徐晃伝 三十一『背水の陣』

 

「ソイヤッ!ソイヤッ!!」

 

騎馬の疾走。

 

徐晃率いる一隊は、北方の黄河を渡るべく戦場を駆け抜ける。 

風の如く馳せる軍団の中で、副将・朱霊は徐晃に問うた。

 

徐晃殿。

我ら四千騎、精兵といえども渡河中は無防備。

襲撃を受けたらひとたまりもないのでは?」

 

朱霊も、また曹操でさえも、本作戦での渡河の成否を最も案じている。

しかし徐晃には難なく河を渡れる自信があった。

 

騎馬を走らせ、徐晃が答える。

 

「朱霊殿のご懸念はごもっとも。

されど敵将の韓遂殿は智恵が回り、しかも慎重な御仁でござる。

 

我らが少数で渡河しては伏兵を警戒し、簡単に仕掛けては来られまい。」

 

潼関の守りを固める涼州連合軍からすれば、陽動に乗って誘い出され曹操軍の包囲を受ける事態こそ最も恐れる。

ゆえに、敵は徐晃隊の渡河に手が出せない。

 

徐晃の戦術眼は広かった。

 

「・・・むしろ襲撃するなら黄河を渡り終えた後。

我らが曹操殿の本隊と離れ、河を背にして退路を失くした機に攻めてこよう」

 

 

「いやはや、さすがのご慧眼よ徐晃殿!

 蒲阪津(ほはんしん)の先に敵の伏兵があると見られるか」

 

「左様。

ゆえに朱霊殿、貴公の出番でござる。

渡河後は隊を二手に分かち、拙者が一隊を率いて蒲阪津に陣を設営いたす。

これを囮とすれば・・・おそらく夜襲がござろう。

敵が仕掛けて来たのち、合図とともに貴公の率いる一隊にこれを破って頂きたい」

 

 

こうして徐晃と朱霊の軍団は、堂々と河を渡った。

 

予想通り渡河中、敵の攻撃を受ける事はなかった。

 

 

 

黄河西岸へ上陸し拠点の構築を開始する。

 

 

 

 

 

その夜、徐晃の陣を火矢の雨が襲った。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

「敵襲ーーーっ!!」

 

ジャーンジャーンと銅鑼の音が響き、陣営は慌ただしく迎撃態勢に移る。

 

涼州連合軍の将・梁興(りょうこう)が高々と名乗りを上げて、兵五千を率いて徐晃の陣に夜襲を仕掛けた。

 

 

渡河の労を終えたばかり、兵達は突然の襲撃に動揺する。

しかも、退路がない。

 

前には敵、背には河が広がっている。

 

「ど、どうしたらいいんだ・・・!」

 

士卒は武器を取るも、兵達の顔に疲労と絶望の色がにじむ。

 

 

 

 

その時。

 

白頭巾と蒼い鎧を身にまとった徐晃が、大斧を掲げて檄を飛ばした。

 

「皆、奮い立つのだ!!

背後には河、退けば溺れ死ぬのみ。

生き残りたくば敵を討ち、前へ進むのだ!

活路は前にござる!!」

 

 

「ソイヤッ!!」

 

徐晃は単身敵軍に斬り込み、強堅な体幹から大斧をブンブンと振り回して次々と敵を薙ぎ払う。

 

兵達は背後の暗く深い河から、前へ向き直る。

至極の武を奮い前へ前へと進む徐晃の雄姿を見て、状況を理解した。

 

「「う、うおおおおお!!!」」

 

生き残りたくば、前へ。

 

兵達の顔に決意が宿り、皆熱く渾身の勇を漲らせて武器を取る。

 

「将軍に続け!かかれーっ!」

 

隊の士気は一気に最高潮に達した。

 

 

夜襲が成功したにもかかわらず思わぬ反撃を受けて、敵方の梁興隊はむしろ勢いが死んだ。

 

「なんだ・・・!?

こいつら、なぜこんなに士気が高い!?」

 

 動揺が広がる。

 

 

 

徐晃は、将。

 

 

戦場の、この一瞬の気の転換を見逃さない。

 

「朱霊殿、今でござる!」

 

 

ドンドンドンと合図の太鼓が打ち鳴らされ、すぐに、敵軍の背後からドドドドドと騎馬隊の猛突が襲う。

 

 

「敵か!?一体どこから!」

 

将・梁興は騎馬を翻し、背後に敵、前に敵、すべて徐晃の手の内で泳がされていた事を悟る。

 

「お味方でござる!

皆、一気に押し返すのだ!!」

 

 

形勢は逆転した。

 

こうなれば、もはや勝敗は歴然である。

 

 

 

「おのれ・・・!」

 

「ソイヤッ!!」

 

一瞬動じた隙を逃さず、梁興の眼前に徐晃の大斧が襲い掛かる。

 

「ひぃっ!」

 

梁興は落馬し槍を落として、副将に庇われ命からがら逃げ出した。

 

「退け!退けーっ!」

 

 

~~~~~~~~~~~~ 

 

「皆、よく戦い申した!

勝ち鬨を上げよ!!」

 

 

梁興軍は敗走し、徐晃と朱霊の軍団は快勝を収めた。

 

 

この活躍で曹操軍は黄河西岸に拠点を獲得し、後背を脅かされた涼州連合軍は戦略的優位を失う。

膠着していた潼関の戦いは徐晃の一手で動き出し、新たな局面を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 徐晃伝 三十一 終わり

 

 

 

徐晃伝 三十『敵の虚を突く』

 

北の曹操、東の孫権、西の劉備

 

天下は、いよいよ三国鼎立の情勢を迎えようとしていた。 

 

 

さしあたって南方への進退が膠着した曹操軍は、天下平定のため次なる目標を西方の漢中に定める。

 

漢中は中原の要衝。

徐晃をはじめ、曹操軍の諸将兵は漢中侵攻の戦支度に精を出していた。

 

急報は、そんな中突如もたらされる。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~ 

 

西涼の豪族・馬騰(ばとう)。

西方の山岳民族、羌族の血も入り混じる精強無比な騎馬隊を主力として、涼州西域の荒原地帯を治める一代の武傑である。

 

徐晃も若かりし頃、李傕軍楊奉隊麾下で馬騰の軍団と交戦し、その猛威を直に味わった経験があった。

 

漢王朝の忠臣として正義に燃えるこの男は、しかし今、許昌郊外に捕らわれ曹操の眼前で最期を迎えようとしている。

 

「漢室に仇なす逆賊、曹操ーっ!

貴様を討たずして果てるとは・・・この馬寿成、生涯の不覚!

だが我が息子・馬超が必ずや貴様に正義の鉄槌を下すであろう!」

 

 「馬騰よ、貴様のように蒙昧な輩が乱世を深めるのだ。

我が覇道の前に滅びるがよい・・・斬れぃ!」

 

馬騰による曹操暗殺の計画は事前に看破され、彼は首謀者としてその子、馬休・馬鉄はじめ一族郎党と共に処断に付された。

 

ただ馬岱だけが唯一、死地を生き延びて涼州へ逃げ帰り、馬騰の長男・馬超に事の顛末を告げる。

 

 

報せを聞いて馬超は、激しく哭いた。

 

「父上ーーーっ!休!鉄!!

う、うおおおお・・・!!!」

 

曹操の苛烈な制裁に、馬超は泣き叫び床を打って、拳から血が流れても殴り続けた。

 

「若・・・!」

 

馬超の腕を抱き止める馬岱だが、掛ける言葉が無い。

 

 

 「おのれ曹操・・・!

一族の無念、必ずや俺が晴らしてくれよう!」

 

復讐の鬼と化した馬超は、志を同じくする涼州の諸豪族と同盟し、反曹操の連合軍を決起した。

 

勢いに乗る連合軍は快進撃を続け、関中の要塞・潼関に陣を構えて、曹操軍を迎え撃つ。 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

馬超が率いる涼州兵は強かった。

 

曹操軍の先発隊は潼関を巡る攻防で惨敗を喫し、多くの被害を出した。

 

やがて曹操が自ら本隊を率いて潼関の東に陣を布く。

 

「・・・さすが西涼の兵は精強よな。

ましてや潼関の狭隘を固められては、我らが大軍の利を活かせぬ」

 

北には黄河、南は山険が横たわり、潼関を挟んで進軍の路(みち)を塞いでいる。

 

正面突破を図る他ないが、初戦に勝利した涼州の軍馬は士気が高い。

これに真っ向から当たるは厳しい戦況であった。

 

 

曹操は、険しい表情を浮かべて唇を噛む。

 

(一刻も早く、漢中を統べねばならぬというに・・・)

 

 

 

その時、重苦しく難渋する軍議の席に、一人の将が精悍な声を上げた。

 

徐晃である。

 

「敵の虚を突き、北に黄河を渡ってはいかがでござろうか。

蒲阪津(ほはんしん)の先に拠点を築けば、潼関の背後を脅かす事ができ申す」

 

諸将にどよめきが広がり、軍議の席はにわかに活気づいた。

 

 

曹操が言う。

 

「・・・確かに、黄河を抜ければ戦況は覆せるやもしれぬ。

だが敵前での渡河には危険が伴う・・・可能か、徐晃よ」

 

 

 徐晃は拱手し、はっきりと答えた。

 

「可能でござる。

拙者に、策があり申す。

兵馬をお預け頂ければ、必ずやかの地を落としてご覧に入れましょう」

 

 

曹操の表情は晴々と威厳を取り戻し、その口元に浮かべた笑みを隠さずに言った。

 

「頼もしいぞ徐晃よ!

おぬしに任せよう。

見事この難局を打破してみせよ!」

 

 

将・徐晃は兵馬四千の精鋭を預かり、潼関の北へ黄河を渡るべく進軍を開始した。

 

 

 

 徐晃伝 三十 終わり

 

 

デュプリカント

 


アメリカ航空宇宙局(NASA)が深宇宙に向けて発したマイクロウェーブ波に、返信が来た。

 

高度な知能を持った異星生命体だ。

人類が送ったメッセージを受信して内容を理解し、我々が解読できる言語でわざわざ返信を送ってきて友好の意を示したのだ。

 

人類史上に刻む最大の事件となった。

 

 

無論、警鐘を鳴らす者もあった。

一方で異星生命体はとても紳士的で、交信メッセージの内容は地球人類への最大限の配慮が成された非常にオープンな情報開示と、時にユーモアすら交えた、友好的な会話となった。

 

人類は今だ外宇宙へ進出する航行技術を得ていないが、遠くアルファ・ケンタウリ星系に母星を座すというこの異星人は高度に発達した科学文明を有し、遥々我らが地球へ訪れる準備があると伝えてきた。

 

幾度もの国際会議が開かれて多種多様な意見が入り乱れ、結局何の結論も導き出される事はなかったが、米国の主導で異星人とのメッセージ交信は慎重に続けられる。

 


そして来たる2039年8月、異星人の使節団を乗せた非武装の宇宙船数隻が、メッセージでの約束通りに地球圏へ飛来した。

 

 

幾何学紋様の曲線美を象る壮麗な宇宙船は、フロリダ州ケープ・カナベラルの大地に着陸し、地球人類の代表者たちがこれを直接迎え入れる。

 


宇宙船のハッチが降りて、ついに異星人がその足を地球に着けた。

この様子は全世界に生中継で配信された。

 

 

ゴテゴテとした宇宙服に身を包んだ数体の異星人は何やら最終確認をした上で、プシュ!と音を立ててヘルメットを脱ぐ。

 

直立二足歩行で両腕もついて、そして露になった頭部すら、地球人類のそれに酷似した形態であった。

 

というよりむしろ、地球人類そのものである。

 

降り立った側の異星人も、迎えてくれた地球人が自分たちと全く同じ外見であるのを
見て驚いている。


そのうち一人の異星人は初老の白髪の男性で、これを迎える地球代表者の一人と見た目が全く同じで、瓜二つの外見であった。

 

二人は、視線の先の異星人が自分の姿そのものである事に驚く。

 


その時ー


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終わり

 

 

徐晃伝 二十九『名将・夏侯淵』


 

 


「おっ、来たな徐晃~~!

今回は一つ、どうか俺に力を貸してくれや」

 

明るく陽気な振る舞いで徐晃の肩を叩く偉丈夫は、夏侯淵

 

 

曹操の旗上げから従う最古参の宿将として歴戦を闘い抜き、将帥としての器量が成熟しつつあった。

 

夏侯淵殿、麾下の副将をお任せ頂き光栄にござる。

何卒よろしくお頼み申す!」

 

赤壁の敗戦から向こう、曹操の支配基盤が比較的堅固でない西域方面では地方豪族の反乱が相次いだ。

 

今回、并州晋陽・太原の地で叛(そむ)いた勢力征討の任に当たり、総大将・夏侯淵はその副将として徐晃を招いた。

 

「だはぁ〜〜!相変わらず固いな徐晃

ま、そう気負いなさんな。

 

だが!戦には敗けられねえ。

気張れよ〜〜!」

 

 

「はっ!!」

 

徐晃は恭しく拱手(きょうしゅ)し、拝命して夏侯淵の指揮下に参じた。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

軍営に太原の地図を拡げて、夏侯淵は諸将に下命する。

 

「今回の乱、もたもたして長期戦になればちと厄介だ。

鎮圧までの早さがカギよ!電撃戦で落とす!」

 

叛乱軍の大将は商曜(しょうよう)。

大陵の城を本拠に、太原地方の全域を巻き込んで叛意を起こそうという機運が高まっている。

だが、態勢はまだ万全には整っていない。

 

曹操軍の動きは早かった。

神速の行軍で将兵を太原に展開させると、夏侯淵は自ら前線にあって指揮を執り、巧みに配して拠点を次々と落としてゆく。

 

賊軍は機先を制され、勢いが死んだ。

 

「いざ参る!

敵の要衝を落とすのだ!」

 

中でも群を抜いて活躍した将は、徐晃である。

 

夏侯淵の示す全体戦略をよく理解して個々の局面で戦術を指揮し、短期間の内にのべ二十もの敵拠点を制圧した。

 

 

 「さすがの名将っぷりだな徐晃

俺のやりてえ戦を、こうも見事に体現するとは」

 

前線型指揮官として兵を動かす夏侯淵にとって、徐晃の堅実で攻守に優れた用兵はこの上なく頼もしい手足であった。

 

 

夏侯淵殿、さすが音に聞く名将でござる!

拙者の振るう武を、こうも巧みに使いこなすとは」

 

徐晃は自部隊による局面突破を、余すことなく戦略的勝利に結び付ける夏侯淵の指揮に将帥の大器を感じた。

 

 

元来烏合の反乱軍にとって、形勢不利の戦況は一層の悪循環をもたらす。

離反する勢力、日和見していた勢力はことごとく静観を決め込み、ついに大陵の城は孤立して曹操軍に包囲された。

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

あっけなく大陵は陥落し、頭領の将・商曜は捕えられ夏侯淵徐晃の下に膝を屈する。

 

 夏侯淵は剣を向けて言う。

 「誰であろうと、殿の覇道に叛いて乱世を深める輩を野放しには出来ねえ!

・・・何か言い残す事はあるか」

 

商曜が口を開く。

「・・・漢室の威光を私物化する逆賊・曹操の手先め!

 我が正義の刃、武運拙(つたな)くここで折れようと、貴様らの不義を正さんと立つ者は我が後に次々と起ころうぞ!」

 

 

そもそも単独で叛乱を起こすにはあまりに寡兵。

そしてこの開き直った言い方である。

此度の決起、何か当てがあったかのように思える。

 

夏侯淵殿、これは・・・」

 

徐晃夏侯淵は顔を見合わせた。

 

「・・・ああ、こりゃ背後に黒幕がいるわな」

 

 

 

決して口を割らなかった商曜は武人として堂々処断され、ここに太原の乱は平定された。

 

 

 

 

夏侯淵徐晃は城壁に並び立ち、西陽の沈みゆく大陸を眺める。

 

 

西域に大乱の兆しあり。

 

 

夏侯淵はいつになく神妙な面持ちで語った。

 「・・・この先も殿の行く道には、多くの戦いが待ち受けている。

徐晃、また今度のように俺と一緒に戦ってくれや」

 

「無論でござる。

拙者の武、夏侯淵殿と同じく、曹操殿の大志のために!」

 

 

名将・夏侯淵のもとでその采配の妙を学んだ経験は、徐晃の戦歴にとっての至宝となった事であろう。

 

 

 

 

 

徐晃伝 二十九 終わり

 

 

 

徐晃伝 二十八『父の背中』

 

長きに渡る南方の戦乱を終えて許昌に帰った徐晃は、しばし休息の時を過ごす。

 

久方ぶりに家族との時間を味わい、しかしそれも束の間、すぐにまたひたすら修行と練兵に打ち込む日々に戻った。

 

 

徐蓋(じょがい)。

 

歳の十を過ぎたこの少年は、いつも邸宅の庭先で棍(こん)を振るうか、部屋で書を読みひたすら学んだ。

 

父・徐晃は武人である。

 

質実剛健な軍団の先陣に騎馬を翻(ひるがえ)し、これを率いて堂々行進するその雄姿を群衆の中から仰ぎ見て以来、徐蓋は父に憧れ、そして誇りに思っていた。

 

 

 

徐晃は家でゆっくり過ごす事がほとんど無かったが、時たま邸宅に戻る日は必ず、徐蓋の鍛錬を見守る時間を作った。

 

「うむ、いい構えでござる。

よく足を踏ん張り、腰を入れるのだ。

そう、そうだ」

 

「ソイヤッ!」

 

自らの内面には厳格な徐晃だが、子らにはとても優しく穏やかで、何事も決して咎めず肯(がえん)じて、暖かく成長を見守った。

 

本当に僅かな時間ではあったが、徐蓋には、尊敬する父に修行の成果を褒めてもらうこの時が何よりも一番嬉しかった。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

ある日。

 

また久しぶりに父の帰りを迎えた徐蓋だが、物々しい輜重と部下の兵らを引き連れた父・徐晃の表情は険しい。

 

また遠くの地へ戦に行くのだ、と思った。

徐蓋の目には涙が溢れた。

 

 

そんな息子の姿を見て徐晃は、物哀しげな表情を浮かべ、膝を折ってその小さな顔から涙をぬぐう。

頭を撫でて、別れを惜しんだ。

 

 

立ち上がり、妻に言う。

 

「拙者は武人でござる。

・・・良き父親とは言えぬであろう。

 

されど子らを、家族を守るため拙者は戦わねばならぬ。

世が乱れ、略奪と殺戮が跋扈(ばっこ)する混迷の時代を拙者らは経験した。

二度とあのような地獄を子らに見せるわけには参らぬ。

乱世を統べる曹操殿の刃として、拙者はひたすら武を磨き、戦うのみ」

 

徐晃の妻は才女で良く夫を理解し、家を守り、心は共に乱世を戦ってくれた。

 

ただ頷き、泣く徐蓋を抱き寄せ、その弟ら妹らも身に寄せて、徐晃の出陣を送り出す。

 

 「・・・では行って参る。

蓋よ、よく母上の言う事を聞いて、弟ら妹らを守るのだ。

 

また修行の成果が見られる事、楽しみにしておるぞ!」

 

 徐晃は踵(きびす)を返し、家族にその大きな背中を向け戦地へ赴く。

 

 

徐蓋は、父の背を見て涙を止めた。

ぐっと堪えて、精一杯に手を振り見送った。

 

 

幼心にも徐蓋は、いずれ自分も武を磨いて強くなり、父の背を追って共に行きたいと願うものだった。

 

歳月はこの少年をもまた精悍な武将に成長させる。

やがて偉大なる父・徐晃の軍を見事に受け継ぐ名将・徐蓋が戦地に立つ事となるのだが、それはまたずっと先の話である。

 
 
 
 
 
徐晃伝  二十八  終わり
 

 

徐晃伝 二十七『遼来来』

 

「推して参る!」

 

セリャーーッ!と斬り掛かる張遼の激しい連撃を、徐晃は槍さばき巧みに体幹をぶらさず、一刀一刀確実に受け流す。

 

ギラリ、一瞬を見極めて渾身の一振りを繰り出す徐晃

その一撃をすんでの所で、張遼は飛び退き躱(かわ)してみせた。

 

周りを囲み固唾を呑んで見守っていた兵達から、ドッと歓声が沸き起こる。

 

模擬戦といえ、今や曹操軍の大将として並ぶものなき双璧の武人が、真剣勝負の激闘を演じているのだ。

これが興奮せずにいられる兵士は居ない。

 

徐晃殿!

相も変わらず堅実な防禦と大胆な攻撃、まこと見事なる武よ!」

張遼は賛辞を贈る。

 

「過分なお言葉、恐れ入り申す。

張遼殿の苛烈な攻めこそ、その一打一打以前にも増して重く激しく!

真の武への道を駆け抜けておられる」

 

徐晃張遼は久方ぶりの手合わせを終え、各々許昌の邸宅で湯浴みを済ませると、その夜は諸将と共に酒宴に顔を出して語り合った。

 

大いに武を語り合った。

 

張遼は盃を傾けながら、過日の友誼を懐かしむ。

「・・・いやはや、こうして武の道を語り明かしていると、徐晃殿、関羽殿と三人、互いに武を競いながら戦場を駆けた日々を思い出す・・・」

 

「懐かしゅうござるな・・・」

 

 

徐晃は、先立って漢水の地で関羽と激闘を繰り広げた。

 

その時関羽も、今の張遼を同じ事を語っていたか。

 

乱世に生きる武人三人、行く道は違えど、志は同じ。

共に駆け抜けた日々は宝であった。 

 

張遼殿。

関羽殿は今や荊州に君臨し 、天下に武威を布いてござる。

曹操殿が征く大望のため・・・いずれ関羽殿とは雌雄を決する時が来よう」

 

 「うむ。いずれその日が来たるまで、武の道を究めん!

我らの力、曹操殿の大望成就のために!」

 

張遼は拳を握り、その眼に闘志を燃やした。

 

 

後、張遼は対孫呉戦線の司令に抜擢され、二度と関羽と相見(まみ)える事は無かった。

 

しかし曹操の覇業を支えた名将・張遼の活躍は、合肥での鬼神の如き伝説を打ち立てる。

『遼 来来』の威名は大陸に拡がり、やがて関羽の耳にも届いた事だろう。

 

 

 

 

張遼徐晃よりも六年早く、病を得てこの世を去った。

 

徐晃とは終生、良き友であった。

 

 

 

 

 

 徐晃伝 二十七 終わり



徐晃伝 二十六『午睡の夢』

 

 

「・・・孟徳、・・・孟徳!」

 

夏候惇は怪訝な表情で曹操の顔を覗き込んだ。

 

曹操は、練兵中に寝ていた。

 

 

「ん・・・むぅ・・・夢を見ていたわ」

 

練兵場に面する台座に居眠りをしていた曹操は、物言いたげな夏候惇の顔を見るや、あくびをしながら言った。

 

「今は雌伏の時よ。

赤壁の大敗はただ認め、次への備えをすれば良い」

 

落ち込んでいるかと思っていたが、意外な言葉に面を食らった夏候惇は、やがて高笑いをして練兵へ戻っていった。

 

曹操は再び目を閉じる。 

 

 

 

悪夢を見ていた。

 

息子・曹昂の死、凄絶な典韋の最期。

虚空を掴む手の先で処刑される陳宮、静かに息を引き取る郭嘉

毅然として我が下を去る関羽・・・そして長江を焼き尽くす赤壁の大火。

 

飄々とした言とは裏腹に、曹操は自らが歩んできた過酷な覇道、その業の重みに苛(さいな)まれていた。

 

 

 

 

 

 

「ソイヤッ!!」

 

勇ましい雄叫びが響く。

 

見ると、整然と軍列を成し、一糸乱れぬ動きで修練に励む徐晃の一隊がその威容を際立たせていた。

 

 

「「ソイヤッ!!」」

 

兵達の眼には、決意が宿る。

 

 

皆、過酷な乱世を経験している。

暴威と殺戮が支配する混迷の時代を生きてきた。

その暗闇に差す一筋の光、理(ことわり)をもって世を治めんと示したのは、他ならぬ曹操である。

 

皆、曹操の行く道を信じている。

その覇道を武で支えるべく、ひたすら修練に励む徐晃

彼の清廉な在り方を兵達は心から尊敬し、良き範とした。

 

 

「そうか・・・そうであったな」

 

一心不乱に鍛錬に励む徐晃の、その真っ直ぐな面持ちを見て、曹操は思いを新たにする。

 

「我が覇道、乱世を統べる大望のため・・・。

如何な事があろうとも、立ち止まるわけにはいかぬ」

 

 多くの傑出した将兵曹操の行く道を支えている。

散って行った者たちの思いが、曹操の覇道を照らしている。

 

一人苛(さいな)まれていた悪夢から、ふっと憑き物が落ちたように感じた。 

 

 

 

 

 

「ソイヤッ!!」

 

徐晃の精悍な雄叫びが、広い青空に勇ましく響いた。

 

 

 

 

徐晃伝 二十六 終わり