徐晃伝 五『曹操』
事態は風雲急を告げる。
李傕と郭汜が起こした内紛に乗じて、董承ら謀臣は献帝を伴い洛陽へ逃れた。
楊奉はかねての計画通り、李傕を裏切って董承に付いた。
ところが帝を奪われた事の重大さに気付いた李傕と郭汜は一転、和解し、帝を取り戻そうと大軍を擁して洛陽へ攻め込むという局面であった。
「まさか奴らが結託するとは!
さすがに分が悪いぜ、俺たちの兵力では太刀打ち出来ぬ!」
聞くところ曹操殿は天下に広く賢人を求め、先だっては青州を治めて兵力は精強、これをよく律し民を鎮撫していると評判でござる。」
楊奉は、この提案を受け入れた。
董承を通じて曹操に庇護を要請し、果たして曹操も快諾し援軍を送る運びとなった。
夏侯惇、夏侯淵、于禁、楽進、李典ら武勇に優れる猛将が神速の行軍で洛陽に達し、楊奉らと合流して洛陽郊外に李傕・郭汜連合軍を迎え撃つ。
「さすが音に聞く曹操殿の精兵、お見事な武でござる!」
曹操軍は強かった。
将兵の志は高く、整然と軍列を成し堂々奮戦するその勇姿に、徐晃は圧倒され、万感胸に迫った。
長安で遊興と酒色に堕落していた李傕軍では相手にならない。
刺激を受けて徐晃は、持てる武の限りを尽くして戦い、敵を大いに討ち破った。
やがて本隊を率いて到来した曹操は、戦況を眺め、楊奉軍の中に抜きん出て奮戦する徐晃の姿を見る。
「かくも見事なる武勇・・・あの猛将が、あれが徐晃か。
まさに満寵から聞いていた通り・・・いや、それ以上よ!」
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姓は曹、名は操。字は孟徳。
混迷の乱世に現れた稀代の英傑である。
何よりも人の才覚と能力を尊び、地位や出自といった既存の固定観念に捕らわれず、常に新しい価値観を以って人々を導き時代を切り拓く、革新者であった。
今、荀彧・郭嘉といった賢人たちの進言を用いて、各地の諸侯に先んじて洛陽の献帝を庇護すべく兵を挙げる。
李傕・郭汜、楊奉や董承が献帝を欲したのは、その権威を笠に私利私欲を満たす為である。
しかし曹操が帝を奉じた理由は目先の利権にはなく、その遥か向こう、この乱世の行く先を見据えての事だった。
漢室の威光を復権し、以って群雄割拠の天下を平定し、乱世を終える。
それが曹操の野望であった。
数多の優秀な人材を登用した曹操だが、その綺羅星の如き能臣たちの中に満寵もいた。
幼少の頃、徐晃と交誼を結んだあの一風変わった罠好きの少年は、今や立派な若者に成長し、その英明な才知を活かして曹操の軍師となり能力を発揮していた。
「楊奉殿の軍には、私の古い友人がいます。
己の研鑽に目がない変わった御仁ですが・・・信頼には足りますよ。
そこは私が保証します」
満寵の言を採って、曹操は楊奉の軍を助け、そこに徐晃の勇姿を見て、そして李傕・郭汜連合軍を討ち破った。
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これでとにかく危地を脱した楊奉だが、事態は、彼の望まぬ方向に動き出す。
帝に拝謁を賜わった曹操は、
「荒れ果てた洛陽では、天下を治める事は出来ませぬ。
帝におかれましては、恐れながらどうか我が本拠・許昌へお越し下さいますよう」
と奏上した。
曹操の言い分には相応の道理がある。
だが楊奉にとって、これはとても受け入れられる事ではなかった。
「精強な将兵を擁する曹操がその本拠に帝を迎えたら、もはや俺の出る幕は無くなる・・・!」
邪(よこしま)な野心と焦燥に苛(さいな)まれた楊奉は、あるまじき決断を下してしまう。
「帝が我が手の内にある今こそ最大の好機ではないか?
この機を逃してはならぬ!
このまま帝を奉じて、俺が曹操に取って代わってやる!」
「徐晃!我らが栄達のため、今を置いて他に機はないのだ!
徐晃は唇をきつく噛み締める。
このように無為な騒乱を繰り返して、一体何になるというのか。
このように志のない暴を振り回して、崇高なる武の頂きに達せられるものか?
・・・楊奉には命を救われ、取り立ててもらった大恩がある。
・・・やむを得ぬ。
「・・・承知致した。
しからば己が武の限りを尽くすのみ。
徐公明、参る!」
徐晃伝 五 終わり