徐晃伝 二十一『覇道と王道』

 

※この物語はフィクションです。

 

曹操軍は荊州を征服し、南進を続けた。

 

この地に居た劉備は再び依る辺(べ)を失い、更には曹操軍の追撃を受けてひたすら逃げる他なかった。

 

新たに軍師・諸葛亮の力を得たものの、仁の人・劉備は己を慕って付いてくる民を見捨てる事が出来ず、南へ逃げる足は遅々として進まない。

曹操の騎馬軍は精強無比で、ついに劉備軍は追いつかれてしまう。

 

軍は離散し、劉備自身も馬車を失い這って逃げ出す有り様の中、報せが届いた。

 

劉備殿、奥方様が・・・!」

 

劉備の家族は、逃げ遅れた。

曹操の大軍の中に取り残されてもはや安否もわからない。

 

劉備は顔を歪めて拳を握るが、家族より民を。

仁者として、私情を捨てあくまで民の護衛を兵に命じた。

 

忠臣・趙雲は、そんな劉備の悲愴な覚悟と仁を貫く生き様に、命を捨てる決意をした。

 

単騎、踵(きびす)を返して槍を掲げ、趙雲は敵陣の真っ只中に飛び込む。

己の命に代えてでも劉備の子・阿斗を、次代に仁の志を継ぐ者を救い出すために。

 

 

 

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徐晃は騎馬隊を指揮し、ひたすら駆けて劉備軍を蹴散らした。

 

劉備の志は危険すぎる。

曹操の覇道に真っ向から対し、仁と称して乱世を深める火種は今、断っておかねばならなかった。

 

劉備の子・阿斗を取り逃がしました・・・!

単騎の豪傑が赤子を抱えて、逃走しています!」

 

曹操軍の各隊に伝令が行き渡る。

趙雲は見事に阿斗を救い出し、劉備のもとへ帰るべく駆けていた。

 

将・夏候惇は厳命する。

劉備の子を逃がしてはならぬ!

孟徳の天下のため、奴も、奴の志を継ぐ者も今日ここで討つのだ!」

 

 

 

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各方面に斥候(せっこう)を放ち戦況の把握を徹底していた徐晃は、いち早く趙雲に追いついた。

 

配下の騎馬兵が馬上の趙雲に斬り掛かるが、赤子を抱いていながら見事な身のこなしで追撃をことごとく躱(かわ)し、最低限度の動作で的確に兵を討ち倒して逃げ駆ける。

 

「なんと俊鋭な武よ・・・!

曹操殿の大志のため、拙者の武を極めんがため!

今日ここで討たせて頂く!」

 

 

徐晃が合図を送ると、伏兵の夏侯淵隊が一斉に火矢を射掛けた。

徐晃は一隊で逸ることなく、友軍との連携も忘れていない。

 

 

後続の騎兵に気を取られていた趙雲は伏勢の矢の雨をしのぎ切れず、落馬して、かろうじて赤子を守り抱き、今度は俊足で逃げ駆けた。

 

徐晃は、麾下精鋭の騎馬武者に長い鎖の付いた鉄球を武装させ、自らも駆って趙雲を討つべく猛追を開始した。

 

「ソイヤッ!」

 

眼前の城壁伝(づた)いに逃げ駆ける趙雲に、次々と鉄球が襲い掛かる。

 

馬上で手綱を握りながらに鎖をブンブンと振り回し、徐晃趙雲の進路を見極めて渾身の一投を放った。

 

鉄球は直撃の軌道を描くが、趙雲はその超人的体躯と瞬発力で咄嗟に上体を反らして躱(かわ)す。

しかし急停止で崩したバランスを取り戻すため、やむを得ず目と鼻の先を掠(かす)めた鎖に手を伸ばした。

 

「捉(とら)え申した!」

 

趙雲が鎖を握った瞬間、徐晃はそれをグイッと引き戻す。

 

普通ならこれで制御を失い無防備に中空に投げ出されるところだが、趙雲体幹は強堅だった。

引き寄せられる瞬間、横目に城壁を足で蹴って、かえって鎖の振るいを遠心力に用いてバランスを取り戻し、徐晃隊の騎馬兵への反撃に移る。

 

騎馬隊の列伍に乱れが生じ、この隙に趙雲は鎖を手放してストンと城壁の上へ降り立ち、徐晃隊の追撃を振り切って逃走した。

 

兵に動揺が走る。

「なんて奴だ、あれが趙雲・・・!」

 

将・徐晃は、毅然として隊の指揮を執る。

 

「深追い無用、陣形を再編いたす!

あちらの方角には夏候惇殿の隊がおり申す」

 

役割はここまでであった。 

 

 

 

 

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曹操軍は奮戦したが、武人・張飛の活躍は群を抜いていた。

その助けもあって趙雲は、阿斗を抱いて無事劉備のもとへ帰還した。

 

長坂橋を落とした劉備軍は長江を渡り、関羽率いる大軍と合流する。

諸将の活躍でこの危機的状況を切り抜け、曹操軍から逃げ切ったのだ。

これらは全て諸葛亮の筋書きである。

 

 

 

曹操はこの顛末を聞いて感嘆し、同時に、劉備という並みならぬ脅威との宿命を知る。

 

「天下に英雄足り得るは、わしとおぬしよ」

 

過日の言葉が脳裏をよぎった。

 

 

 

 

 

 

徐晃伝 二十一 終わり