統合開発環境"Eclipse"の歴代バージョンとコードネームについて④

 

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Eclipse version 4.7 "Oxygen"

2017年6月、バージョン4.7がリリースされた。

カバレッジプラグイン「EclEmma」の正式採用やユーザビリティ・パフォーマンス向上、バグフィクスなど数多くの機能追加・修正が施されたが、特筆すべき大きな新機能といったものは追加されていない(バージョン1.0のリリースから16年の歳月を経て、いよいよ成熟の域に達したEclipseの機能充実の証左であろう)。

4.6 "Neon"のNに続いてOの頭文字を冠する4.7 "Oxygen"のコードネームは、化学元素である酸素に由来する。

 

酸素(英:oxygen)は原子番号:8、元素記号:O、周期表16族酸素族に属する無色無臭の気体で、標準状態では二原子分子のO2として存在する(空気中には約20%の酸素分子が含まれる)。

電気陰性度が高いため酸化力が強く、ほとんどの元素と発熱反応を伴い化合物を生成する。

水(H2O)や様々な酸化化合物として自然界に広く分布しており、生物の呼吸や燃焼反応において不可欠な元素である。

 

植物や植物プランクトン・藻類など葉緑体を持つ生物は、太陽光エネルギーによって生化学反応を起こし、水や二酸化炭素を分解して酸素を生じさせる(光合成)。

約46億年前、原始地球の大気中には酸素がほとんど含まれていなかったが、およそ23~20億年前に光合成生物が大量発生し大気成分中の酸素濃度を著しく上昇させた。

以降、酸素を利用して細胞内のミトコンドリアにより生命エネルギーを生成(呼吸)する生物が爆発的に繁殖し、生物圏は海洋から分化して陸上まで進出した。

光合成と酸素呼吸が真核生物から多細胞生物への進化・動植物の生物多様性をもたらした事からわかるように、酸素の存在は生物進化の歴史に顕著な影響を及ぼしている。

 

5億4,000万年前のカンブリア紀から3億年前頃ペルム紀初頭にかけて、シダ植物の発達により大気中酸素比率は最大で35%にも達し、多種多様な昆虫や両生類が大型化した。

しかし一方でシダ植物の未曾有の繁栄は大気中の二酸化炭素量を大幅に減少させ(吸収された二酸化炭素は大気中に還元されず大量に石炭化した。「石炭紀」)、温室効果の減衰した地球環境は寒冷化の時代を迎える。

ペルム紀末から続く三畳紀にかけて、環境の激変から地球史上最大規模となる生物の大量絶滅(P-T境界)が発生し、海洋生物の最大96%、全生物種で90~95%の種が絶滅した。

さらに三畳紀には北極から南極に至る超大陸パンゲアが形成され、大陸プレートの変動と活発な火山活動により大量のメタンおよび二酸化炭素が大気中に放出される。

そのため今度は地球温暖化が進んで大気中の酸素濃度が著しく低下し、三畳紀に続くジュラ紀には大気中の酸素比率は10%程度まで減少した(三畳紀末にもT-J境界と呼ばれる大量絶滅が発生している)。

 

低酸素、高温多湿と一変した地球環境の新時代に繁栄を謳歌したのは、恐竜である。

三畳紀に出現した恐竜は、気嚢(きのう・低酸素で最大効率のエネルギーを発生させる呼吸システム。現在でも鳥類は気嚢によって上空数千mの低酸素空間でも呼吸が可能である)という形質を備えていた恩恵でジュラ紀の環境に適応し大型化、多種多様な進化を遂げた。

恐竜の時代とも呼ばれるジュラ紀は今から約1億9,960万年前から約1億4,550万年前まで、代表的な種として肉食のアロサウルス、草食のイグアノドンやステゴサウルス、ブラキオサウルス等が挙げられる。

イチョウやソテツなどの植物も大きく繁栄し、海洋では魚類や爬虫類が、また小型恐竜の一部は鳥類として進化した。

恐竜は、続く白亜紀(約1億4,500万年前から6,600万年前まで)にかけて最盛期を迎え、この時期にはティラノサウルストリケラトプスヴェロキラプトルをはじめ数多くの種が陸上を闊歩し、翼竜類においてはプテラノドンが空を飛び、海洋ではモササウルス類や首長竜が繁栄した。

1990年のマイケル・クライトンの小説『ジュラシック・パーク』を原作とした1993年のスティーヴン・スピルバーグによる映画版において、CG(コンピュータグラフィックス)を用いた圧倒的迫力と躍動感を以って恐竜の威容が描かれた(映画の興行収入は当時全世界1位を記録した)。

ちなみに『ジュラシック・パーク』の名称はジュラ紀に由来するが、劇中に登場するほとんどが白亜紀の恐竜である。

 

恐竜は、約6,550万年前に突如として激減した。

これはK-Pg境界(旧:K-T境界)と呼ばれる地球史上2番目に大規模な大量絶滅の影響によると目されている。

この時、地球上の生物全個体数のうち99%以上が死滅し、種のレベルでは約75%の生物が絶滅した。

K-Pg境界発生の原因はメキシコのユカタン半島に落下した直径約10kmの巨大隕石であると考えられており、この隕石衝突時の爆発エネルギーはTNT換算で3×10の8乗-10の9乗メガトン、これは冷戦時代に米ソ両国が保有していたとされる全核弾頭の総エネルギー10の4乗メガトンの1万倍を超えると計算される。

爆発の衝撃およびその後の地球環境激変による影響で恐竜をはじめ多くの生物が死滅したが、小型で小回りが利いて地下でも活動可能、必要な活動エネルギーも少なかったネズミのような哺乳類が生き残り以降の新生代において繁栄の時代を迎えた。

 

近代科学において酸素は、1772年にスウェーデンのカール・ヴィルヘルム・シェーレ、1774年にイギリスのジョゼフ・プリーストリーがそれぞれ独立して発見している。

フランスのアントワーヌ・ラヴォアジエは酸素と燃焼に伴う数々の実験を行い、その実験結果を著書『Sur la combustion en général』の中で発表した。

ラヴォアジエは古代ギリシャ語よりὀξύς(oxys、酸)と-γενής(-genēs、生み出すもの)を組み合わせたoxygene(オキシジェン)という命名を酸素に施した(これは酸素が全ての酸性の源泉であるという誤解による。後世、酸性の根本は水素である事が判明した)。

 

1954年の東宝特撮映画『ゴジラ』において、オキシジェン・デストロイヤーという架空の兵器が登場する。

劇中の設定では科学者・芹沢大助が開発した水中の酸素を破壊する薬剤で、投下した範囲にいる水中生物が一瞬にして死に至る強力な大量破壊兵器であった。

2019年現在に至る数多くの『ゴジラ』関連作品において、「ゴジラを完全に死に至らしめた唯一の手段」として知られる。

1995年の映画『ゴジラvsデストロイア』ではオキシジェン・デストロイヤーの影響で先カンブリア時代の微小生命体から異常進化を遂げた怪獣・デストロイアが登場した。

 

 

 

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Eclipse version 4.8 "Photon"

2018年6月、バージョン4.8がリリースされた。

Java10対応とプログラミング言語 RustおよびC#のサポートなど各種新機能が追加され、85の主要プロジェクトから620人の技術者が開発した7,300万行のコードが提供されている。

4.7 "Oxygen"のOに続いてPを冠する"Photon"は、量子論における素粒子の一つ「光子(フォトン)」に由来する。

 

光は、 人類史上様々な思想や宗教において超越的存在と結び付き考えられて来た(古代エジプトの太陽神、『新約聖書』での神とイエスの描写、仏教における智慧と慈悲の象徴など)。

科学的には古くは紀元前4,3世紀の古代ギリシアの哲学者エウクレイデス(英:ユークリッド)が幾何光学の基礎理論を提唱し、近代科学黎明期にはドイツのヨハネス・ケプラーが光の逆二乗の法則を発見。

1704年、イングランドアイザック・ニュートンが著書『光学』において「光の粒子説」を提唱したが、1805年にはイギリスの物理学者トーマス・ヤングが実験により「光の波動説」を打ち立てた。

以来、20世紀初頭に至るまで光の本質が「粒子」か「波動」かという問題は物理学上の大きな謎とされた。

なぜなら諸々の研究から光が「粒子」でなければ説明の付かない現象、「波動」でなければ説明の付かない現象が共に生じていたからである。

 

1905年、ドイツの物理学者アルベルト・アインシュタインが「光は粒子でもあり波動でもある(双方の性質を併せ持つ)」とする光量子(light quantum)仮説を提唱し、この問題は「量子力学」という新分野の研究により解決へ向かう。

1926年にはアメリカの物理学者ギルバート・ルイスが光(放射エネルギー)の最小単位を「光子(Photon)」(量子論における物質構成の最小単位・素粒子の一つ)と命名し、長年科学界の謎とされてきた光の概念はここに統一された。

 

現在アメリカのIBM社やGoogle社をはじめ世界各国で研究されている量子コンピュータは、従来型のコンピュータ(第二次大戦期にドイツ軍の暗号"エニグマ"を解読したイギリスの数学者アラン・チューリングが提唱した動作原理は、古典コンピュータの誕生に重大な影響を及ぼした)が「0」か「1」の二進数による情報基本単位「ビット」を用いて演算を行うのに対し、「量子ビット(quantum bit、キュービット)」と呼ばれる新技術を利用しその性質である「0でもあり、1でもある」(ちょうど上述の光の性質が「粒子」でもあり「波動」でもあるように)という量子論における重ね合わせの状態での量子演算を可能にする。

この技術が実用化されれば、従来のスーパーコンピュータにおける演算処理能力を遥かに凌駕する性能で世界中のテクノロジーに革新をもたらす可能性もあるが、現状では幾つもの固有の課題を解決出来ていない。

 

2007年の水島精二黒田洋介 『機動戦士ガンダム00』シリーズに登場する量子型演算処理システム「ヴェーダ」は、物語の設定上では西暦2100年頃に開発された世界最高性能の量子コンピュータで、劇中のソレスタルビーイングイオリア計画について根幹を成す。

ダブルオーガンダムと支援機・オーライザーがドッキングしたダブルオーライザーメカニックデザイン海老川兼武)によるトランザムバースト発動時、およびダブルオークアンタ(デザイン・海老川兼武)によるクアンタムバースト発動時には、超高濃度圧縮GN粒子の展開によって領域を形成し、機体の量子化量子力学不確定性原理に基づく)現象を発生させるなど、量子に関するSF的描写が導入されていた。

 

2011年の『機動戦士ガンダムAGE』に登場する地球連邦軍の新型宇宙戦艦「ディーヴァ」には、硬X線レーザーを照射する「フォトンブラスターキャノン」と呼ばれる兵器が搭載されている。

2014年の富野由悠季ガンダム Gのレコンギスタ』の設定舞台であるリギルド・センチュリー(R.C.)の時代には、光を圧縮して蓄積したフォトン・バッテリー(Photon Battery)と呼ばれるエネルギー源が外宇宙から供給され、劇中での重要なテクノロジーとして物語の鍵になっていた(戦闘の舞台がキャピタル・タワーザンクト・ポルトトワサンガビーナス・グロゥブへと移っていく過程はちょうどフォトン・バッテリーが製造・供給される順路を遡っている)。

 

 

 

統合開発環境"Eclipse"のコードネームは、バージョン4.8 "Photon"を以って終了した。

2006年のバージョン3.2 "Callisto"以来、13年間に渡って毎年のアップデート時にコードネームが命名されて来たが、一見して古いか新しいか識別出来ない事、年一回の大型アップデートに限定しては迅速な機能提供が難しい事などから、ついに廃止の決定が下された。

今後は3ヶ月毎に新しいバージョンがリリースされ、名称も"2018-09"、"2018-12"、"2019-03"といったリリース時点の年月を表すシンプルな形式に変更となる。

 

天文学、神話、自然科学、化学元素といった多様な分野における題材をテーマに据えたEclipseのコードネームは、毎回次は何が選ばれるのかという高揚感、そしてまだ知らない様々な新しい知識を探求する契機を与えてくれたように感じる。

廃止となった事には残念な思いもあるが、本来の統合開発環境としての機能に最適化したリリース形態を模索し意思決定した開発者たちの英断には敬意を表したい。

そして、Eclipseを通じて壮大な星と神話と科学の世界へと我々の興味を導いてくれた歴代コードネーム制度とそれに携わった多くの方々に心から感謝を申し上げる。

最後に、全4回ここまで長駄雑談にお付き合い下さった読者の皆様、本当にありがとうございました。

 

 

 

 

【参考文献】

・『Eclipse: Behind the Name』eWeek.com、Ziff Davis Enterprise Holdings

・『Eclipse IDE, Oxygen Edition New and Noteworthy』Eclipse Foundation

・『New Photon Release of Eclipse IDE Ships With Full Rust Support』Eclipse Foundation

・『大辞泉小学館

・『酸素の歴史』川上紳一・大野照文 、集英社

・『元素111の新知識』桜井弘、講談社

・『地球時計』A・オレイニコフ、講談社

・『爬虫類の進化』疋田努、東京大学出版会

・『学研の図鑑・恐竜 』学研

・『再現! 巨大隕石衝突-6500万年前の謎を解く』松井孝典岩波書店

・『平成ゴジラパーフェクション』川北紘一アスキー・メディアワークス 

・『物理学史II』広重徹、培風館

・『フォトンの謎 ー光科学の最前線ー』水島宣彦、裳華房

・『量子コンピューティングの最新動向』FUJITSU JOURNAL

・『電撃データコレクション 劇場版 機動戦士ガンダム00角川書店

・『機動戦士ガンダムAGE(1)スタンド・アップ 』小太刀右京角川書店

・『ガンダム Gのレコンギスタ オフィシャルガイドブック』学研パブリッシング 

統合開発環境"Eclipse"の歴代バージョンとコードネームについて③

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Eclipse version 4.4 "Luna"

2014年6月にリリースされたバージョン4.4では、革命的ラムダ式はじめJava8の新機能に正式対応し、76の主要プロジェクトから6,100万行を超えるコードが提供された。

毎年6月恒例の一斉アップデート、コードネームを冠するRelease Trainも9年目に突入しいよいよ統合開発環境"Eclipse"も成熟に域に達し不動の地位を築きつつある。

 

4.3 "Kepler"のKに続きLを冠する4.4 "Luna"は、文字通り「月」を由来とする。

ちなみにページ上部に貼り付けているのはスプラッシュ画像と呼ばれるEclipse起動時のロード画面に表示されるテーマで、コードネームに因んだ美麗グラフィックが描かれている。

Eclipseをインストールした「eclipse/plugins/org.eclipse.platform_x.x.xxx...」フォルダ内の「splash.bmp」ファイルがロード画面に表示されるパスなので、この内容を変更する事で好きな画像を表示できるという小技もある。)

4.4 "Luna"では、月食(Lunar Eclipse)時に月から地球を見た際に発生している日食のイメージが描かれ、Eclipseかつ"Luna"をモチーフにした完成度の高いデザインに仕上がっている。

また地球の夜側の地表には実際の都市部の光が描写されており、向かって左側からアラビア半島、インド、中国、そして日本列島の形が見て取れる。

朝鮮半島の北側はしっかり真っ暗になっている事からも、再現度が非常に高い事が伺い知れる。)

 

画面右下に映る青い光を纏った星々の集まりは、プレアデス星団(和名:すばる)。

おうし座の散開星団で、季節・天候によっては肉眼でも確認出来る。

特徴的な色調と形状から古来より多く観測されており、多様な民族の神話・伝説に語られている。

"Pleiades"は、MergeDoc Projectが提供するEclipseの日本語化Pluginの名称で、スプラッシュ画像のプレアデス星団もこれに由来するものである。

 

地球の唯一の衛星、最も近い天体であり太陽の次に明るい月は、古来より人類史に数多の神話や伝説、文化、学問を興し顕著な影響を及ぼしてきた。

特に日本の歴史と文化、その伝統においても月の存在は特筆される。

古事記』ではイザナギ伊邪那岐命)の右目からツクヨミ月読命)が誕生したと伝わり、夜を統べる月の神格化と目される。

 (同時にイザナギの左目から生まれたアマテラス(天照大神)は太陽の女神である。このように太陽と月を二対の神と捉える伝承は、比較神話学の見地から他の世界中の神話に共通して見られる傾向として興味深い。アイヌ神話のペケレチュプカムイとクンネチュプカムイ、北欧神話のソールとマーニなど。)

平安時代の『竹取物語』ではかぐや姫が月へ帰る様が描かれ、月見の伝統と俳界においては秋の季語として親しまれ古くから日本文化に数多く謡われる。

日本マクドナルドでは毎年9月上旬~10月にかけて期間限定メニュー・月見バーガーが販売され、ミートパティ、めだま焼き、オーロラソースにベーコンというシンプルでジャンキーな味わいで人気を博す(個人的にはレタスやトマトなど生野菜が苦手なので、月見バーガーの構成は都合が良くこれは時折り無性に食べたくなる)。

 

ルナという呼称はラテン語であり、ローマ神話の月の女神ルーナに由来する。

富野由悠季機動戦士ガンダム』シリーズに登場する月軌道上の軍事基地ルナツーは、宇宙世紀0045年にアステロイドベルトから運ばれてきた小惑星ジュノー(前回の記事4.2 "Juno"の項で言及)であるとの設定が福井晴敏機動戦士ガンダムUC』に記載されている。

SF作家ロバート・A・ハインラインの『月は無慈悲な夜の女王』では、月面に移住した人類が"月世界"(ルナ)国家を樹立して地球連邦政府に宣戦を布告する様が壮大な叙事詩として描かれた。

また富野由悠季∀ガンダム』でも数千年前に月に移住し独自の文明を進歩させた人類(ムーン・レィス)が地球への帰還を目指し、十九世紀程度の文明レベルに退行した地球人類の牧歌的な世界観の中で起こす抗争が描かれている。

 

 

 

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Eclipse version 4.5 "Mars"

2015年6月、バージョン4.5がリリースされた。

コードネームは火星を意味する"Mars"。

("Luna"のLに続いてMを頭文字に冠する。)

当時このバージョンアップをリアルタイムで体験し、社内の誰よりも早くEclipseのアップデートを実施しながらついに惑星級の大概念が登場したものかと感銘を受けた。

2015年はアメリカでアンディ・ウィアーのSF小説『火星の人』を原作にした映画『オデッセイ』(主演:マット・デイモン)が公開されたし、空前の火星ブームが到来していたように感じられる。

 

マルスは、ローマ神話における軍神でギリシャ神話のアレスと同一視される。

酸化鉄が多量に含まれた火星の地表は赤く、古くから赤い惑星と認識されており古代バビロニアでは戦火と血を連想して戦神ネルガルの名が付けられた。

(ネルガルは戦禍と死をもたらす事からメソポタミア神話における冥界の女神エレシュキガルと関連付けられ、これはギリシャ神話におけるアレスが冥界の神ハーデスとの関わりを語られるのと同様である。)

主神ゼウスとヘラの子でありオリュンポス十二神にも数えられるアレスは、ヘシオドスの『神統記』等の記述にも見られるように男神の中で最も美しい容姿を持つとされる。

(2018年に発売したコーエーテクモゲームスの『無双OROCHI3』において他のオリュンポスの神々と共にプレイアブル・キャラクターとして参戦した活躍は記憶に新しい。)

また火星の月(衛星)であるフォボスダイモスは、アレスの子の名を由来とする。

 

火星は、太陽系の第四惑星であり地球型惑星に分類される。

直径は6,794km、自転周期は24時間39分で公転周期は1.88年、大気は希薄で組成の95%は二酸化炭素である。

地表は玄武岩安山岩の岩石から成り、平均気温は氷点下46度。

二十世紀初頭にはH・G・ウェルズの『宇宙戦争』やエドガー・ライス・バローズの『火星のプリンセス』(2012年ディズニーより『ジョン・カーター』として映画化された)等のSF作品において高度な知能を持った火星人が描かれたものだが、現在では研究が進み、かつてのように地球外生命体の存在する可能性を火星に見出す傾向は減じている。

 一方で1990年の『機動戦士ガンダムF90』シリーズにおける火星独立ジオン軍や2011年の『機動戦士ガンダムAGE』に登場した火星移民の末裔・ヴェイガン、2010年の『新機動戦記ガンダムW Frozen Teardrop』および2015年の『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』では物語の舞台を火星に設定するなど、太陽系内惑星で最も地球環境と似た火星をテラフォーミングの対象として描く創作作品は多い。

 

 

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Eclipse version 4.6 "Neon"

2016年6月にリリースされたバージョン4.6のコードネームは、化学元素であるネオンに由来する。

Press ReleasesによるとNeptune(海王星、海神ネプチューン)やNova(新星)も候補に挙がったようだが、商標等の諸事情によりネオンが採用された。

これまで天体・神々・自然科学に基づく多様な命名が成されてきたが、ここに来て化学元素という新たな局面を迎える。

 

ネオンは原子番号:10、元素記号:Ne、希ガス類に属する無色無臭の単原子気体で、1898年イギリスの化学者ウィリアム・ラムゼーとモーリス・トラバースにより発見された。

ガイスラ―管と呼ばれる簡易な放電装置に封入すると赤色の光を発する特性があり、これを応用してアルゴン・ヘリウム・窒素などのガスを混入する事で実に多彩な(丁度スプラッシュ画像に描かれるように鮮やかな)色調を発光する事が可能である。

またガラス管も多様な造形が容易である事から、「ネオンサイン」として二十世紀初頭より店舗の看板や広告等に多用され爆発的に普及した。

 

ネオン街という言葉もある。

これは昼に栄える繁華街に対して夜に人通りが多くなり、ネオンサインを掲げる酒場や遊戯場などが多く建ち並ぶ歓楽街を指す(『大辞泉小学館)。

日本で最大規模のネオン街として挙げられるのは東京都新宿区の歌舞伎町だろう。

大学生の頃に一度だけ歌舞伎町を訪れた事があるが、彩り豊かなネオンで輝く退廃的でサイバーパンクSF世界観の如き独特な雰囲気にただ圧倒されるばかりで、それと練り歩く人々の容姿も非常に怖かったのですぐに帰った。

セガゲームスアクションアドベンチャーゲーム龍が如く』シリーズの舞台設定である神室町は歌舞伎町をモデルにしており、最近では同シリーズと世界観を同じくするPlayStation4用ゲーム『JUDGE EYES:死神の遺言』にて再現度の高い3Dグラフィックで構築された神室町の街中を闊歩する事が出来た。

 

小野博之の『ネオンサイン・イルミネーションの歴史』によると、都市部の夜空を彩る特異なネオン文化の創造は特に日本人にとって異常な関心事で、独自の感性と研究意欲によって世界に比類のない技術と表現力を以って完成の境地に至ったとされる。

古くは行燈(あんどん)の発明に見られるよう和紙に模様書きした光のイルミネーション、そして熟練の職人技によって磨き上げられた江戸の花火、伝統ある京都の大文字焼き等、光のサインは日本文化において多様な様相を呈している。

1918年、東京銀座一丁目の谷沢カバン店に日本初のネオンサインが導入されて以降、1926年東京日比谷公園で行われた納涼祭に東京電気会社(のちの東芝)が開発した初の国産ネオンサインが設置され、太平洋戦争による断絶期も生じたが戦前・戦後を通して多種多様なネオン文化は日本の都市部に多く見られ独自の進化を遂げた。

現在でも夜の歓楽街はじめ所々で見られる数多くのネオンサインは、世俗風習における日本文化を物語る上で重要な役割を演じていると言えるだろう。

 

 

④へ続く

 

【参考文献】

・『Eclipse: Behind the Name』eWeek.com、Ziff Davis Enterprise Holdings

・『Eclipse Luna Release Train Now Available』Eclipse Foundation

・『神統記』ヘシオドス、廣川 洋一、岩波文庫

・『ギリシアローマ神話辞典』高津春繁、岩波書店

・『オックスフォード天文学辞典』朝倉書店

・『歴史』ヘロドトス、松平千秋、岩波文庫

・『古事記岩波書店

・『日本神話の起源』大林太良、 角川書店

・『機動戦士ガンダムUC福井晴敏角川書店

・『月に繭 地には果実』福井晴敏角川書店

・『月は無慈悲な夜の女王ロバート・A・ハインライン、ハヤカワ文庫SF

・『新機動戦記ガンダムW Frozen Teardrop』隅沢克之角川書店

・『大辞泉小学館

・『ネオンサイン・イルミネーションの歴史』小野博之、東京システック

統合開発環境"Eclipse"の歴代バージョンとコードネームについて②


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Eclipse version 3.6 "Helios"

2010年6月にリリースされたバージョン3.6のコードネームは、ギリシャ神話の太陽神へ―リオスに由来する。

3.2~3.5の命名ガリレオ衛星に因んだものであったが、3.6より頭文字をアルファベット順に継承するテーマで挙げられた候補名が投票により選ばれる方針となった。

"Galileo"のGに続くHの頭文字を冠する"Helios"では、39の主要プロジェクト、44社の企業より約500人の技術者が開発した多様なPlugin、約3,300万行のコードが提供されている。

 

へ―リオス、ギリシャ語で太陽を意味する偉大なる光明神は、ヘシオドスの『神統記』によるとティターン族のヒュペリオーンとテイアの子で、姉妹には月女神セレーネおよび曙女神エーオースがいる。

父・ヒュペリオーンもまた太陽神・光明神であり、ホメロスの『オデュッセイア』ではへ―リオスをヒュペリオーンの別名としており、二者を同一視する見解もある。 

 

ヒュペリオーンまたはハイペリオンと呼ばれるこのティターン神の名は、へ―リオスと同じく様々な事物・創作の名称として用いられる事が多い。

アメリカのSF作家ダン・シモンズの代表作『ハイペリオン』4部作では、「時間の墓標」を有する辺境の惑星・ハイペリオンが物語上重要な位置付けで描かれる。

ときた洸一の漫画作品『機動戦士ガンダムSEED X ASTRAY』では、太陽神・ヒュペリオーンに因んだ「ハイペリオンガンダム」(メカニックデザイン大河原邦男)というMS(モビルスーツ)が登場する。

また土星の第七衛星の名も「ヒペリオン」である。

 

へ―リオスといえば、沖縄県名護市のヘリオス酒造株式会社は沖縄特産の蒸留酒泡盛をはじめハブ酒、焼酎、ウイスキー、ビールなど豊富で独特な酒類を開発・製造するメーカーである。

特に沖縄県産のゴーヤを用いた商品「ゴーヤーDRY」は、ピルスナーベースの爽やかな飲み口にゴーヤの苦味が効いた唯一無二のクラフトビールとして、独自の地位を築いている。

 

 

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 Eclipse version 3.7 "Indigo"

2011年6月にリリースされたバージョン3.7は、Hに続きIの頭文字を冠する"Indigo"と命名された。

インディゴとは藍色を意味する(RGBコードは35, 71, 148)。

 

天文学、あるいはギリシャ神話に関連するコードネームが続いた従来の傾向からすると異質である。

しかしインディゴは、十七,八世紀のイングランドの物理学者アイザック・ニュートンがプリズム(光を屈折させ分散する装置)によって光(虹)が七色に分解出来ると提唱した自然科学上の顕著な業績に際して、紫と青の間に生じる色として発見された記念碑的意義を有する。

ニュートンが唱えた光の粒子説は天文学的にも重要な科学史上に刻む概念であり、前述したコードネームの命名傾向を踏襲しつつも自然科学一般へとテーマを拡張する、新たな試みであったと言えるだろう。

 

歴史的にインディゴとは染料を示しており、古くは紀元前七世紀バビロニア楔形文字で書かれた石板に毛織物の染色法について記されている。 

アブラナ科タイセイ属の二年草・ホソバタイセイをはじめ多様な植物から採取されるインディゴ染料は有史以来世界中で用いられてきた。

特にアメリカにおいて1900年代初頭に開発されたインディゴ染めのジーンズは現代に至るまで爆発的に普及しており、また日本においても江戸時代に多く作られた伝統工芸品・藍染めがよく知られている。

 

アイザック・ニュートンは、前述のプリズム実験、万有引力の発見や微積分法の確立など自然科学史上に特筆すべき研究成果を遺し、近代科学の夜明けを導いたと賞賛される。

一方で、後世に伝えられたその科学的合理的イメージとは乖離した呪術・神学・錬金術(特に賢者の石の生成)といったおよそ前時代的な神秘的オカルト研究をテーマにした著作も数多く遺していた。

(これは後にホイッグ史観として指摘されるように、近代科学の父ニュートンという英雄像が恣意的に神秘研究の業績を隠匿したと見られる。)

 

 

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Eclipse version 4.2 "Juno"

2012年6月にリリースされたバージョン4.2。

最も大きな変化として、前年の3.7 "Indigo"におけるEclipse 3.xプラットフォームからメジャーバージョンが上がり、Eclipse 4.xプラットフォームが採用されている。

(ちなみに3.8はバグフィクスおよび安定性向上版として存在し、また4.0と4.1はそれぞれ"Helios"と"Indigo"のプレパッケージ・リリースに採用されていた。)

 

"Juno"は、"Indigo"のIに続いてJの頭文字を冠し、ローマ神話の女神ユーノー(英:ジューノウ)に由来する。

ウェルギリウス叙事詩アエネーイス』に詳しく記載が見られ、主神ユーピテル(英:ジュピター)の妻であり軍神マルスの母、ローマ最高位の女神であるユーノーはギリシャ神話におけるヘラと同一視される。

欧州言語で6月を表す各単語はユーノーに由来し、また結婚・出産を司る女神である事から6月の花嫁をジューン・ブライドと呼ぶ事に名残りが見られる。

 

Jを頭文字とするコードネームについて、過去の傾向から真っ先に思い浮かぶのはJupiter(木星、ローマ主神ユーピテル)だが、あえて"Juno"を採用した事にはガリレオ衛星など木星に属する群の名称を据えてきたからには木星自体を表すJupiterという大概念をここで採用する事に異論が起こったからであろうか。

(天体における"Juno"の名称は、1804年にドイツのカール・ハーディングが発見したアステロイドベルトに浮かぶ小惑星・ジュノーに採られている。)

 

1897年に就役したイギリス海軍防護巡洋艦ジュノーについて、奇しくもこの艦艇はエクリプス級防護巡洋艦に類別される。

帆船時代のデザインが色濃く残り、イギリスらしく気品のある印象を与える長船首楼型船体で、主砲に15.2cm(45口径)アームストロング単装速射砲を搭載していた。

 

 

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Eclipse version 4.3 "Kepler"

2013年6月、バージョン4.3がリリースされた。

71の主要プロジェクトと5,800万行を越えるコードで構成されている。

 

"Juno"のJに続いてKを冠する"Kepler"は、十六,七世紀のドイツの天文学者ヨハネス・ケプラーに由来する。

天体の運行法則について従来の定説(天動説、および惑星の真円軌道モデル)を覆した「ケプラーの法則」は、天体物理学史上の傑出した業績の一つである。

1596年に出版した『宇宙の神秘(Mysterium Cosmographicum)』においてケプラーコペルニクスの地動説を支持し、これを読んだガリレオ・ガリレイが彼に手紙を送っている。

ケプラーが発見した太陽と惑星の間に働く磁場のような力という謎は、後にアイザック・ニュートンにより万有引力であると提唱された。

 

地動説を支持したガリレオが、カトリック教会の異端審問を受けた事は前回の記事で述べた。

一方でケプラーは、十六世紀にルターの宗教改革によりカトリックから分離したプロテスタント宗派が信仰される地域(神聖ローマ帝国・ヴュルテンベルグ)で活動したためガリレオのような悲劇には至っていない。

それでも科学と迷信の過渡期にあった時代において、ケプラーの母が魔女裁判にかけられるという受難を経験し晩年はその弁護に奔走した事が知られている。

 

魔女狩りは、十五~十八世紀のヨーロッパにおいて推定四万~六万人が処刑されたと考えられる社会不安から発生した集団ヒステリー現象である。

中世ヨーロッパの無知蒙昧で前時代的な風習と見做されてきたが、近年の研究ではそれこそガリレオケプラーニュートンらが活躍した近代に差し掛かる時期においても盛んに行われた記録があると歴史学者ノーマン・コーンは指摘する。

(またその担い手はカトリック教会の主導ではなく、民衆を主体とした集団心理の暴走によるものであった。)

十七世紀末、アメリカのマサチューセッツ州で少女アビゲイル・ウィリアムズの奇行を発端に二百名以上の無辜の民が収監・拷問を受け、のべ二十名を超える死者を出したセイラム魔女裁判は歴史上に悪名高い。

 

 

 

③へ続く

 

 

【参考文献】 

・『Eclipse: Behind the Name』eWeek.com、Ziff Davis Enterprise Holdings

・『Eclipse Forms Independent Organization』Press Release

・『神統記』ヘシオドス、廣川 洋一、岩波文庫

・『ギリシアローマ神話辞典』高津春繁、岩波書店

・『太陽系内の衛星表』国立科学博物館.

・『歴史』ヘロドトス、松平千秋、岩波文庫

・『イーリアスホメロス、呉茂一訳、平凡社

・『オデュッセイアホメロス、松平千秋、岩波文庫

・『アエネーイスウェルギリウス泉井久之助岩波文庫

・『ガリレオの求職活動 ニュートンの家計簿』佐藤満彦、中公新書

・『オックスフォード天文学辞典』朝倉書店

・『機動戦士ガンダムSEED X ASTRAYときた洸一角川書店

・『ハイペリオンダン・シモンズ、ハヤカワ文庫SF

・『世界の艦船 イギリス巡洋艦史』海人社

・『魔女狩り』森島恒雄、岩波新書

・『魔女狩りの社会史 - ヨーロッパの内なる悪霊』ノーマン・コーン、山本通、岩波書店

・『ヨハネス・ケプラー 近代宇宙観の夜明け』アーサー・ケストラーちくま学芸文庫

統合開発環境"Eclipse"の歴代バージョンとコードネームについて①


"Eclipse"(エクリプス)は、1990年代にアメリカのIBM社で開発された統合開発環境(Integrated Development Environment)である。

プログラム・ソースコードの編集機能やアプリケーション作成のためのコンパイラデバッグツール、その他多様な開発支援ツールを統合したマルチプラットフォームとして、システム開発における作業効率化を図る。

後に多言語対応およびオープンソース化し、非営利組織・Eclipse Foundation(Eclipse財団)の運営で多くの開発者による改修・拡張を繰り返しながら現在に至り、世界中の様々なシステム開発現場で幅広く利用されている。

なおEclipaseとは天文学における食(蝕)、日食や月食を意味する。

 

2001年にバージョン1.0がリリースされて以来、Elclipseは多様なオープンソースプロジェクトを統合して2.0、2.1から3.0、3.1へとバージョンアップされた。

 

2006年、バージョン3.2のリリースから、コードネームの命名が行われる。

以後13年間、2018年リリースのバージョン4.8に至るまで、毎年6月にアップデートされる新バージョン毎にそれぞれコードネームが命名された。

はじめ天文学に関連する命名、のち頭文字のアルファベット順継承から天体、科学、化学元素等に関する命名へと変遷する。

歴代バージョンのコードネームおよびその由来と概要を以下に記す。

 


Eclipse version 3.2 "Callisto"

2006年6月にリリースされたバージョン3.2において、初めてコードネームが命名された。
"Callisto"とは木星の月(第四衛星)であるカリストに由来する。

 

カリストは、1610年にイタリアの天文学者ガリレオ・ガリレイによって発見された。

敬虔なカトリック教徒であったガリレオは、一方で数学・物理学・天文学等の分野で卓越した学術的業績を上げており、その見識から当時キリスト教の世界観を支配していた天動説(宇宙の中心は地球であり、他の全ての天体は地球の周りを回っているとする説)に対して懐疑的であった。

約70年前、ポーランド天文学者ニコラウス・コペルニクスが主張した地動説(地球が太陽の周りを公転しているとする説)は当時、革新的でありかつキリスト教世界の教義から異端思想と看做されたが、ガリレオはこれを支持した。

 

オランダで望遠鏡の製作技術を学んだガリレオは自身で20倍率の手製望遠鏡を製作し、木星の周りに3つの小天体を発見。

数日間の観察の結果、これらが木星の周りを回っている事を確信し『星界の使者(Sidereus Nuncius)』と題する論文において地動説を裏付ける学説として発表した。

この時発見された(のち発見される1つを加えた)4つの衛星(イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト)を、"ガリレオ衛星”と呼ぶ。

(後述するが、Elclipseのバージョン3.2~3.5までのコードネームはこのガリレオ衛星に由来する。)

 

カリストの直径は4,820 kmで、ガリレオ衛星の中で2番目に大きい。

組成は岩石と水氷、木星の強大な潮汐力の影響で次々と飛来する隕石により地表は荒れ果て、衛星表面のクレーター密度は飽和状態にありクレーター数は太陽系天体の中でも屈指の多さを誇る。

 

カリストの名はギリシャ神話に登場するアルカディア王リュカーオーンの娘・カリストーに由来する。

イタリア語でカッリスト (Callisto) は「最も美しい」という意味を持ち、神話におけるカリストーも美貌の乙女で主神・ゼウスの愛人となる。

 

カリスト表面の主な地形は、北欧神話や北極圏諸部族の神話から命名されたものが多い(ヴァルハラ盆地やアースガルド盆地など)。

 

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Eclipse version 3.3 "Europa"

2007年6月、バージョン3.3がリリースされた。

3.2 "Callisto"では10のプロジェクトから拡張機能が追加されたが、3.3 "Europa"においては21のプロジェクトからPluginがリリースされ、19ヵ国310名の技術者によって開発された1,700万行を超えるコードが提供されている。

"Europa"とは前述のカリストと同様ガリレオ衛星の一つである木星の月(第二衛星)、エウロパに由来する。

 

エウロパの直径は3,138 kmで、ガリレオ衛星の中では最も小さい。

衛星表面は分厚い氷の層で覆われており、地下には巨大な海洋が広がっている事が研究により確実視されている。

海、そして母なる木星がもたらす潮汐力の恩恵で活性化する海底火山活動(2016年、ハッブル宇宙望遠鏡により海底火山の噴出を支持する観測結果が得られている)は、生命の発祥に必要な成分を生み出し得る。

エウロパは現在、太陽系の中で最も地球外生命体が存在する可能性が高い環境として注目を集めている。

SF作家アーサー・C・クラークの代表作『2061年宇宙の旅』および『3001年終局への旅』においても、エウロパに発生した原始生命体の存在が物語上で重要な役割を果たしていた。

 

エウロパの名は、ギリシャ神話におけるテュロスの王女・エウローペーに因む。

白い牡牛に変じたゼウスが彼女を掠奪した伝説は星座・おうし座の由来となった。

またエウローペーが海を渡った先の西方の地として「ヨーロッパ」の語源になったとヘロドトスの『歴史』に記されている。

 

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Eclipse version 3.4 "Ganymede"

2008年6月にリリースされたバージョン3.4では、24種類の主要プロジェクトから豊富なPluginが追加された。

"Ganymede"はガリレオ衛星のうち木星の第三衛星、ガニメデに由来する。

 

ガニメデの直径は5,262 kmで、これは太陽系内に存在する衛星(月)の中で最も大きい。

また太陽系全ての天体のうち9番目に巨大であり、惑星である水星にも勝る。

組成は岩石と水氷、硫化鉄と鉄からなる液体の核を持った分化天体であり、またエウロパと同様に内部海を持つと考えられる。

2015年、ハッブル宇宙望遠鏡を用いたドイツ・ケルン大学の研究チームによる観測の結果、厚さ150kmの地表層の下に深さ100kmにも及ぶ巨大な大洋が存在する可能性が示唆され、これは地球の海より水量が多く太陽系内でも最大規模とされる。

 

SF作家ジェイムズ・P・ホーガンの代表作『星を継ぐもの』および続編『ガニメデの優しい巨人』では、ガニメデで発見された巨大な宇宙船の残骸、そしてガニメデ人とも称すべき巨大な知的生命体の存在が物語の重要な鍵となっていた。

 

ガニメデの名もまた、ギリシャ神話に登場するトロイアの王子・ガニュメデスに由来する。

オリュンポス十二神に不死の酒・ネクタールを給仕し、ゼウスに近侍する美貌の少年である。

ガリレオ衛星には(後述するイオも含め)これらギリシャ神話におけるゼウスの愛人の名が付けられているが、これは元々ガリレオ自身の命名によるものではない。

ガリレオとほぼ同時期に、独立して木星の四衛星を発見したと主張するドイツの天文学者シモン・マリウスが、木星(ジュピター、ローマ神話におけるユピテルギリシャ神話のゼウスと同一視される)に侍る四つの月にそれぞれゼウスの愛人の名を付けたのだ。

一方でガリレオは、自身のパトロンであるトスカーナ大公コジモ2世・デ・メディチに敬意を表し、四つの月を “Cosmica Sidera”(コジモの星々)と命名した(のち大公自身の提案で“Medicea Sidera”(メディチ家の星々)と改称している)。

個々の名称は長らくジュピターⅠ,Ⅱ, Ⅲ,Ⅳとの付番で呼ばれていたが、20世紀後半までに他の数多くの衛星が発見され(現在、木星の衛星は計79個とされる)、やがて現在の固有名(マリウスの命名)が用いられるようになった。

 

 

Eclipse version 3.5 "Galileo

2009年6月にリリースされたバージョン3.5のコードネームは当初、"Io"(イオ、木星の第一衛星)が予定されていた。

しかしシステム開発業界において、入出力(input/output)を意味する「I/O」という用語との誤認が懸念された事から、ガリレオ衛星の発見者ガリレオ・ガリレイに因む"Galileo"のコードネームが充てられた。

 

ちなみにイオは、木星の衛星の中で四番目に大きくかつ最も高密度な天体であり、地表には400を超す火山が隆起し活発な火山活動を繰り広げている。

硫黄と硫黄化合物を含む噴煙は地上500kmまで立ち昇り、多数の火山噴出物と溶岩流が衛星表面の様相を大きく変化させ黄・赤・白・黒・緑の鮮やかで不可思議な色調が彩る。

富野由悠季長谷川裕一の『機動戦士クロスボーン・ガンダム』において、木星圏に居住するスペースノイド国家・木星帝国の前線基地が衛星イオに設立されており、活発な火山活動による脅威の中で繰り広げられる白熱したMS戦の描写がとても印象的だった。

 

ガリレオ・ガリレイは、ガリレオ衛星の発見をはじめとする論拠に基づき地動説を支持したため、カトリック教会による異端審問を受けている。

1616年、第1回宗教裁判の後ローマ教皇庁は地動説の禁止を布告し、関連図書の閲覧を禁ずる措置を取った。

それでもガリレオは自説を撤回する事なく、1632年に地動説の解説書『天文対話』を出版。

これがローマ教皇庁の逆鱗に触れ、1633年、第2回宗教裁判においてガリレオは有罪判決を受けてしまう。

この判決によりガリレオは地動説放棄の誓文を書かされ、以後無期懲役として監視付きの邸宅に軟禁され不遇の晩年を過ごした。

 

裁判で地動説を撤回した後、「それでも地球は回っている」と発言した、という逸話が有名であるが、これはガリレオの死後100年以上経った1757年、バレッティの『イタリアン・ライブラリー』において見られる出典の不明瞭な記載である。

当時の状況を鑑みても発言を事実とは考え難く、後世にガリレオの信奉者達が付け加えたとする説が有力があるとイタリアの科学史学者ウィリアム・R・シーアは指摘している。 

 

 

②へ続く

 

【参考文献】 

・『Eclipse: Behind the Name』eWeek.com、Ziff Davis Enterprise Holdings

・『Eclipse Forms Independent Organization』Press Release

・『徹底解剖!! Eclipse3.3 Europaの“新世界”』岡本隆史、NTTデータ基盤システム事業本部 

・『世界の名著 ガリレオ』豊田利幸、中央公論社

・『太陽系内の衛星表』国立科学博物館.

・『ギリシアローマ神話辞典』高津春繁、岩波書店

・『歴史』ヘロドトス、松平千秋、岩波文庫

・『イーリアスホメロス、呉茂一訳、平凡社

・『ガリレオの求職活動 ニュートンの家計簿』佐藤満彦、中公新書

・『オックスフォード天文学辞典』朝倉書店

・『ローマのガリレオ―天才の栄光と破滅』ウィリアム・R・シーア

・『機動戦士クロスボーン・ガンダム富野由悠季長谷川裕一角川書店

・『2061年宇宙の旅』アーサー・C・クラーク、ハヤカワ文庫SF

・『3001年終局への旅』アーサー・C・クラーク、ハヤカワ文庫SF

・『星を継ぐもの』ジェイムズ・P・ホーガン、創元SF文庫

・『ガニメデの優しい巨人ジェイムズ・P・ホーガン、創元SF文庫

 

妖怪『空亡』について


空亡(くうぼう、または、そらなき)は、巨大な赤い球状の物体が禍々しい闇の黒雲に包まれた様子で描かれる妖怪である。

百鬼夜行の最後に現れ、全ての妖怪を駆逐する回避不能の災厄。

近年、妖怪関連の創作作品等によく登場し、その圧倒的妖魔力で最強妖怪の候補にも挙げられる。

 

しかし空亡は、従来の日本妖怪の伝承には存在しなかった。

空亡が誕生したのはごく最近の事であり、とても新しい妖怪と言える。

では、この最強クラスの大妖怪がどうして忽然と妖怪史上に出現したのだろうか。

 

鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』、大徳寺真珠庵所蔵の『百鬼夜行絵巻』など多くの百鬼夜行図において、数多の魑魅魍魎が練り歩いた最後に登場するのは、朝日である。

百期の闇夜に横行するは、佞人の闇主に媚びて時めくが如し。

太陽昇りて万物を照せば、君子の時を得、明君の代にあへるが如し。

『今昔図画続百鬼』より

百鬼"夜"行の最後には、黒雲を割き地を明るく照らす赤い太陽が出現して"朝"を迎え、妖怪たちが退散するのだ。

 

2002年、角川書店から『陰陽妖怪絵巻』というカードゲームが発売された。

海洋堂の造形による妖怪フィギュアと『陰陽妖怪絵札』トランプのセット商品。)

大徳寺真珠庵所蔵『百鬼夜行絵巻』を元にした、妖怪たちのイラストと解説文が書かれたトランプである。

このカードゲームにおいて、ジョーカーの札に当てられたのが「百鬼夜行の最後に登場する太陽」だった。

監修・執筆者の荒俣宏は、この朝日を「空亡(くうぼう、六十干支において算命される天中殺の時間帯)」の時間に現れるもの、という設定を付与し、またカード名も「空亡」と名付けられた。

空からころがり落ちてくる火の玉のような太陽は、まさに闇を破る万能の力といえる。

太陽は、夜の闇を切り裂いて夜明けをもたらすとき、空亡という「一日の暦の切れ目」をついて、夜の中に割りこんでいく。

この空亡の隙間は、どんな妖怪にも塞ぐことができない。

『陰陽妖怪絵札』より

百鬼夜行の最後に登場する太陽」と「空亡」は、この時点で関連付けられたものと考えられる。

ここでは、あくまで朝日が「空亡」の時間に昇る、との設定を加えたまでであり、この現象あるいは太陽自体が妖怪であるという認識は成されていなかった。

(一方で他のカードではカード名=妖怪の名前だったため、このジョーカーが「空亡」という妖怪である、との誤解は大いに生じ得るものであっただろう。)

 

2006年、カプコンより発売されたPlayStation2用ゲームソフト『大神』。

古代日本風の独特な世界観に、神話時代の神々や古い妖怪たちが数多く登場するアクションアドベンチャーゲームである。

本作のラスボス級敵キャラクターとして、「常闇ノ皇(とこやみのすめらぎ)」が登場した。

形状は黒い球体、赤い幾何学的紋様が描かれた禍々しい異質な存在感を醸し出す。

(最終形態との戦闘時BGMのタイトルが「太陽は昇る」。)

後に発売された設定画集『大神絵草子 絆 -大神設定画集-』において、「常闇ノ皇」が初期案では「空亡」というネーミングであった事が記載されている。

百鬼夜行絵巻の最後に登場してすべての妖怪を踏み潰す最強の存在

『大神絵草子 絆 -大神設定画集-』より

上記のような設定と、またモデルは「実在の妖怪である」との記述が見られる事、「百鬼夜行の最後に登場する太陽」と「空亡」を関連付けるこの構想は、明確に前述の『陰陽妖怪絵札』が出典と思われる。

誤解、あるいは解釈の拡大によって生じた「百鬼夜行の最後に登場する最強の妖怪・空亡」というイメージは、この時点から一般に流布したものと考えられる。

 

以降、インターネット上の掲示板「ふたばちゃんねる」や「アンサイクロペディア」等で様々な設定が付与され、妖怪・空亡のイメージは定着していった。

やがて2014年のソーシャルゲーム「妖怪百姫たん!」に空亡という名の妖怪が登場し、2018年にはアニメ「妖怪ウォッチ シャドウサイド」でも重要な敵キャラクターとして妖怪・空亡が描かれ、創作作品における確固たる地位を築くに至っている。

 

以上のような経緯で、創作設定の拡大解釈または誤解を発端に、元々存在しなかったはずがあたかも古来より伝えられる由緒正しき妖怪であるかのように変化した結果、妖怪史上に突如出現した最強の存在が空亡である。

 

果たして、空亡とは架空の、捏造された、偽の成り立ちを持つ妖怪ならざる存在なのか?

古典的な日本の民間信仰における妖怪の成り立ちとは明らかに異なる空亡の扱いは、難しい。

一方で、似たような命題に関する以下のような議論がある。

 

妖怪・ぬらりひょんは、鳥山石燕の『画図百鬼夜行』はじめ江戸時代の妖怪絵巻に数多く見られる古典妖怪であり、一般に「妖怪の総大将」とするイメージが定着している。

しかし元々ぬらりひょんにそのような特徴は無く、1929年に藤沢衛彦の『妖怪画談全集 日本篇』において

まだ宵の口の燈影にぬらりひよんと訪問する怪物の親玉

『妖怪画談全集 日本篇』より

 とする脚注が記載され、この「親玉」の記載が拡大解釈され後年「妖怪の総大将」という設定が創作されていったと妖怪研究家の村上健司や多田克己は指摘している。

やがて佐藤有文の『日本妖怪図鑑』や、水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』等の作品で「総大将」ぬらりひょんのイメージが一般に定着した。

近年では椎橋寛の『ぬらりひょんの孫』における堂々たる総大将っぷりも印象的である。

 

このような経緯について、国文学者の志村有弘は「伝承が本来の意味から隔たり人為的に歪曲されつつある」と否定的に評したが、一方で小説家・妖怪研究家の京極夏彦は「妖怪を生きた文化として捉えれば、時代に合わせて変化することは構わない」と肯定的に評している。

 

現代の都市伝説の類においても、トイレの花子さん口裂け女といった民間伝承に端を発する創作妖怪は数多く誕生しており、確かに一種の妖怪として独自の地位を築いている。

空亡は、エンターテイメント作品を発端にして歴史ある百鬼夜行図に新たな解釈を加え、インターネット上の掲示板等での伝聞を通じてそのイメージが形成されていった。

現代社会を象徴する文化的背景によって誕生したという点においても、妖怪史が迎える新たな局面として特筆すべき徴候が見受けられる。

 

突如出現した最強妖怪・空亡。

この不可思議で興味深い現象・存在もまた、古来より人々の信仰と創造が伝えて来た妖怪たちと同じように、現代の人々が生み出した正統な"妖怪"と言えるのではないだろうか。

 

 

 

 

【参考文献】

・『鳥山石燕 画図百鬼夜行全画集』角川書店

・『陰陽妖怪絵巻』荒俣宏角川書店

・『大神絵草子 絆 -大神設定画集-』カプコン

・『妖怪画談全集 日本篇 上』藤沢衛彦、中央美術社

・『日本妖怪大全』水木しげる講談社 

・『百鬼夜行解体新書』村上健司、コーエー

・『対談集 妖怪大談義』京極夏彦角川書店

・『水木しげるvs.京極夏彦ゲゲゲの鬼太郎解体新書』講談社

 

『♰悪魔軍師♰シメオン』第2話・友 

 


小寺官兵衛は播州の人である。

 

齢三十。

地元の領主に仕えて働き、コツコツと日々仕事を捌いて、家族を養う(妻と七歳の男児あり)。

 

持ち前の鋭利な頭脳と実直な勤務態度から、諸事百般を卒なくこなし、今回若くして外交交渉の重役を仰せつかった。


播磨から、遥々岐阜へ。

官兵衛はだいぶ久しぶりに地元を離れた。
公務といえ、こんな長旅は物心ついてから初めてやも知れぬ。

御家の進退を背負っての大仕事だから、重圧もあるが、しかし中央の都市へ赴き己の見識を広める機会に、心が躍らぬ事もない。

 


事実、駐屯する織田家中に軒並み居揃う人材の豊富さには圧倒された。
各軍団を率いる諸将はそれぞれが大名の風格を宿し、麾下の部将も層が厚い。

智恵者も多く、門人は文化芸術を洗練させ、南蛮の伴天連ら異人も出入りする。
国際色豊かで新しい物に満ちていた。


(これは播磨の地元に居たままでは、見聞きも出来ぬ鮮烈さ。)

 

官兵衛の頭脳は柔らかくこれら新たな刺激を吸収した。

 

 


取り分けて、お取次ぎ役の羽柴秀吉には歓待された。

 

「えんや~~~こらっえいんや~~~~っさ!」

酒宴では大将、自ら滑稽な踊りに興じて、威厳も何もあったものでは無いが、麾下の将兵まことに心服している。
席には笑いが絶えぬ、人心掌握術の妙技よ。

 

広間の宴会場でどんちゃん騒ぎを繰り広げる羽柴家中を賓客の座から眺める官兵衛は、お固い。

 

「崩せっ、崩せ」と言われても脚を崩さず「飲めっ、飲め」と酌されても手前はほどほどにと躱していた。

 

そこへひょろり近づいて参ったのは、例の色白の書生風。

竹中半兵衛といったな。

 

「・・・ところでコカン殿は学識豊かで、古今の戦に精通すると聞いています。

私もどうか兵法の御指南を賜わりたいものだが」

 

小さめの酌を官兵衛に近づけながら、穏やかな口調で笑んでいる。

 

「・・・コカンはよせ、と言うたであろう」

 

不服げに言いながら官兵衛は、しかし半兵衛の酌は受けた。

 

小寺と羽柴の友誼に。

二人は乾杯を交わし、官兵衛は盃をぐいと飲み干す。

 

「おお~~~~!?

コカン殿!これは、イケる口かぁ~~~?!」

 

その様を眺めていた秀吉は瞳を爛爛と輝かせて御囃子に興じる。

 

コカンはおよしくだされ、としかし官兵衛は軽く杯を掲げて、お調子者の皆々はそれを見てこの無愛想な客人も客人なりに楽しんでくれているかと安心し、楽しんだ。

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

「・・・であるから、つまり魏武王曹操の覇は漢の献帝を奉じた事にある。

大義名分だ。

孫子』にも正々の旗を迎うるなかれ、堂々の陣を撃つなかれとある」

 

官兵衛は、珍しく饒舌。

 

「では秦国打倒の大義を掲げた項王が、しかし倒れたのは?」

細長い切れ長の眼に微笑をたたえながら、半兵衛は問う。

 

「愚問だな。

項羽は自ら立てた楚王を弑逆して私欲に走った。

大義を失した者の末路は、斯くなるべし」

 

グイと飲み干す官兵衛。

半兵衛に酌を向ける。

 

「王道鎮護、というわけですね」

 

半兵衛も酒を受け、静かに口を付ける。

 

 

互いに話がわかる。

やはり同類の男だと感じた。

 

 

泥酔気味の秀吉が近づき、手を叩いて喜んだ。

「いやはや~!さすがコカン殿じゃ!

うちの半兵衛とこうも話せる者は、そうそうおらんじゃとて!」

 

コカンはよしてくだされ、と言うのももうけだるい。

 

「・・・ええ、唐土の史にもお詳しく、楽しく酒を頂いています。

良き友を得て幸いですよ、ねえコカン殿?」

 

半兵衛は笑う。

 

「・・・もう、コカンで良いわ」

 

 

珍しく、酔った。

 

 

 

宿舎に戻り、澄んだ夜空に輝く月を眺める。

 

「・・・友、か」

 

官兵衛は明日、播磨へ戻る。

 

 

 

 

 

 続く

 

 

『♰悪魔軍師♰シメオン』第1話・コカン 

 

 

小寺官兵衛は近江の生まれなれど、播州人である。

 

播磨の熱き血潮に揉まれ、官兵衛は、智恵者として表層怜悧平静にして、内側に凄絶なる魂魄の熱血を秘していた。

 

若くして小寺の殿様の信頼厚く、仕え働くこと数年来。

東に織田、西に毛利。

官兵衛の郷里・姫路は揺れていた。

 

「毛利に付くか、織田に付くか。」

 

小勢力に過ぎぬ小寺家には、戦国乱世の倣い。

生き残りを賭けた決断の時が迫っていた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

「織田でござる。

小寺が生き抜く道は、他にありませぬ」

 

若き官兵衛は内に秘めた情熱を迸り、冷静論理を主君に説いた。

 

「しからば、頼む。」

 

賢明にして懸命なる説得の賜物である。

命を受け官兵衛は単身、織田方の本拠・岐阜へ乗り込んだ。

 

 


羽柴秀吉

西方戦線を任される気鋭の将、今回、お取次ぎ役である。


「小寺官兵衛殿。

此度は大儀でござった~!
おみゃあさんのおかげで、播磨に戦乱を持ち込まんで済むかもしれん!」

 

ゴマすり男の羽柴秀吉は、一軍の司令と思えぬ親しみやすさ。
初対面である。

官兵衛の両手を握り、力強くブンブンと振るう。

 

 

 

「・・・礼には及ばぬ。
播州の民草の為、信長公に付くが良策と判断したまで。」


官兵衛は、愛想が悪い。


豪快情熱的気質の播州人の中では、官兵衛は取り分けて賢しく冷静であり、およそ似つかわぬ個性を放つ。

しかしその胸の内は芯まで播州気質。

此度も御家の為といえ、一戦も交えず臣従した結果は熱き誇りに少なからずも不服はある。

それを隠し切れない不器用さが官兵衛、血の通った人間らしさで、それを呑んで合理的に状況判断できる知性が有能さであった。

 

「それでも、礼を申させてくりゃあ!

・・・戦など、せん方が良い、皆が笑って暮らせる世を作るンサ。

これはその一歩じゃ!

のう小官殿!」

 

「・・・コカンは、よされよ」

 

変なあだ名を付けられては、たまらぬ。

 

 

 

「さて小寺家の臣従は果報であったが、」


秀吉の傍らにあった色白の書生風、静かに語り出す。

 

「赤松、別所や諸将は内心わかりませぬぞ。

何分播州人の気質は剛毅ゆえ。

秀吉様、ゆめゆめ警戒を怠りませぬよう」

 

ひと目に智恵者とわかった。

官兵衛は、直感、この男が己の同類だと理解した。

 


竹中半兵衛

切れ長の細い眼は奥底が知れぬ、全てを見透かすような不気味さがあった。

 

しかし秀吉がこの参謀に向ける眼差しには、真実の友愛。
暖かさがある。


なるほど人たらしの大将に、稀代の軍師とは。

唐土劉備玄徳と諸葛孔明の風があるわけだ。

 

「ともあれ、よろしくコカン殿」

 

半兵衛が手を差し出す。

 

 

「・・・コカンはよせ」

 

官兵衛は杓子定規だが、半兵衛の手を握った。

 

 

後に二兵衛、両兵衛と呼ばれる秀吉の股肱の軍師。

これがその最初の出会いであった。

 

 

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 信長に謁見する。

 

諸将が居並ぶ中、広間に傅(かしず)き、名乗り、口上を述べる官兵衛。

 

西洋風の装束を纏う奇異なる信長の貌をチラと見上げ、音に聞こえる覇者の風を認めて、

(・・・なるほど王者の風格は、さながら曹操孟徳というわけか)

 

僅か、わからぬくらい微、官兵衛はニヤと笑んだ。

笑んでいなかったかもしれぬ。

それくらい僅かである。

 

が、信長はピクと眉を上げ、立ち上がる。

口上の途中など有無も言わさず、傍らの小姓から名刀『へし切長谷部』をブン取ると、ズンと迫って抜刀し、官兵衛の肩にへし当てた。

 

「と、殿っ・・・!」

 

たまらず秀吉が下座からしゃしゃり出るところ、半兵衛が制した。

 

 

 凄まじい形相で、信長は官兵衛を見る。

 

「うぬは、何を望む」

 

官兵衛の額に冷や汗が一筋つたう。

心の臓がドク、ドクと響く。

 

長い時間が経ったように思えて、寸分、冷静を得た。

官兵衛はゴクリと唾を呑み込み、信長には目を合わさず、言った。

 

「・・・播磨一国。」

 

 

自分でも、なぜこんな言葉が出たかわからぬ。

播磨のうちの小国の、小寺の家の一家臣に過ぎぬ小身が、しかも忠臣、野心など抱いた覚えは一度も無い。

 

稀代の覇者・信長の英傑の格が、官兵衛の秘めたる心の奥底の、己でも気づかぬ意志を喚起せしめたとでもいうのか。

 

「・・・フ。フハハ、フハハハハハハ!!」

 

信長は高笑いし、鞘に戻した『へし切長谷部』の名刀を官兵衛に下賜して、言った。

 

「コカンよ。励めぃ」

 

 

「ははーっ!」

 

深く頭を垂れて、こうして小寺官兵衛は、織田信長への臣従を認められた。

 

 

 

 

 

続く