統合開発環境"Eclipse"の歴代バージョンとコードネームについて②


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Eclipse version 3.6 "Helios"

2010年6月にリリースされたバージョン3.6のコードネームは、ギリシャ神話の太陽神へ―リオスに由来する。

3.2~3.5の命名ガリレオ衛星に因んだものであったが、3.6より頭文字をアルファベット順に継承するテーマで挙げられた候補名が投票により選ばれる方針となった。

"Galileo"のGに続くHの頭文字を冠する"Helios"では、39の主要プロジェクト、44社の企業より約500人の技術者が開発した多様なPlugin、約3,300万行のコードが提供されている。

 

へ―リオス、ギリシャ語で太陽を意味する偉大なる光明神は、ヘシオドスの『神統記』によるとティターン族のヒュペリオーンとテイアの子で、姉妹には月女神セレーネおよび曙女神エーオースがいる。

父・ヒュペリオーンもまた太陽神・光明神であり、ホメロスの『オデュッセイア』ではへ―リオスをヒュペリオーンの別名としており、二者を同一視する見解もある。 

 

ヒュペリオーンまたはハイペリオンと呼ばれるこのティターン神の名は、へ―リオスと同じく様々な事物・創作の名称として用いられる事が多い。

アメリカのSF作家ダン・シモンズの代表作『ハイペリオン』4部作では、「時間の墓標」を有する辺境の惑星・ハイペリオンが物語上重要な位置付けで描かれる。

ときた洸一の漫画作品『機動戦士ガンダムSEED X ASTRAY』では、太陽神・ヒュペリオーンに因んだ「ハイペリオンガンダム」(メカニックデザイン大河原邦男)というMS(モビルスーツ)が登場する。

また土星の第七衛星の名も「ヒペリオン」である。

 

へ―リオスといえば、沖縄県名護市のヘリオス酒造株式会社は沖縄特産の蒸留酒泡盛をはじめハブ酒、焼酎、ウイスキー、ビールなど豊富で独特な酒類を開発・製造するメーカーである。

特に沖縄県産のゴーヤを用いた商品「ゴーヤーDRY」は、ピルスナーベースの爽やかな飲み口にゴーヤの苦味が効いた唯一無二のクラフトビールとして、独自の地位を築いている。

 

 

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 Eclipse version 3.7 "Indigo"

2011年6月にリリースされたバージョン3.7は、Hに続きIの頭文字を冠する"Indigo"と命名された。

インディゴとは藍色を意味する(RGBコードは35, 71, 148)。

 

天文学、あるいはギリシャ神話に関連するコードネームが続いた従来の傾向からすると異質である。

しかしインディゴは、十七,八世紀のイングランドの物理学者アイザック・ニュートンがプリズム(光を屈折させ分散する装置)によって光(虹)が七色に分解出来ると提唱した自然科学上の顕著な業績に際して、紫と青の間に生じる色として発見された記念碑的意義を有する。

ニュートンが唱えた光の粒子説は天文学的にも重要な科学史上に刻む概念であり、前述したコードネームの命名傾向を踏襲しつつも自然科学一般へとテーマを拡張する、新たな試みであったと言えるだろう。

 

歴史的にインディゴとは染料を示しており、古くは紀元前七世紀バビロニア楔形文字で書かれた石板に毛織物の染色法について記されている。 

アブラナ科タイセイ属の二年草・ホソバタイセイをはじめ多様な植物から採取されるインディゴ染料は有史以来世界中で用いられてきた。

特にアメリカにおいて1900年代初頭に開発されたインディゴ染めのジーンズは現代に至るまで爆発的に普及しており、また日本においても江戸時代に多く作られた伝統工芸品・藍染めがよく知られている。

 

アイザック・ニュートンは、前述のプリズム実験、万有引力の発見や微積分法の確立など自然科学史上に特筆すべき研究成果を遺し、近代科学の夜明けを導いたと賞賛される。

一方で、後世に伝えられたその科学的合理的イメージとは乖離した呪術・神学・錬金術(特に賢者の石の生成)といったおよそ前時代的な神秘的オカルト研究をテーマにした著作も数多く遺していた。

(これは後にホイッグ史観として指摘されるように、近代科学の父ニュートンという英雄像が恣意的に神秘研究の業績を隠匿したと見られる。)

 

 

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Eclipse version 4.2 "Juno"

2012年6月にリリースされたバージョン4.2。

最も大きな変化として、前年の3.7 "Indigo"におけるEclipse 3.xプラットフォームからメジャーバージョンが上がり、Eclipse 4.xプラットフォームが採用されている。

(ちなみに3.8はバグフィクスおよび安定性向上版として存在し、また4.0と4.1はそれぞれ"Helios"と"Indigo"のプレパッケージ・リリースに採用されていた。)

 

"Juno"は、"Indigo"のIに続いてJの頭文字を冠し、ローマ神話の女神ユーノー(英:ジューノウ)に由来する。

ウェルギリウス叙事詩アエネーイス』に詳しく記載が見られ、主神ユーピテル(英:ジュピター)の妻であり軍神マルスの母、ローマ最高位の女神であるユーノーはギリシャ神話におけるヘラと同一視される。

欧州言語で6月を表す各単語はユーノーに由来し、また結婚・出産を司る女神である事から6月の花嫁をジューン・ブライドと呼ぶ事に名残りが見られる。

 

Jを頭文字とするコードネームについて、過去の傾向から真っ先に思い浮かぶのはJupiter(木星、ローマ主神ユーピテル)だが、あえて"Juno"を採用した事にはガリレオ衛星など木星に属する群の名称を据えてきたからには木星自体を表すJupiterという大概念をここで採用する事に異論が起こったからであろうか。

(天体における"Juno"の名称は、1804年にドイツのカール・ハーディングが発見したアステロイドベルトに浮かぶ小惑星・ジュノーに採られている。)

 

1897年に就役したイギリス海軍防護巡洋艦ジュノーについて、奇しくもこの艦艇はエクリプス級防護巡洋艦に類別される。

帆船時代のデザインが色濃く残り、イギリスらしく気品のある印象を与える長船首楼型船体で、主砲に15.2cm(45口径)アームストロング単装速射砲を搭載していた。

 

 

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Eclipse version 4.3 "Kepler"

2013年6月、バージョン4.3がリリースされた。

71の主要プロジェクトと5,800万行を越えるコードで構成されている。

 

"Juno"のJに続いてKを冠する"Kepler"は、十六,七世紀のドイツの天文学者ヨハネス・ケプラーに由来する。

天体の運行法則について従来の定説(天動説、および惑星の真円軌道モデル)を覆した「ケプラーの法則」は、天体物理学史上の傑出した業績の一つである。

1596年に出版した『宇宙の神秘(Mysterium Cosmographicum)』においてケプラーコペルニクスの地動説を支持し、これを読んだガリレオ・ガリレイが彼に手紙を送っている。

ケプラーが発見した太陽と惑星の間に働く磁場のような力という謎は、後にアイザック・ニュートンにより万有引力であると提唱された。

 

地動説を支持したガリレオが、カトリック教会の異端審問を受けた事は前回の記事で述べた。

一方でケプラーは、十六世紀にルターの宗教改革によりカトリックから分離したプロテスタント宗派が信仰される地域(神聖ローマ帝国・ヴュルテンベルグ)で活動したためガリレオのような悲劇には至っていない。

それでも科学と迷信の過渡期にあった時代において、ケプラーの母が魔女裁判にかけられるという受難を経験し晩年はその弁護に奔走した事が知られている。

 

魔女狩りは、十五~十八世紀のヨーロッパにおいて推定四万~六万人が処刑されたと考えられる社会不安から発生した集団ヒステリー現象である。

中世ヨーロッパの無知蒙昧で前時代的な風習と見做されてきたが、近年の研究ではそれこそガリレオケプラーニュートンらが活躍した近代に差し掛かる時期においても盛んに行われた記録があると歴史学者ノーマン・コーンは指摘する。

(またその担い手はカトリック教会の主導ではなく、民衆を主体とした集団心理の暴走によるものであった。)

十七世紀末、アメリカのマサチューセッツ州で少女アビゲイル・ウィリアムズの奇行を発端に二百名以上の無辜の民が収監・拷問を受け、のべ二十名を超える死者を出したセイラム魔女裁判は歴史上に悪名高い。

 

 

 

③へ続く

 

 

【参考文献】 

・『Eclipse: Behind the Name』eWeek.com、Ziff Davis Enterprise Holdings

・『Eclipse Forms Independent Organization』Press Release

・『神統記』ヘシオドス、廣川 洋一、岩波文庫

・『ギリシアローマ神話辞典』高津春繁、岩波書店

・『太陽系内の衛星表』国立科学博物館.

・『歴史』ヘロドトス、松平千秋、岩波文庫

・『イーリアスホメロス、呉茂一訳、平凡社

・『オデュッセイアホメロス、松平千秋、岩波文庫

・『アエネーイスウェルギリウス泉井久之助岩波文庫

・『ガリレオの求職活動 ニュートンの家計簿』佐藤満彦、中公新書

・『オックスフォード天文学辞典』朝倉書店

・『機動戦士ガンダムSEED X ASTRAYときた洸一角川書店

・『ハイペリオンダン・シモンズ、ハヤカワ文庫SF

・『世界の艦船 イギリス巡洋艦史』海人社

・『魔女狩り』森島恒雄、岩波新書

・『魔女狩りの社会史 - ヨーロッパの内なる悪霊』ノーマン・コーン、山本通、岩波書店

・『ヨハネス・ケプラー 近代宇宙観の夜明け』アーサー・ケストラーちくま学芸文庫