徐晃伝 四『無明』
「漢室の威光を盾に暴政を奮う不義の輩、李傕を討つ!
我が正義の刃、受けてみよッ」
徐晃はこの時、李傕軍・楊奉麾下の一隊を率いて参陣し、ここで正規軍同士の実戦というものを経験した。
「さすがに精兵、賊とは違い申す。
ただの力押しで破れるものではござらん・・・!」
徐晃はよく兵を率いて、緩急を用い、敵軍の強きところは受け流し、敵軍の弱点を見るや一気に攻め立てた。
その用兵の術たるや、浅い経験に見合わず群を抜いて上手かった。
また指揮を務めながら自らも、楊奉から賜わった虎顎(こがく・槍や戟の類い)を振るい、精強を以って謳われる涼州兵を次々倒し、将を討ち取った。
大陸の黄砂が戦場を覆う。
徐晃は、戦乱の時代を生きている。
~~~~~~~~~~~~
世はまさに、混迷の時代を迎えていた。
馬騰を破った李傕は、同志・郭汜と共に長安を支配し、献帝の威光を利用して権勢の全てを欲しいままにした。
重税と飢饉にあえぐ民をよそに、李傕らは豪遊の限りを尽くし、逆らう者は皆殺し、いよいよ都は荒れ果て民は飢え死に、その阿鼻叫喚たるや董卓の御世より過酷な有り様であった。
この状況に各地の諸侯は危機感を抱くが、既に群雄割拠し各地で戦乱が絶えず、利害関係が絡んで足並みは揃わず、反李傕の大同盟などまとめ上げられる状況になかった。
いよいよ乱世は、ここに極まる。
~~~~~~~~~~~~
依然、徐晃は楊奉の下にあって賊討伐の任に当たるが、今や賊より李傕の兵こそ民の害である。
だが同じ官軍である以上、これとの交戦は禁じられた。
もはや我慢ならず、義憤に駆られた徐晃は楊奉への直談判に走る。
「楊奉殿!李傕兵の横暴、もはや見過ごす訳には参り申さぬ!」
今すぐ大司馬・李傕に反旗を翻せなど無謀は言わなかった。
父がそうであったように、徐晃はよく情報を集めて大局を俯瞰し、世の情勢をわきまえている。
「華北には袁紹殿、曹操殿といった李傕に対抗する勢力があり申す。
彼らと呼応し、兵数を頼みに勝機を以って、李傕らを追放し民に安寧をもたらすべきではござらぬか」
「徐晃よ、お前の言う事はわかるぞ。
これから話す事は他言無用だが・・・」
「俺とてこの状況を看過する気はねえ。
最近李傕の野郎は、本当にどうでもいい事で郭汜と仲違いして関係が悪い。
このまま収まりが付かなければ、いずれ内紛にまで発展するだろう。
・・・収まりが付かねえよう、董承殿らが裏で手を回している」
楊奉、宋果、楊彪(ようひょう)そして董承ら一部の文武官は、李傕・郭汜の対立を利用して自らの勢力伸張を企図し、秘密裏に計画を進めていた。
「大義が要る。
そこで内紛に乗じて李傕の手から献帝を奪って庇護し奉り、大義名分を得るという算段だ。」
さすがに董卓や李傕の下で勢力を伸ばしてきた董承ら悪党どもは、小賢しい。
楊奉がこの計画に加担できたのはその野心を利用され、率いる兵力を頼みとされたからであろう。
徐晃は問う。
「・・・帝を庇護し奉り、李傕らを排して、その後はどうなさるおつもりか?」
「その後?後の事は考えちゃいねえ。
その時々に応じて動くだけよ。
とにかく、今は李傕の専横を野放しに出来ぬ。そうだろう?」
徐晃は、憤懣(ふんまん)やる方ない。
それでも今は、この状況の推移を楊奉の下で見守る他なかった。
~~~~~~~~~~~~
兵舎をあとにして、降りしきる雨のなか徐晃は一人、虎顎(こがく)を振るい鍛錬に勤しんだ。
「・・・拙者にもっと、もっと高みを臨む武がござれば・・・」
この泥沼の乱世に、志を持てず悶々と過ごす歯痒さを、その悔しさを徐晃はひたすら鍛錬にぶつけた。
「ソイヤッ!!」
鋭いひと薙ぎの切っ先が音を立て、雨粒を弾く。
「武の頂は、何処(いずこ)にござるか・・・」
雨に濡れた顔を上げ、徐晃は灰色の空を眺めた。
徐晃伝 四 終わり