徐晃伝 三『葛藤』
楊奉の配下となった徐晃は、各地で賊徒鎮圧にあたり、ここで実戦と用兵の法を学んだ。
白波(はくは)賊上がりの兵の中にあっても、徐晃はその高潔で清廉な在り方を決して崩さなかった。
賊から巻き上げた財で酒色に溺れる彼らを、しかし一方でその精強な武勇、学べるところからは学び、また行き過ぎた略奪があれば徐晃は身を挺して民を守った。
白波兵は徐晃を疎んじて、一触即発の仲間割れに至ろうとする事も何度かあったが、そのたびに楊奉が徐晃を庇い、兵が罰せられた。
楊奉からすれば、徐晃の傑出した武を惜しんでの事であって、決してその清廉な性格を理解してではない。
それでも徐晃は、このような事があるたび楊奉にますます恩を感じた。
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黄巾賊残党のうち、河東郡・白波谷に依った勢力をいわゆる白波衆と呼ぶ。
この中に数人いた頭領の一人が、楊奉という男の出自である。
賊の暮らしに満足できず、他の頭領と仲違いして自身の部下を連れ白波谷を脱した楊奉は、荒れ果てた都周辺で官軍募集の高札を見た。
札を出した者の名は、李傕(りかく)。
元董卓配下の将である。
天下の権勢を欲しいままにした董卓は、しかし最期は呂布の裏切りに倒れた。
がこの謀反は、その後の政権奪取など考慮しない半ば無計画な叛乱であったため、都・長安は未曾有の混乱に陥った。
この状況を好機と見て、己が野心のために利用したのが李傕である。
とにかく、兵を欲していた。
「敵は寡兵といえど、無双の豪傑・呂布が相手だ。
兵は多ければ多い方が良い。」
そこで楊奉のような元盗賊の連中でさえ、官軍として採用してしまった。
元董卓配下の軍、都周辺の賊や傭兵、西涼はじめ地方豪族の勢力を集めに集めて、李傕は総勢十万の兵力をまとめ上げた。
「ふざけるなッ!
なぜこの俺が都を追われねばならん!?」
さすがの呂布も兵という兵を持たずにこれと対する事は能わず、左右の者に説得されて都・長安を後にした。
董卓暗殺の首謀者・王允らを処断し、長安を占拠して漢の献帝に拝謁奉り、李傕は車騎将軍(大将軍に次ぎ、左右将軍に並ぶ将号)の官を得て、事実上天下の中枢を制した。
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「天下は李傕将軍の時代よ!
あの御方に付いてゆけば、我らの立身栄達も間違いない!」
軍営で酒宴を賑やかす兵達に向かって、楊奉は気勢を上げた。
杯を交わし、騒ぎ狂乱の有り様である。
「楊奉殿、こう申し上げては気を悪くされるやもしれぬ。
が、正直に申せば李傕殿のやり方には、いい噂を聞きませぬ。
いずれ董卓の二の轍を踏み、民を苦しめる事にはなり申さぬか」
酒に酔った楊奉は、しかしあまり気を悪くはせずに言った。
「徐晃、お前の言う事はわかるぞ。
皆の手前ああは言ったが、俺もこのまま李傕なんぞに仕えて終わる気はねえ。
が、戦には勢いというのが大事だ。
今時代は明らかに李傕に勢いがある、一旦これに付いておけば良い。
いずれ機を得て、俺が奴に取って代わるつもりだ!」
徐晃の表情は晴れない。
「楊奉殿、拙者が申し上げたき事はそのような話ではなく・・・」
とにかく今宵は宴なのだ、お前も飲め」
だがその志に理解を示す事は決して無いと、徐晃は薄々感じ取っていた。
それでも楊奉には命を救われ、取り立ててもらった恩がある。
曲がりなりにも官軍として、民を虐げる賊を討つ任はしている。
しかし・・・
徐晃は、己の在るべき場所、進むべき道をまだ知らない。
徐晃伝 三 終わり