『♰悪魔軍師♰シメオン』第1話・コカン 

 

 

小寺官兵衛は近江の生まれなれど、播州人である。

 

播磨の熱き血潮に揉まれ、官兵衛は、智恵者として表層怜悧平静にして、内側に凄絶なる魂魄の熱血を秘していた。

 

若くして小寺の殿様の信頼厚く、仕え働くこと数年来。

東に織田、西に毛利。

官兵衛の郷里・姫路は揺れていた。

 

「毛利に付くか、織田に付くか。」

 

小勢力に過ぎぬ小寺家には、戦国乱世の倣い。

生き残りを賭けた決断の時が迫っていた。

 

 

 

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「織田でござる。

小寺が生き抜く道は、他にありませぬ」

 

若き官兵衛は内に秘めた情熱を迸り、冷静論理を主君に説いた。

 

「しからば、頼む。」

 

賢明にして懸命なる説得の賜物である。

命を受け官兵衛は単身、織田方の本拠・岐阜へ乗り込んだ。

 

 


羽柴秀吉

西方戦線を任される気鋭の将、今回、お取次ぎ役である。


「小寺官兵衛殿。

此度は大儀でござった~!
おみゃあさんのおかげで、播磨に戦乱を持ち込まんで済むかもしれん!」

 

ゴマすり男の羽柴秀吉は、一軍の司令と思えぬ親しみやすさ。
初対面である。

官兵衛の両手を握り、力強くブンブンと振るう。

 

 

 

「・・・礼には及ばぬ。
播州の民草の為、信長公に付くが良策と判断したまで。」


官兵衛は、愛想が悪い。


豪快情熱的気質の播州人の中では、官兵衛は取り分けて賢しく冷静であり、およそ似つかわぬ個性を放つ。

しかしその胸の内は芯まで播州気質。

此度も御家の為といえ、一戦も交えず臣従した結果は熱き誇りに少なからずも不服はある。

それを隠し切れない不器用さが官兵衛、血の通った人間らしさで、それを呑んで合理的に状況判断できる知性が有能さであった。

 

「それでも、礼を申させてくりゃあ!

・・・戦など、せん方が良い、皆が笑って暮らせる世を作るンサ。

これはその一歩じゃ!

のう小官殿!」

 

「・・・コカンは、よされよ」

 

変なあだ名を付けられては、たまらぬ。

 

 

 

「さて小寺家の臣従は果報であったが、」


秀吉の傍らにあった色白の書生風、静かに語り出す。

 

「赤松、別所や諸将は内心わかりませぬぞ。

何分播州人の気質は剛毅ゆえ。

秀吉様、ゆめゆめ警戒を怠りませぬよう」

 

ひと目に智恵者とわかった。

官兵衛は、直感、この男が己の同類だと理解した。

 


竹中半兵衛

切れ長の細い眼は奥底が知れぬ、全てを見透かすような不気味さがあった。

 

しかし秀吉がこの参謀に向ける眼差しには、真実の友愛。
暖かさがある。


なるほど人たらしの大将に、稀代の軍師とは。

唐土劉備玄徳と諸葛孔明の風があるわけだ。

 

「ともあれ、よろしくコカン殿」

 

半兵衛が手を差し出す。

 

 

「・・・コカンはよせ」

 

官兵衛は杓子定規だが、半兵衛の手を握った。

 

 

後に二兵衛、両兵衛と呼ばれる秀吉の股肱の軍師。

これがその最初の出会いであった。

 

 

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 信長に謁見する。

 

諸将が居並ぶ中、広間に傅(かしず)き、名乗り、口上を述べる官兵衛。

 

西洋風の装束を纏う奇異なる信長の貌をチラと見上げ、音に聞こえる覇者の風を認めて、

(・・・なるほど王者の風格は、さながら曹操孟徳というわけか)

 

僅か、わからぬくらい微、官兵衛はニヤと笑んだ。

笑んでいなかったかもしれぬ。

それくらい僅かである。

 

が、信長はピクと眉を上げ、立ち上がる。

口上の途中など有無も言わさず、傍らの小姓から名刀『へし切長谷部』をブン取ると、ズンと迫って抜刀し、官兵衛の肩にへし当てた。

 

「と、殿っ・・・!」

 

たまらず秀吉が下座からしゃしゃり出るところ、半兵衛が制した。

 

 

 凄まじい形相で、信長は官兵衛を見る。

 

「うぬは、何を望む」

 

官兵衛の額に冷や汗が一筋つたう。

心の臓がドク、ドクと響く。

 

長い時間が経ったように思えて、寸分、冷静を得た。

官兵衛はゴクリと唾を呑み込み、信長には目を合わさず、言った。

 

「・・・播磨一国。」

 

 

自分でも、なぜこんな言葉が出たかわからぬ。

播磨のうちの小国の、小寺の家の一家臣に過ぎぬ小身が、しかも忠臣、野心など抱いた覚えは一度も無い。

 

稀代の覇者・信長の英傑の格が、官兵衛の秘めたる心の奥底の、己でも気づかぬ意志を喚起せしめたとでもいうのか。

 

「・・・フ。フハハ、フハハハハハハ!!」

 

信長は高笑いし、鞘に戻した『へし切長谷部』の名刀を官兵衛に下賜して、言った。

 

「コカンよ。励めぃ」

 

 

「ははーっ!」

 

深く頭を垂れて、こうして小寺官兵衛は、織田信長への臣従を認められた。

 

 

 

 

 

続く