徐晃伝 十三『将』

 

 

乱世の統一を急ぐ曹操は、時として彼に反する者や愚鈍な者に対して苛烈だった。

全ては、混迷の乱世を終わらせるため。

 

だが仁の人・劉備にとって曹操の非情な在り方は受け入れられなかった。

 

共に乱世の終焉という大志を同じくしながら、二人の英雄は決別する。

 

 

劉備曹操の下を離れ、関羽も共に帷幕を去った。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

曹操暗殺計画が露見する。

 

暗殺は未然に防がれ首謀者の董承は処刑されたが、この計画に賛同した者の名に劉備もあった。

 

曹操劉備討伐を決意し命を下す。

 


曹操軍は精強で、反乱軍は忽(たちま)ち壊走し劉備は生死も知れず行方不明、軍勢として残ったのは関羽が率いる一隊だけだった。

 

曹操の大軍に包囲され、もはや活路は無い。

 

関羽・・・その忠節と武勇、ここで死なすにはあまりに惜しい」

人の才を尊ぶ曹操には、是が非でも関羽を幕下に加えたかった。

 

張遼が言う。

関羽殿とは共に武を磨く者として、交誼を結んだ間柄。

こちらへ降るよう、私が説得して参りましょう」

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

関羽は偃月刀を構え、大喝する。

「拙者の武、義兄・劉玄徳の大志に殉じる覚悟。

曹操殿には決して降らぬ!

張遼、もはや語るに及ばず。

この期に及んでは互いの刃を合わすのみ!」

 

「待たれよ!今戦っても、関羽殿に勝ち目はござらぬ。

ここで命を無駄にして劉備殿との誓いを破る事が、その大志の為になるのか!?」

張遼は誠を尽くして説得した。

 

その熱意に、関羽はついに降伏を決す。

 

張遼、我が友よ。

お主の誠意はしかと受け取った・・・感謝する。

ただし拙者は曹操殿に降るのでなく、漢室の献帝に降り奉る。

そして我が義兄・劉玄徳の所在がわかり次第、すぐにお暇(いとま)仕(つかまつ)る」

 

どこまでも義理堅い関羽の忠節、曹操も尊重し条件を呑んだ。

 

こうして関羽曹操軍配下の将となる。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

袁紹との決戦が迫っていた。

 

華北四州に君臨する漢室の名門・袁紹の勢力は、今や曹操と中原を二分し相容れず、情勢は雌雄を決す大戦に至ろうとしていた。

 

徐晃はこの大戦で最重要の任に抜擢される。

官渡決戦の橋頭保、前線の白馬・延津攻略の将に任命されたのだ。

 

徐晃曹操に傅(かしず)いた。

「拙者、いまだ曹操殿にお仕えして日も浅く、武芸も未熟千万なれど、このような大役を仰せつかり光栄でござる。

必ずや任を果たして参る所存!」

 

徐晃よ!

お主の戦は兵法の理に適(かな)っている。

柔よく剛を制し、敵の強きを避け弱きを突く。

その用兵は古(いにしえ)の兵家・孫武にも勝るぞ! 

我が麾下の将士を良く率い、お主の武を存分に奮うがよい」

 

軍師・荀攸も檄を飛ばす。

「白馬・延津は戦術上の重要拠点。

ここを制すか否かで本大戦の趨勢(すうせい)が決します。

徐晃殿、宜しくお願いします」

 

軍営の篝(かがり)火が照らす中、諸将の期待を一身に受けて、徐晃は拱手(きょうしゅ・拳を手のひらで包む動作)し恭しく礼し、曹操から軍権を預かった。

 

将に徐晃、その下に張遼そして関羽が付いた。

 

張遼殿、関羽殿。

いまだ未熟な拙者が指揮を執ること恐縮至極にござるが、何とぞ宜しくお頼み申す!」

 

「何を申されるか徐晃殿。

貴殿の用兵たるや見事!

拙者とて貴殿の指揮の下でこそ、存分に武が奮えようぞ」

 

関羽は偃月刀を、張遼は双戟を、徐晃は大斧を担ぎ出陣の鬨を上げる。 

 

 

 夜明けと共に長駆直入、徐晃隊は一気呵成に白馬砦に攻め掛かった。

待ち構えるは袁紹軍の名将・顔良

 

 

官渡決戦の火蓋が、ここに切って落とされた。

 

 

 

徐晃伝 十三 終わり

 

徐晃伝 十二『戦友』

 

 

歴史ある漢王朝の帝を戴いた曹操は勢力を拡大し、各地の群雄は続々と軍門に降った。

 

仁の人、劉備もその一人である。

 

今だ流浪の身でわずかな勢力しか持たぬ劉備だが、人望があり慕われた。

漢の献帝の縁戚という血筋もある。

 

曹操は彼を厚く遇した。

 

劉備もこの恩に報いるべく、先の袁術呂布との戦いでは曹操軍配下として戦った。

 

 

 

徐晃はこの時、その生涯で最大の敵となる宿命の武人と出会う。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

姓は関、名は羽。字は雲長。

 

劉備の義弟で、武勇に優れ、清廉で義を重んじる高潔な人柄は天下に誉れ高い。

稀代の人傑であった。

 

 

曹操劉備の共闘により、徐晃はこの関羽と共に戦場を駆ける。

互いに武を競い、彼らは交誼を結んだ。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

徐晃は問う。

「時に張遼殿、関羽殿。

貴公らにとって武の頂きとは、何処(いずこ)にござるか」

 

張遼が答える。

「私が目指す真の武は、より強大な敵、より困難な状況を追い求める。

それを討ち破った先にこそ頂きがあろう」

 

徐晃は頷く。

張遼殿の武への求道、見事!

その苛烈な攻めの戦、拙者にとって学ぶことが多くござる」

 

関羽は先に徐晃に問うた。

「しからば徐晃殿にとって武の頂きとは、如何(いかん)?」

 

徐晃は静かに、熱く語る。

「・・・拙者が考えるに、己が武の研鑽に果ては無かれど、より強大な敵を討ち破るには己一人の武だけでは足り申さぬ。

共に戦う仲間の力、策や計略、あらゆる兵法を駆使して戦う極みにこそ、武の頂きが見える気がいたす」

 

張遼は頷く。

「うむ、徐晃殿の言う通り。

己の研鑽に励むと共に、将として広き眼を以って武を奮う・・・

これを肝に銘じねばな」

 

関羽も賛同した。

「お二方の言う事ご尤(もっと)も。

将たる者、敵を斬るだけが武ではござらぬ。

友軍と連携し、策や計略を用いる事もまた肝要なり」

 

張遼は問う。

「して、関羽殿にとって武の頂きとは?」

 

 

関羽は目を瞑り、悠然と構えて語った。

「武を磨き極める道こそ武人の本懐・・・

されど拙者は、己が武を何の為に奮うか。

その志にこそ武の頂きを見出すもの」

 

青龍の如き精悍な相貌には、並みならぬ決意が宿る。

 

 

 

「拙者の武は、義兄・劉玄徳の大志と共にあり」

 

 

 

徐晃にも張遼にも、稀代の武人たる関羽の強さの源がわかった。

 

「兄者が築く仁の世のため。

この関雲長、武を磨き奮い戦うのみ」

 

 清々しき生き様に、徐晃は親しみを込めて言った。

「拙者も張遼殿も、曹操殿の大志のため武を奮う覚悟でござる。

・・・仕える主は違えども、我ら武人として往く道は同じ!」

 

 

 

三人はこうして互いの武を語り、認め合い、高め合った。

 

 

 

良き戦友(とも)であった。

 

 

 

 

 

徐晃伝 十二 終わり

 

徐晃伝 十一『武人張遼』

 

 

徐晃曹操軍の先陣に立って奮戦した。

 

先の張繍との戦乱、そして寿春の名族・袁術との戦いでも、獅子奮迅の活躍を見せる。

 

「参る!」

将として兵を率いながら、自らも巨大な斧を奮って次々と敵を薙ぎ倒す。

常人には持ち上げる事すら困難な重量だが、徐晃は強堅な体幹で軸を形成し、この大斧の重みを活かして遠心力を巧みに用い、ブンブンブンと円旋を描く軌道で必殺の連撃を見舞う、この特徴的な回転殺法を得意とした。

 

「敵将、徐公明が討ち取り申した!」 

 

 

そして今曹操軍は、下邳城に依る呂布との決戦に臨む。

 

この呂布軍との戦いで、徐晃は一人の武人と出会う。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

姓は張、名は遼。字は文遠。

 

呂布軍配下の将である。

 

卓越した技量で双戟を巧みに奮い、ただひたすら真の武を目指して戦いに明け暮れていた。

わき目も振らず徹底的に武の求道を成す生き様は、厳格にして苛烈。

清廉と俯瞰を基底とする徐晃の武とは、通じる道もある反面まったく異なる貌も覗かせた。

 

裏切りを繰り返す呂布のような男を主君と仰ぐのも、当代最強と謳われるその傑出した武を間近に見、盗むためである。

 

 

下邳前哨戦、張遼はその武を存分に奮い曹操軍を圧倒した。

 

「邪魔だァーーー!!」

次々と兵を薙ぎ倒し、本陣に迫る。

 

 

徐晃が立ち塞がり、ここで張遼と刃を交えた。

 

「徐公明、参るッ!」

 

打ち合う事、数十合。

 

張遼の額に汗が流れる。

「守りの型か・・・やりづらい」

張遼は苛烈に双戟を振るい攻め立てるが、そのことごとくを徐晃は大斧を巧みに廻して受け流す。

かと思えば、ブォォオン!

 

受ければ即ち致命傷となる大斧の重厚な一撃が、咄嗟に飛び退いた張遼の眼前を横切った。

 

「ただ守るだけの型でない、巧みに受け流し、機を見れば一気に攻めへと転じる・・・!

この武、只者ではあるまい」

 

徐晃徐晃で、張遼の戟捌きを受けるたび、その苛烈な攻めに腕が痺れた。

「なんという荒々しき武よ・・・!

さすが呂布軍の将、その暴を征く武の性質は苛烈!」

 

徐晃の奮戦で、張遼隊の強襲は勢いを削がれた。

「兵が勢いを失った・・・これ以上は深入りとなる。

退け、退けい!」

 

さすが張遼も一軍の将、退き際はわきまえている。

 

 

その後、軍師荀攸郭嘉 の策で下邳城は水攻めに落ち、最期は部下の裏切りで呂布が捕縛され、曹操の眼前に引き出された。

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

「おのれ!離せ、離せーっ!

この呂奉先に縄を打つなど、許さんぞっ!!」

 

最期の時を迎える呂布を、共に捕らわれた張遼が律す。

「見苦しいぞ呂布殿!貴公の武が泣くぞ。

将たる者、最期まで凛とあられよ・・・」

 

その一言が、曹操の耳にとまった。

呂布は処刑場へ引き出されるが、張遼は縄を解かれた。

 

張遼、お主はただ呂布の武を追い求めるだけの男。

今だ何者でもない。

これよりはこの曹孟徳の将として、その武の行き着く先を見極めよ」

 

思いがけぬ招致、同時に己の虚無的核心を突かれて神妙に座す他なかった。

こうして張遼曹操に忠誠を誓った。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~  

 

一方、不義と裏切りの生涯を閉じる呂布の頭上には、白刃が光る。

 

徐晃は眼を背けた。

「最強の武と謳われながら、その本質は"暴"。

このような末路は、拙者の目指す武の頂きではござらぬ」

 

呂布は下邳に散った。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

降将となった張遼の姿を見て、徐晃は語りかける。

張遼殿、拙者も元は降将でござる。

曹操殿は元の立場や出自に依らず、ただ能力と才幹をもって人を量られる。

戦場でまみえた貴公の武、お見事でござった。

これからは共に戦う仲間として宜しくお頼み申す」

 

「おお、徐晃殿・・・!御心遣い痛み入る。

戦場での貴公の武には、私には無い強さをしかと感じた。

どうかこれよりは徐晃殿の武に、学ばせて欲しい」

 

二人は、その手を固く握り合った。

 

張遼殿、それは拙者とて同じでござる。

共に曹操殿の大志を支え、武の頂きへと駆け昇らん!」

 

かつて敵味方として刃を交わした徐晃張遼は、こうして友となった。

 

 

 

 

徐晃伝 十一 終わり

 

 

徐晃伝 十『乱世の奸雄』

 

 

 

歴史ある漢王朝の帝を戴いた曹操は、大義を得る。

付近の群雄たちは続々と曹操のもとに降り、勢力は一気に栄えた。

先だって降伏した張繍(ちょうしゅう)も彼ら群雄のうちの一人である。

 

「我が宛城にて、曹操殿を歓待致したく、お招きさせて頂きます。」

曹操は数人の親類縁者と、護衛の猛将・典韋を連れて、張繍の待つ宛城へ向かった。

 

・・・これを危険視する声はあったが、乱世の統一を急ぐ曹操は、赴いてしまう。

 

 

「これは・・・!」

夜半、軍机に地図を広げていた満寵は、驚きと焦燥を露(あらわ)にした。

「宛城の備えは一見無防備だが、一度内に入れば抜け出す事が困難な布陣に仕組まれている。

もし張繍殿に謀(はかりごと)があれば、曹操殿が危うい」

 

徐晃は布陣図に記された『賈詡(かく)』という名に見覚えがあった。

賈詡殿・・・この御仁は、かつて拙者が楊奉殿の下にいた折、李傕殿の軍師として仕えており申した。

相当な切れ者で、良く謀略を得意とする将と記憶している」

 

徐晃と満寵は顔を見合わせた。

 

曹操殿が危うい! 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

賈詡の謀略により、宛城では張繍の叛乱が起きる。

曹操はその生涯最大の危難の一つに見舞われるが辛くも生き延び、帰還した。

 

しかし将来を嘱望(しょくぼう)された曹操の長男・曹昂は、死んだ。

よく一族に尽くした快男児・曹安民も、豪傑・典韋もこの戦いで命を落とした。

 

曹操の悲嘆は並大抵のものでなかった。

 

 

 

乱世である。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

後に体制を整えた曹操は、再び張繍を降伏に追い込む。

 

ここで曹操は私怨に囚われず、自分を追い詰め肉親を殺した賈詡という男の、その智謀を高く評価して先の一件を不問に付し、自らの軍師として迎え入れた。

 

徐晃にとって、他人事とは思えなかった。

 

賈詡殿は、主君の敵である曹操殿を討つべく智略の限りを尽くして戦った。

・・・拙者もかつて楊奉殿の下で、同じように曹操殿に刃を向け申した」

 

かつての敵であっても私情を挟まず、能力を見出せば登用する。

曹操の姿勢は一貫している。

 

 

全ては、乱世を終えるため。

 

 

曹操殿とて人の親、如何(いか)ばかりの悲しみか・・・

それでも賈詡殿を用い、拙者も用いられた。

我らの智や武を活かし、乱世を終える大望のために」

 

徐晃は拳(こぶし)を握りしめる。

 

「厚く遇してくれる曹操殿の御恩に、胡座(あぐら)を掻いているわけには参らぬ。

拙者はひたすら鍛錬に励み、一刻も早く武の頂きへと至らねば!」

 

徐晃は今、その武を以って曹操の覇道を支えてゆく決意を新たにした。

 

 

 

 

徐晃伝 十 終わり

 

 

徐晃伝 九『徐蓋』

 

 

徐晃は、許昌で妻を娶(めと)った。

 

これには徐晃が朴念仁で、なかなか縁談が進まなかったが、仲人の曹洪は随分と手を焼いてくれた。

 

 

徐晃の朴念仁ぶりを表す挿話として、少年時代にこんな事があった。

 

徐晃と満寵がとても仲が良い様を見ていた晃の妹は、純真な想いで兄にこう聞いた。

「あの素敵な殿方、満寵様は、どんな女性が好みなのかしら?」

「いや満寵殿の頭の中は、罠や仕掛けの事ばかり。

女性に興味など無いのではなかろうか」

 

無神経な徐晃の一言が妹を傷つけた。

しかし徐晃には妹がなぜ泣いているのか、わからなかった。

 

以来、ずっとそんな調子である。

徐晃の方こそ女心はどこ吹く風、己の研鑽と武の頂きにしか興味がなかったであろう。

 

それでも清廉な人柄と実直さに、好感を抱くのは頷ける。

相手は良家の娘であったが、そんな徐晃をよく理解し、内助の功を以ってその廉直なる武の求道を支えていった。

徐晃も誠実に妻を重んじ、仲睦まじい家庭を築いた。

 

やがて二人には男児が生まれる。

 

後に名を、徐蓋という。

 

 

 

 

徐晃伝 九 終わり

徐晃伝 八『牙断』

 

 

曹操軍の陣営には、綺羅星の如き数多の名将がいた。

 

中でも最古参の猛将・夏候惇は、特筆すべき存在感で曹操軍を率いた。

 

徐晃もこの夏候惇によく用兵と戦術の法を学んだ。

 

 

ある日、夏候惇が言った。

徐晃よ、許昌の鍛冶屋には腕利きが揃っている。

お前の戦に合った武具を好きに作らせるがよかろう」

 

徐晃がまだしっくりと来る武器を見つけていないのを見抜いたのである。

「夏候惇殿、かたじけのうござる。

しかし拙者は身一つで飛び出して参ったゆえ、財を持ちませぬ。」

 

「そうか・・・言っておいて難だが、俺も余財はすべて部下に分け与えて何もない。

・・・こういう時は、奴が適任だろう」

 

夏候惇が紹介した人物は、曹洪だった。

 

曹操の縁戚で旗上げから伴う忠節の将である。

 

曹洪は言った。

「・・・そういう話か。

ならば徐晃殿、我が財で好きなだけ、必要な武具を調達されよ」

 

徐晃は恐縮したが、曹洪は遠慮は無用と言う。

 

夏候惇が訝(いぶか)しんで尋ねた。

「お前の事だ、もっと渋ると思ったが・・・

なぜこうもすんなり徐晃に財を与える?」

 

曹洪は応えた。

徐晃殿の噂は孟徳から聞いておる。

謙虚で驕らず、恩を重んじる御仁という。

これは間違いなく大将に出世する器だ。

・・・今回の武具代は貸しとさせて頂くぞ。

いずれ徐晃殿が多くの禄を得られるようになった時、利子を付けて返してくれれば良い。

いわば、投資だな」

 

夏候惇は感心を通り越して少しあきれた顔だが、徐晃は深く感謝を述べた。

「拙者には出世など望むべくもないが・・・

曹洪殿、御厚意心より御礼申し上げる。

財は、必ずお返しいたす」

 

 

  

徐晃は、斧を所望した。

 

槍や戟では徐晃には軽すぎた。

もっと大きな、より重厚な一打を見舞える巨大な刃と、それを支える強堅な支柱を求めた。

 

鍛冶職人とは何度も話し合って、こんな巨大な斧を作った事はないと驚かれるが、徐晃の誠実で熱心な要望に応えてついに未曾有の大斧は完成した。

「牙断(がだん)」と号した。

 

重い。

 

常人には持ち上げる事すら困難な重量だが、徐晃はこれをずしりと握ってブォン!と振り回し、神妙に目を瞑った。

 

「これでござる!

この重みこそ武の極み・・・

この牙断を存分に振るう事が出来れば、拙者の武もより高みへと近づけるはず」

 

 

 徐晃は、ひたすら鍛錬に励む。

 

 

 

 

徐晃伝 八 終わり

 

徐晃伝 七『新たなる道』

 

 

徐晃は迷いを断ち、武人として覚醒した。

武の頂きへ駆け昇るべく己が信ずる道を邁進せん。

 

戦場を駆ける徐晃の眼には、長き雌伏の時を経て晴れ晴れと道が開き、新たなる景色が見えた。

「おお・・・武の頂きが見える!」

 

目覚ましい徐晃の奮戦、そして夏候惇、楽進于禁曹操軍の勇将の活躍により、楊奉軍は壊走した。

 

敗れた楊奉はせめて献帝を奪取して逃げようと目論むが、掌(てのひら)を返した董承は、楊奉を切り捨て、曹操に取り入るべく帝を楊奉に渡さなかった。

 

その後、楊奉は寿春の袁術を頼って落ち延びるが、やがて袁術の滅亡と共に最期を迎えることになる。 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

曹操は最大級の礼を尽くして、徐晃を将として迎え入れた。

 

曹操殿。一度は御身に刃を向けた拙者に対し、かような処遇を賜わった事、心より感謝いたす」

徐晃は深々と礼を述べた。

「これよりは、曹操殿の麾下の将として、この武を奮う所存にござる!」

 

 

威厳に満ちた曹操の声色は、一方で喜びを隠さず溌剌(はつらつ)とこう語った。

徐晃よ、お主の参陣を嬉しく思う。

その比類なき武勇、清廉な人品、まさに得難き逸材よ!

今後はこの曹孟徳の将として、勇戦してもらうぞ」

 

 

 

 

曹操が去った後、徐晃は満寵にも深く謝意を表した。 

「満寵殿、こたびの曹操殿への御口添え、まことにかたじけない。」

 

満寵は飄々と答える。

「おっと、礼を言われるよう事はしていない。

曹操殿の器量を考えれば、君が熱烈に歓迎されるのは自明のことだよ」

  

徐晃は、真の友を得たり。

 

曹操殿は、新しい時代を築く御方だ。

その分、進む道には厳しい戦いが待っているだろう」

満寵は険しい表情を浮かべる。

 

「承知した。

それでこそ、拙者も武の振るい甲斐があるというもの」

 

徐晃は決起し、拳(こぶし)を掲げて轟き叫ぶ。

「徐公明!

曹操殿の大志のため、この武を奮わん!

しかして、武の頂きへと至らん事を望む!」

 

満寵はいつもの屈託のない笑顔を見せた。

「ははっ、期待通りの反応をありがとう、徐晃殿。

これからは共に戦う仲間として、よろしく頼むよ」

 

 二人は今、志を同じくする。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

許昌に居を構えた徐晃は、やがて故郷の家族を呼び寄せた。


初老の父母、地元の士に嫁いだ妹もその一族と共に許昌に越した。

「父上、母上・・・長らくまみえる事無く、不孝を致し申した。
これよりは許昌にて、安穏と暮らして頂けますよう」

 


また徐晃を慕って付いてきた白波の兵達も、許昌近郊で新しい暮らしを始めた。

 

屯田制である。

 

曹操は献策に従い、広く農地を兵に与えて開墾させ、食糧自給による安定した生活を彼らに保証した。

と同時に堅実な税収を確立し、富国強兵に充てたのである。

 

「これで兵達もまともに畑を耕し、賊に落ちぶれる事もない。

曹操殿は武略のみならず、政略にも優れておられる。

まこと乱世を統べて新しい時代を拓く御方よ」

 


真に仕えるべき主君を見つけたと感じる。

 

この新天地で、遥か高みに見える武の頂きへ。

  

徐晃曹操のもとで新しい人生を歩み始めた。

 

 

 

 

徐晃伝 七 終わり