二人は互いの境遇や信念、その生き様に共感を抱くところがあった。


軍議の席で、賈詡が述べる。

「先般まで敵さんの士気は高く、策の講じようもない戦況だった。

それが徐晃殿!あんたの活躍で涼州連合軍は形勢の有利を失っている。

いま離間之計の一手を打てば、効果は覿面(てきめん)だろうよ」

 

連合軍の両頭・馬超韓遂は反曹操で結託したものの、元来のところ敵同士。

 

賈詡は二人の疑心に目を付け、韓遂の下へ使者を送った。

果たして馬超韓遂を疑い二人の関係に亀裂が走る。

 

曹操軍・涼州連合軍が死闘を演じた潼関を巡る一連の戦役は、後者の瓦解により決着を見ようとしていた。

 

 

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曹操軍は関中を平定する。

 

大局の趨勢を見極めた曹操は首府・鄴へ帰還し、残した十万から成る大軍勢の総大将には夏侯淵を任じた。

張郃、朱霊ら諸将を幕下に西方戦線、先には涼州そして漢中への侵攻を任に新たな戦局へと備える。

 

徐晃は、この大軍勢の中核にあった。

 

 足掛け三年。

 

西方の羌族や氐族、中華とは風俗を異とするしかし精強無比なる騎馬軍団を有す涼州軍閥との戦役は、苛烈を極めた。

 

徐晃は将としてその武の研鑽に果てなく、ひたすら道を究め続ける。

 

 「拙者が参る!

いざ、手合わせ願おう!」

 

手ずからに牙断を振るい戦場に強者を追い求め、曹操の覇道を支えて戦い続ける。

 

 

(・・・貴公との宿縁には、いずれ決着の時を得よう)

 

徐晃の脳裏には宿敵・関羽の精悍な声色がいつも響いていた。

 

来たるべき決戦の時を迎えるまで、徐晃は戦場をひた走る。

その眼の先に武の頂を見据えて。

 

 

 

徐晃伝 三十三 終わり

 

 

 

徐晃伝 三十二『潼関の戦い』

 

「一族の仇!曹操、覚悟ーーっ!」

 

西涼の錦馬超

その鬼気迫る魂魄は苛烈。

 

精鋭騎馬隊を率いて一気呵成に、曹操軍本隊の喉元へ攻めかかった。

 

 

曹操軍は渡河の最中である。

 

蒲阪津の先に橋頭保を築いた徐晃隊に呼応し、曹操軍の本隊もまた潼関の後背から攻めるべく大規模な渡河作戦を実行した。

 

こうなった以上、連合軍は潼関を放棄して戦線を下げるほか対抗策は無い。

 

しかし馬超は、復讐の鬼と化した馬超は兵法の常道に構うことなく、曹操自身の渡河こそ千載一遇の好機と見出し、その首を討つために総攻撃を仕掛けた。

 

曹操っ!

殺された一族の無念、怨み!この俺が晴らしてくれようぞ!!」

 

騎上の豪腕から投げられた長柄の槍は鋭い弾道を描き、勢いよく曹操のすぐ足下、船の縁へ激しく突き刺さった。

 

 水面は溺れる兵士で溢れ、船足は重く、矢の雨が襲い掛かり次々と転覆した。

 

「おのれ馬超!もはやこれまでか・・・!」

 

曹操に危機が迫る。

 

 

 

黄河西岸、軍営の物見から本隊急襲の報せを聞いた徐晃と朱霊は、遠く対岸の戦火を見やる。

 

「おお・・・なんという惨状か・・・!

我が軍の兵士が、あんなにも多く溺れている!」

 

朱霊はギリリと拳を握り、徐晃に向き直り言った。

 

曹操殿のお命も危うい!急ぎ救援に参らねば!」

 

 

 

徐晃は、冷静である。

 

 

 「朱霊殿、お気持ちはよくわかり申す。

されど拙者らがここを離れれば、渡河そのものが無為になりかねぬ。

 ・・・今は信じるのだ、曹操殿のお命は股肱の臣が守ってござる」

 

 

 

~~~~~~~~~~~~ 

 

曹操の座乗する舟艇、その頭上に矢の雨が降り注ぐ。

 

曹操は目を閉じ、最期を覚悟した。

 

 

 

「御大将!お下がりくだせぇ!」

 

先に逝った典韋の声が脳裏に響く。

 

 (・・・悪来よ!)

 

 

 

その時、曹操の眼前に飛び出した者がいた。

 

許褚である。

 

許褚は、その怪力で両腕に鉄盾を掲げ、曹操を庇って矢の雨を防いだ。

 

悪来・・・いや、虎痴か!」

 

巨体の肩に矢が突き刺さる。

 

典韋ぃ、おめぇの分まで、おいら頑張るだよ!」 

 

許褚は脚を踏ん張り、そのまま手に持つ武具を次々と放り投げ応戦した。

 

追撃は苛烈であったが許褚の勇戦は凄まじく、全身に傷を受けてなお奮い立ち追手の西涼軍を見事に撃退する。

 

 

 

曹操・・・!今一歩と迫りながら、あの豪傑に阻まれたか!」

 

馬超は岸から騎馬を嘶(いなな)かせ、漕ぎ出して死地を脱した曹操の舟を遠く見やった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

渡河した先で合流した曹操の下へ、徐晃が馳せ参じる。

 

曹操殿、御身の危地に駆け付けること能わず申し訳ござらぬ」

 

「大事ない、徐晃

先に渡河して拠点を築き、敵を討ち破った大功見事よ!」

 

戦塵にまみれた鎧を払い、髪を掻き上げて曹操は悠然と応える。

 

 「我が危機は、許褚が身を挺して救ってくれたわ。

許褚、おぬしはまこと我が樊噲よ」

 

「はんかい・・・?」

 

許褚は傷だらけの巨体に見合わず穏やかな表情で、疑問を浮かべる。 

 

徐晃は自然と許褚に近寄り、口添えをした。

「許褚殿、樊噲とは古の猛将でござる。

漢の高祖・劉邦に仕え、その危地を幾度も救い申した。

曹操殿は最大級の賛辞を以って、許褚殿の勇戦を讃えておられますぞ」

 

「うへえ・・・おいら、そんなすごくねぇだよ・・・けど曹操様、ありがとうなぁ」

 

許褚は恐縮する。

 

照れくさそうに空を見上げると、戦場に似つかわず美しい蒼天が広がっていた。

 

・・・今は亡き典韋もまた、古の豪傑・悪来の名を以って曹操に讃えられていたか。

 

先に逝った友を思い、許褚はその遺志を継ぎ乱世を生き抜く決意を新たにした。

 

 

 

 

 

徐晃伝 三十二 終わり