徐晃伝 二十二『赤壁の雪辱』

 

※この物語はフィクションです。

 

赤壁に大火が昇る。

 

夜空は赤く燃え盛り、曹操軍の大船団は紅蓮の炎に沈んだ。

 

 

徐晃は、河北出身の騎馬隊をよく率いた事から本大戦では水軍に加わらず、荊州の要衝・樊城(はんじょう)の防衛を担っていた。

 

赤壁決戦での曹操軍の大敗、そして辛くも生還した曹操の無事を聞いて徐晃は目を伏せ、拳を固く握り締める。

 

「こたびの大敗、痛恨でござろう・・・!

されど拙者は、曹操殿の大志を支え、己が武の研鑽に励むのみ!」

 

敗戦に揺れるこの後の局面こそ、徐晃の武の髄が問われる時だった。 

 

 

 

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荊州は、兵家必争の地と称される中華の要(かなめ)。

戦略上の要地である。

 

先立ってこの地を征した曹操だが、赤壁の大敗によって態勢が崩れる。

天下は今、荊州の帰趨(きすう)を巡る争乱の局面を迎えていた。

 

 

孫呉は余勢を駆ってこれを奪うべく、長江を渡って一気呵成に攻め寄せる。

指揮官は赤壁の立役者・周瑜

 

最前線は江陵(こうりょう)、守将の曹仁はこの地を死守すべく奮戦するが、赤壁の大敗から向こう救援も望めず劣勢に追いやられる。

 

 

 

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徐晃が守る樊城は荊州北部、南方の江陵とは遠く距離がある。

 

 

前線の曹仁を救うべく駆け付けたいが、迂闊に動けない理由があった。

 

関羽である。

 

 

曹・孫が江陵で龍虎相食む死闘を繰り広げる中、劉備軍はその隙をついて荊州占領を画策していた。

この展開を見通していた軍師・諸葛亮の策謀である。

 

荊州中~南部の大半を既に占領した劉備軍は、今や軍神と称される名将・関羽を前線に差し向け、虎視眈々と江陵をその射程に据えていた。

 

 

慎重に、しかし危急を要して軍略を練る徐晃のもとに、援軍を率いた満寵が駆け付ける。

 

 

 

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 「曹仁殿が奮戦し、周瑜が負傷したと聞く。

今が退き時だろう。江陵は放棄する」

 

樊城で軍議に付く諸将の顔を見渡して、満寵は作戦を説明した。

 

「・・・ただし江陵は孫呉でなく、関羽に取らせる。

孫呉が多大な犠牲を払って攻めた荊州劉備軍が横取りする形になれば、彼らの同盟に楔(くさび)を打ち込む事が出来るだろう・・・これが荀彧殿の策だ」

 

軍師・荀彧が最期に残したこの一手は、後に三国の世を大きく動かす事になる。

 

しかしその実現には今一歩、多大な困難が伴った。

 

徐晃が言う。

曹仁殿を救援して無事に撤退しつつ、孫呉の軍勢を破って江陵から退け、さらには関羽殿の軍を誘い込んで城を取らせる・・・

孫劉同盟への楔(くさび)とは大胆な策謀ながら、これを成す仔細は至難至極・・・!

実地では、緻密な計算を要し申す」

 

地図を隅々まで見渡しいくつも駒を配しながら、徐晃は眉間にしわを寄せる。

 

その手の先、『樊城』の文字の上に新しく青い駒を置きながら満寵は、いつもの屈託のない笑顔を徐晃に向けた。

「そのために私が来たんだ、徐晃殿。

さあ、私の智と徐晃殿の武、力を合わせて赤壁の雪辱を果たそう!」

 

 

 

「・・・心強い!」

 

徐晃も笑みを返した。

 

 

 

二人は諸将の中心となって軍略を練り、入念な想定と準備で万全の態勢を整えた。

 

将に徐晃、軍師に満寵が付いた一軍は樊城を出撃し、 江陵の曹仁を救うべく駆ける。

 

その動きを注視していた軍神・関羽が、軍を率いて動き出す。

 

 

 

徐晃伝 二十二 終わり