徐晃伝 二『恩人』
精悍な若者に成長した徐晃は、はじめ父と同じ県の役人として禄を食んだ。
真面目に、実直に職務を果たす傍ら、兵書を学び鍛錬に励んだ。
その頃、世を覆った黄巾賊も主な首領は官軍に討たれ、乱は一応の終息を見る。
だが依然各地には賊の残党が跋扈(ばっこ)して、民に安息は訪れていない。
ましてや朝廷は権力を巡る宦官・外戚の内部抗争に荒れ果てて、地方の役所も不正と汚職が横行した。
徐晃の父は清廉で、またその父に育てられた晃も誠実で善く民に尽くした。
上官に媚びず賄賂をしなかった為、冷遇され 、苦しい生活を余儀なくされた。
それでも清貧を良しとする父を家族も良く理解して、厳しい時代にも徐晃は日々、家族と穏やかに暮らしていた。
歳月は流れた。
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ある夜、街中から喧騒と悲鳴が響いて徐晃は目を覚ました。
黄巾賊の残党が街を襲撃したのだ。
あちこちで火の手が上がり、賊の掠奪に晒される。
徐晃は飛び起きて槍を持ち出すが、賊徒はあっという間に家の戸を蹴破り押し寄せた。
「女は生け捕りだ!」
母と妹が捕らえられ、外に引きずり出されてしまう。
徐晃は家族を救うため、無我夢中で賊を斬った。
「ソイヤッ!!」
常日頃の修練で磨いた徐晃の武は、弱者を虐げて回る賊徒の輩とは比ぶべくもない。
しかし、
(・・・は、初めて人を殺し申した・・・)
動揺した。
一瞬の隙を突かれ、賊の白刃が光り徐晃の眼前に瞬く。
「・・・!」
その時、鋭い矢の羽根が空気を劈(つんざ)き、賊の頭を射ち抜いた。
官軍である。
漢の旗を掲げた官軍が押し寄せ、次々と賊徒を討ち取った。
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助かったと思うも束の間、この者ら正規軍にしては、兵のガラが悪い。
「へへっ、若い娘じゃねえか。こいつは戦利品として頂いていくぜ!」
嫌な予感は的中し、ゴロツキのような兵は徐晃の妹に乱暴狼藉を働こうとした。
「やめられよっ!」
咄嗟に徐晃は、妹を守ろうと槍を向ける。
「貴様、官軍に逆らうつもりか!?」
粗暴な兵が怒鳴り、徐晃に斬りかかる。
これを躱(かわ)して槍の柄(え)で兵の手を打ち叩き、剣を落とさせた。
「こいつ、やりやがったな!」
周りの兵どもが襲い来る。
今度は意を決し、槍捌き巧みに柄をみねうちに用いて、多勢の兵をただ一人にして圧倒した。
「動くな!女がどうなってもいいのか!」
妹を人質に取られてしまう。
そこへ、容貌魁偉(かいい)な騎馬の将が現れて兵を叱責した。
「よせ!民に手を出してどうする」
威厳がある。
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兵達は将を畏(おそ)れて静まり、彼は馬上から徐晃を見下ろして言った。
「うちの兵どもは荒らくれ揃い、素行が悪くて困るわ。すまなかったな」
将は馬を降りて、徐晃の佇まいを見る。
「だがその分、みな精強で腕は立つ。
それを一人でああも捌くとは・・・お前、いい武を持っている」
まずは話のわかる男と見て、徐晃は槍を収め、将に頭を下げた。
「・・・拙者は徐公明。賊や兵から家族を守って頂いた事には、御礼申し上げる」
将は頷き、兵の暴挙をよく詫びこれを罰して、そして徐晃の眼をしかと見て言った。
「俺の名は楊奉(ようほう)。
白波(はくは)の義侠上がりだが、今はこうして民を守って賊を討つ、官軍の任を仰せつかっている。
徐公明!こんな小さな街で燻(くすぶ)らせておくには惜しい腕よ。
我が元で、その武を奮ってはくれぬか」
思わぬ申し出に徐晃は戸惑った。
即断できず、家族とよく話し、一夜明かして考えた。
この乱世に官軍として民を守り、拙者の武を活かす道があるのなら・・・
そして楊奉には、命を救われた恩がある。
「この乱世に、拙者の武を活かす道があるのなら」
徐晃伝 二 終わり