徐晃伝 二十『南へ』

 

 


乱世を統べる曹操のもとで、徐晃はその武を奮い続けた。

 

北へ。

 

袁家残党を掃討すべく、曹操軍は中原を超えて砂漠の国々へ乗り込む。

 

徐晃は良く兵を率いて、時に計略を用いて敵を降し、時に苛烈な武を奮って敵を討ち、次々と武功を上げた。

数万の大軍を擁す賊徒・黒山衆、勇猛な騎馬民族烏桓(うがん)の国を攻めて従え、ついには地の果てに袁家の血筋を根絶やしにした。


この間、五年もの歳月が流れた。

 


「武の頂きへは、今だ届かぬ・・・」


黄砂に覆われた戦場で、徐晃はその大斧に敵兵の血を浴び、まだ至らぬ遥かな高みへ思いを馳せた。


「だが、しかと見える。

拙者が目指す武の極み、曹操殿が統べる乱世の先にござろう」

 

 

 

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曹操に敵する勢力はもはや少ない。

 

荊州劉表益州劉璋は既に臣従の意を表しつつある。

残るは漢中の張魯涼州馬騰、江東の孫権

いずれも地方の小豪族に過ぎない。

 

そして依る辺(べ)を持たぬ流浪の、劉備

 


曹操の天下統一は時間の問題だった。

 

 

南へ。

 

 

徐晃は長駆し、号して八十万南征軍の中に天下平定の魁(さきがけ)と疾る。

 

 

 

 

徐晃伝 二十 終わり

 

 

徐晃伝 十九『戦わずして勝つ』

 

 

袁紹が死んだ。

袁家は、官渡の敗戦から再起しその存亡を賭けて団結すべきところを、あろうことか袁譚(えんたん)と袁尚(えんしょう)の兄弟が後継を巡って骨肉の争いを始め、曹操軍の侵攻を許した。

 

曹操は自ら馬を駆り、袁家の拠点・邯鄲(かんたん)を破り、余勢を駆って首府・鄴(ぎょう)を包囲する。

 

徐晃もこの軍の先陣にあって、良く兵を率い将の務めを果たしていた。

 

 

 

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袁尚配下の将・韓範(かんはん)が降伏した。

 

「我が城・易陽(えきよう)を曹操殿に献上致します。

以後、忠誠を誓います」

 

曹操がこれを受け入れると、続いて周辺の武将が次々と曹操軍に投降の意を見せた。

 

曹操は戦わずして袁家の領土を次々と手中に収めていく。

 

 

しかし、徹底抗戦を指揮していた邯鄲の将・沮鵠(しょこく)を捕らえると、沮鵠は一転して曹操に命乞いをした。

 

曹操殿に忠誠を誓います。

どうか、どうかお許しくだされ!」

 

邯鄲包囲戦は苛烈な城攻めとなったため、曹操軍にも相当の被害が出ていた。

 

曹操は人物を見る眼があったから、沮鵠のような志のない凡夫を配下に加えるには値しないと断じた。

 

「将の風上にも置けぬ。斬れぃ!」

 

沮鵠は処刑された。

 

 

曹操のこの苛烈な在り方が、先の降将・韓範の動揺を誘う。

 

「降伏したのは間違いだったのか・・・?

このままでは私も、曹操殿に斬られてしまう!」

 

疑心暗鬼になった韓範は降伏を撤回し、再び武備を固めて曹操軍に反抗した。

 

 

 

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曹操は怒り、易陽攻略を徐晃に命じた。

 

徐晃は一軍を率いて易陽城に迫る。

 が、城の攻撃は命じなかった。

 

「敵を斬るだけが武ではござらぬ。

武の頂きへと至らんがため・・・これも戦でござる!」

 

徐晃は単身で易陽に乗り込み、城主・韓範との対談に臨んだ。

 

 

「韓範殿、貴公が恐れを抱いた気持ちはわかり申す。

されど幸い、戦端はまだ開かれてはござらぬ。

このまま易陽で曹操殿に歯向かうのは無謀でござるぞ」

 

「し、しかし私は再び曹操殿に叛(そむ)いてしまったのだ。

今度こそ許されまい。

どうせ死ぬのなら、せめて戦って一縷の希望に託した方が・・・」

 

徐晃は落ち着いた口振りで、韓範を説得する。

曹操殿は乱世を統べる御方。

逆らう者みな斬り伏せては天下平定は遠のくばかり、それがわからぬ御方ではござらぬ。

拙者が一命を賭して曹操殿を説得いたす。

韓範殿、どうか拙者を信じて今一度武備を解いて頂きたい!」

 

誠を尽くした徐晃の説得に、韓範の心は揺れた。

この一本気で廉直な御仁に打算があるとも思えぬ。

 

韓範は無明の暗闇に差し込む一筋の光の如き徐晃の誠実さに、己の運命を託す他なかった。

 

「合いわかった、徐晃殿を信じよう。

どうかよろしくお頼みする・・!」

 

 

韓範は再び降伏した。

 

徐晃は軍を退き、曹操の元へ向かう。

 

 

 

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徐晃は軍営に参内し、曹操の眼前に傅(かしず)いた。

 

「・・・一体どういう事だ、徐晃よ。

易陽の韓範は、攻め滅ぼせと命じたはず」

 

 

徐晃は、堂々と曹操に奏上した。

「恐れながら申し奉る。

いま韓範殿を滅ぼせば、先に降伏した袁家の将もこぞって反旗を翻しましょう。

逆に韓範殿をお許しになれば、諸将はことごとく曹操殿に心服いたす。

兵法にも城を攻めるは下策、心を攻めるは上策とあり申す。

戦わずして勝つ事こそ、天下平定の大志のため」

 

 

敵将への怒りに苛(さいな)まれた曹操は並ならぬ貌で聞いていたが、やがてフッ、と笑みを浮かべて言った。

 

「・・・見事だ、徐晃よ!

お主の言、まこと武の真髄を言い得ておるわ。

わしが愚かであった。韓範は許す!」

 

敵を討たずして敵を制す徐晃の武が見事であれば、それを認めた曹操もまた大器であった。

 

 

こうして韓範は無事に曹操軍へ降り、それを知った袁家の諸将も「一度叛(そむ)いた韓範ですら許されたのだ」と安堵し、こぞって曹操に投降した。

 

彼らの兵数を借りて首府・鄴は陥落し、曹操は袁家勢力圏の大半を手中に収めた。

 

 

 

 

 徐晃伝 十九 終わり

  

徐晃伝 十八『JOCO'Sキッチン』

 

 

満寵はある日、徐晃の邸宅に招かれた。

 

「よくぞ参られた満寵殿。

今宵は、日頃の感謝を込めて晩餐を作らせて頂き申す」

 

徐晃殿が作るのかい?」

思わぬ申し出に満寵は呆気にとられたが、やがて好奇の眼差しで厨房に立つ徐晃の後ろ姿を眺めた。

 

居間の卓に座して待つと、何とも美味しそうな匂いが漂ってくる。

 

山河の様々な幸が用いられ、次々と卓に上がった。

 

「さあ、召されよ満寵殿。

日頃の感謝の気持ちでござる」

 

豪勢に盛り付けられた料理の数々は、しかし奢侈に走らず、新鮮な素材本来の味を活かした逸品ばかりである。

 

「これは驚いたな・・・まさか徐晃殿が、料理の道も極めていたとはね」

 

あまりにも美味しい料理に舌鼓を打ち、満寵はトントン箸を進める。

 

「まだまだ修業中の身でござるゆえ、満寵殿の御口に適い恐縮でござる」

 

厨房では燃え盛る竈(かまど)の火を巧みに用いて、徐晃が肉を焼いている。

平服の背に輝く「徐」の字が眩しい。

 

「若い頃、白波の軍にいた折に各地を転戦いたし申した。

味気ない兵糧ばかりでは士気が上がらぬゆえ、山河の幸を様々に用いて工夫を凝らした山賊料理を学び、今に至るまで己が在り方に研ぎ澄まして参った」

 

中原の山や河は食材の宝庫である。

 

カリッと香ばしく焼かれた皮を崩すと、湯気がゆらめき白身魚の温かな身がほんのりと塩の味付けで、虹色に光る。

 

風味豊かな油で炒めたタケノコ、山菜、薄切りの豚肉に魚醤のたれがよく絡む。

旨味成分の凝縮した蒸し鶏に包丁を入れるとブワッと蒸気が吹いて、卓は芳醇な香りに包まれる。

彩豊かな椒が織り成す「酸・苦・甘・辛・鹹(かん)」味の五行循環が口の中に広がって、満寵は腹いっぱいに食べ満足して言った。

 

 

徐晃殿、食の頂きが見えたよ」

 

 

 

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「満寵殿、過分なお言葉恐れ入る。

 だが拙者はまだまだ未熟。

食も武も、もっと学び、高みを目指さねば!」

 

どこまでも廉直な徐晃の在り方に、満寵は思わず笑みを浮かべた。

「ははっ、君は本当に変わらないね。それにしても、素晴らしい晩餐だったよ」

 

大満足して帰途についた満寵だが、その後足しげく徐晃の家に通うようになった。

よほど料理が美味しかったのだろう。

 

 

徐晃の邸宅には、いつもドタバタと走り回る子供がいた。

「阿蓋(あがい・蓋は名、阿は坊やの意)、満寵殿に御挨拶するのだ」

 

「こんにちは!」

 

今はまだ幼いこの少年は徐晃の子、後に名を徐蓋(じょがい)という。

親の知己たる満寵を師と仰ぎ、その薫陶を受けて学び策謀の髄を授かる事となるのだが、それはまたずっと先の話である。

 

 

 

 

 徐晃伝 十八 終わり

 

徐晃伝 十七『官渡決戦』

 

官渡決戦は、長期戦の様相を呈していた。

白馬・延津の初戦で手痛い損害を被った袁紹は慎重に転じ、数で優るその威を以って持久戦に持ち込んだ。


その圧倒的物量に、曹操軍は徐々に劣勢へと追いやられる。

 


状況を打開すべく軍議を練る諸将を前に、徐晃が言った。

袁紹軍は大軍でござるが弱点が一つあり申す。
必要な兵糧が膨大である故、兵站線を叩けば一転、自重に耐え切れず崩壊するのでなかろうか」

 


曹操は献策を採り、表では袁紹軍の物量に必死の抵抗を見せ、裏では兵站線の撃破を企図した隠密作戦を指示した。


平素よく間諜を用い情報収集を徹底していた徐晃は、袁紹軍の輸送隊の行軍路を把握する。

 

 

 

「いざ、火攻めで焼き払わん!」

 


夜半、徐晃隊は出撃した。

 

 

 

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夜襲をかけられた袁紹軍の兵糧輸送隊は、燃え盛る火炎のなか大混乱に陥った。

 

数万の兵を養う大量の食糧が火に飲まれて煙を上げる。

 


この明かりは数里先からも遠望できた。

袁紹軍の幕僚の一人・許攸はこれを見て、意を決す。

「ついに曹操軍は兵糧に目を付けた・・・
袁家の大敗も時間の問題よ。私は降るぞ」

日頃の献策をことごとく退けられ袁紹に失望していた許攸は、烏巣(うそう)の兵糧庫の地図と共に曹操軍に降伏した。

 


軍師・荀攸はこの利を最大限に活かし、袁紹軍の意表を突いて諸将に烏巣を襲撃させる。
十万から成る大軍の食糧をことごとく焼き払った。


こうして戦闘続行が不能となった袁紹軍は、あっけなく崩壊し、黄河の北へと退いて行った。

 


曹操華北を制した。

 

 

 

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本決戦で、徐晃は抜群の武功を上げた。

 

奮戦甚だしくその功績、諸将の中でも第一の武勲として賞される。

 

一介の降将であった徐晃ではもはや無い。

 

偏将軍位を賜わり、正真正銘曹操軍を率いる将軍の一人となった。

また都亭候の爵位に任じられ、一城を領す大名となる。

 

しかし地位が上がり偉くなっても、徐晃はいささかも驕ることなく、今まで通りに謙虚で慎ましく清廉な人格を崩さなかった。

 

「拙者はまだまだ未熟でござる。

武の頂き・・・遥か高みに臨む武の極みを目指し、ひたすら修練に励まん!」

 

徐晃の脳裏には関羽が、超えるべきその巨大な影が浮かんでいた。

 

 

 

 徐晃伝 十七 終わり

 

 

徐晃伝 十六『修練の日々』

 


関羽との訣別を経て徐晃は、より一層の鍛錬に励んだ。

 

  

「拙者の武、兄者の志と共にある」

 

関羽の雄々しき言が頭の中に響く。

あの比類なき強さの源泉は、仁の志を支えんと決す強固な信念にある。

徐晃が往く武の頂き、その眼前に立ち塞がる巨大な壁の如き関羽の存在。

 

強大な敵であった。

 


「ソイヤッ!!」


徐晃はひたすら修練を積んだ。

 

 

目を瞑り、大斧を振るいながらその脳裏には関羽の幻影が疾る。

 

暗闇の中で激しく刃を合わせ、打ち合うこと数十合。

偃月刀を翻す雄姿が迫る。

 

「・・・!」

 

一手、遅れが生じ関羽の一撃が徐晃の身体を斬り裂いた。

 

何度も何度も、心眼の中で関羽に挑む。

 

どうあっても今一手、追いつかぬ速さの一撃が襲う。

強烈な信念に支えられた超越的な関羽の武が、徐晃の身体を何度も斬り裂いた。

 

「拙者の武、まだまだ高みへ遥かに届かぬ・・・!」

 

己に足りぬ武を省みて、何度も何度も修練の中に探し求める。

 

関羽の幻影はその刃に迷いなく、尋常ならざる太刀捌きで徐晃を襲う。

 

そのたびに徐晃は身を斬られ、学んだ。

学んだ一撃を次には切り抜けるが、その先に更なる一撃が徐晃の武を超えて襲い来る。

 

ただひたすら鍛錬に励んだ。

 

 

関羽の幻影と戦い続け、何度敗れてもなお徐晃は武の道を駆け昇る。

 

武の頂きは、関羽を超えたその先に見える。

 

 

 

偃月刀が煌めき、また徐晃の胴を斬り裂いた。

 

「・・・まだまだ!

関羽殿、もう一度でござる!」

 

徐晃は汗に濡れた腕に大斧を握り、ただひたすら鍛錬に励む。

 

 

 

 

徐晃伝 十六 終わり

 

 

徐晃伝 十五『宿命』

 

 

 続く延津の戦いでは、袁紹軍の猛将・文醜の騎馬隊が猛威を奮った。

 

これに力押しで当たらず、専守防衛に徹した徐晃の指揮こそ兵法の妙であろう。

 

 

文醜隊に疲れが見え、勢いが死んだ機に一転、徐晃隊は攻勢に出た。

 

さらに軍師・荀攸の策で文醜の兵に乱れが生じ、戦闘は一気に混戦へと陥る。

 

 

敵味方入り乱れる戦場で、徐晃の眼前に一筋の道が現れた。

 

「見える・・・っ!」

 

乱戦の中で徐晃は、手ずからに大斧を振るい一気に駆け参じて敵将・文醜の前に躍り出る。

 


「ソイヤッ!!」

 

徐晃はその強堅な体幹を軸に遠心力を巧みに用いて大斧を振り回し、必殺の連撃を見舞った。

 

咄嗟に文醜は、初撃を受け流そうと槌(つち・棍棒の類い)で受けてしまうが、その重厚な一打は受け切れるものではない。

 

槌はひしゃげて折れ曲がり、文醜は腕に深傷(ふかで)を負った。


二撃、三撃と続く猛攻を躱(かわ)し切れず、文醜は一刀の下に斬り倒された。

 

「敵将・文醜、徐公明が討ち取り申した!」

 

鬨の声が響き、袁紹軍は壊走した。

 

 

こうして徐晃隊は白馬に続いて延津の要衝も勝ち取る。

 

顔良文醜もその武勇は名高く相応の将器であったが、関羽徐晃の武はそれを遥かに凌駕した。

 

この前哨戦の快進撃は、二人の勇名を天下に轟かせる。

 

 

 

 

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袁紹軍の幕舎に身を寄せていた劉備はその報せに驚き、安堵した。

「雲長が曹操軍に!?

・・・そうか、生きていてくれたか・・・!」

 

事情はどうあれ、義弟・関羽の息災無事に劉備は胸をなでおろす。

 

だが義弟が袁紹軍の将を斬ったとなれば、劉備はもはやここには居られない。

 

またしても彼は流浪の身となった。

 

 

 

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一方、関羽も義兄・劉備袁紹軍に居ると報せを聞いて、早々に身支度を整える。

 

しかし曹操は、関羽の武を惜しんで暇乞いを許さなかった。

曹操殿!

世話になった御恩は白馬の戦いでお返し致した!

かねての約定通り、拙者は兄者の下へ戻らん!」

 

無人の邸宅に虚しく響く関羽の雄々しき声色は、曹操の耳には届かない。

 

曹操に賜わった金銀財宝の類いは全て置き残し、ただ偃月刀と名馬・赤兎のみ駆って、関羽曹操の軍を離れた。

 

 

 

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徐晃は、関羽の前に立ち塞がる。

 

「・・・関羽殿、行かれるのでござるな」

 

 「徐晃殿、共に戦えたことを誇りに思う。

世話になった・・・拙者は兄者の下へ戻らん」

 

 

徐晃は大斧を握り、構えて言った。

曹操殿は貴公の出立を認めており申さぬ。

どうしても行くと申すか・・・」

 

 関羽も偃月刀を構える。

「如何(いか)な事があろうと、拙者は義兄・劉玄徳の大志と共にある。

邪魔立て致すなら我が義の刃を以って、貴殿とも戦わねばならぬ」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

二人は互いの眼を見つめ、武人として合い異なる道を歩む宿命を知る。

 

極限的緊張が走る。

 

 

 

 

 

徐晃は目を瞑り、恥をしのんで大斧を地に落とした。

 

「・・・拙者の負けでござる」

 

 

戦う前から勝敗は決していた。

 

「・・・悔しいが今の拙者の武では、関羽殿にはとても及ばぬ」

 

 

徐晃にはわかった。

 

関羽の並みならぬ武勇、その強固な志は劉備と共にある。

いま関羽はその劉備の下へ馳せ参じるべく、如何な困難も打ち破る尋常ならざる気魄が宿る。

 

対して徐晃は、武人として関羽を尊敬しなまじ友として理解するが故。

己が行くべき道を知り、晴れ晴れとした武の境地を駆け抜ける心地は、徐晃も知っている。

楊奉の下を脱し曹操軍へと馳せ参じたあの時武の頂きが見えた。

 

 

今の関羽に、徐晃は勝てない。

 

 

「拙者は未熟でござる・・・いまだ修練が足り申さぬ」

 

 

徐晃殿・・・」

関羽も偃月刀を収める。

 

 

己が武の不甲斐なさ悔しさと、燃え盛る闘志とで徐晃の眼には並みならぬ貌が覗く。

 

 

 

「・・・我が生涯を賭して武を極め、頂きへ至らん!

いずれまた戦場で相まみえようぞ。

その時こそ必ずや貴公を超え、討ち破らん!」

 

 

関羽には、徐晃の尋常ならざる決意が見えた。

 

「合いわかった、徐晃殿。

拙者もこれよりは兄者の仁の志と共に、更なる武の研鑽に励まん。

貴殿との宿命、いずれ戦場で果たそうぞ!」

 

 

関羽赤兎馬を駆り、劉備の下へ帰っていった。

 

 

 

その背を見送り、徐晃は拳を握り蒼天を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

徐晃伝 十五 終わり

 

 

徐晃伝 十四『白馬強襲』

  

徐晃は良く兵を率いて戦った。

 

袁紹軍の動きを見極め、右翼に敵の勢いあればこれを受け流し、左翼に敵が浮き足立てばこれを苛烈に攻め立てた。

兵を手足の如く動かす徐晃の采配は見事であった。

 

敵将・顔良も奮戦するが、この白馬の戦場に引きずり出された時点で軍師・荀攸の術中である。

 

陣形に一瞬の動揺が起きた。

 

徐晃はこの隙を見逃さない。

 

 

関羽殿、今でござる!」

 

「承知!」

 

長柄の偃月刀を翻し関羽は、袁紹軍の戦列を突っ切って顔良の眼前に迫る。


青龍が唸るかの如く空気を劈(つんざ)き、一刀の下に斬り伏せた。

 


「敵将・顔良、関雲長が討ち取ったり!」

 

 

 敵兵の動揺、自軍の士気の勢いを最大限に活かすは将たる徐晃の手腕。

 

「敵大将は関羽殿が討ち取り申した!

皆、奮い立て!今こそ敵陣を破るのだ!」

 

大勢は決した。

 

 

 

徐晃軍は初戦を制し、白馬の要衝を勝ち取った。

 

 

 

 

徐晃伝   十四   終わり