統合開発環境"Eclipse"の歴代バージョンとコードネームについて①
"Eclipse"(エクリプス)は、1990年代にアメリカのIBM社で開発された統合開発環境(Integrated Development Environment)である。
プログラム・ソースコードの編集機能やアプリケーション作成のためのコンパイラ、デバッグツール、その他多様な開発支援ツールを統合したマルチプラットフォームとして、システム開発における作業効率化を図る。
後に多言語対応およびオープンソース化し、非営利組織・Eclipse Foundation(Eclipse財団)の運営で多くの開発者による改修・拡張を繰り返しながら現在に至り、世界中の様々なシステム開発現場で幅広く利用されている。
なおEclipaseとは天文学における食(蝕)、日食や月食を意味する。
2001年にバージョン1.0がリリースされて以来、Elclipseは多様なオープンソースプロジェクトを統合して2.0、2.1から3.0、3.1へとバージョンアップされた。
2006年、バージョン3.2のリリースから、コードネームの命名が行われる。
以後13年間、2018年リリースのバージョン4.8に至るまで、毎年6月にアップデートされる新バージョン毎にそれぞれコードネームが命名された。
はじめ天文学に関連する命名、のち頭文字のアルファベット順継承から天体、科学、化学元素等に関する命名へと変遷する。
歴代バージョンのコードネームおよびその由来と概要を以下に記す。
Eclipse version 3.2 "Callisto"
2006年6月にリリースされたバージョン3.2において、初めてコードネームが命名された。
"Callisto"とは木星の月(第四衛星)であるカリストに由来する。
カリストは、1610年にイタリアの天文学者ガリレオ・ガリレイによって発見された。
敬虔なカトリック教徒であったガリレオは、一方で数学・物理学・天文学等の分野で卓越した学術的業績を上げており、その見識から当時キリスト教の世界観を支配していた天動説(宇宙の中心は地球であり、他の全ての天体は地球の周りを回っているとする説)に対して懐疑的であった。
約70年前、ポーランドの天文学者ニコラウス・コペルニクスが主張した地動説(地球が太陽の周りを公転しているとする説)は当時、革新的でありかつキリスト教世界の教義から異端思想と看做されたが、ガリレオはこれを支持した。
オランダで望遠鏡の製作技術を学んだガリレオは自身で20倍率の手製望遠鏡を製作し、木星の周りに3つの小天体を発見。
数日間の観察の結果、これらが木星の周りを回っている事を確信し『星界の使者(Sidereus Nuncius)』と題する論文において地動説を裏付ける学説として発表した。
この時発見された(のち発見される1つを加えた)4つの衛星(イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト)を、"ガリレオ衛星”と呼ぶ。
(後述するが、Elclipseのバージョン3.2~3.5までのコードネームはこのガリレオ衛星に由来する。)
カリストの直径は4,820 kmで、ガリレオ衛星の中で2番目に大きい。
組成は岩石と水氷、木星の強大な潮汐力の影響で次々と飛来する隕石により地表は荒れ果て、衛星表面のクレーター密度は飽和状態にありクレーター数は太陽系天体の中でも屈指の多さを誇る。
カリストの名はギリシャ神話に登場するアルカディア王リュカーオーンの娘・カリストーに由来する。
イタリア語でカッリスト (Callisto) は「最も美しい」という意味を持ち、神話におけるカリストーも美貌の乙女で主神・ゼウスの愛人となる。
カリスト表面の主な地形は、北欧神話や北極圏諸部族の神話から命名されたものが多い(ヴァルハラ盆地やアースガルド盆地など)。
Eclipse version 3.3 "Europa"
2007年6月、バージョン3.3がリリースされた。
3.2 "Callisto"では10のプロジェクトから拡張機能が追加されたが、3.3 "Europa"においては21のプロジェクトからPluginがリリースされ、19ヵ国310名の技術者によって開発された1,700万行を超えるコードが提供されている。
"Europa"とは前述のカリストと同様ガリレオ衛星の一つである木星の月(第二衛星)、エウロパに由来する。
エウロパの直径は3,138 kmで、ガリレオ衛星の中では最も小さい。
衛星表面は分厚い氷の層で覆われており、地下には巨大な海洋が広がっている事が研究により確実視されている。
海、そして母なる木星がもたらす潮汐力の恩恵で活性化する海底火山活動(2016年、ハッブル宇宙望遠鏡により海底火山の噴出を支持する観測結果が得られている)は、生命の発祥に必要な成分を生み出し得る。
エウロパは現在、太陽系の中で最も地球外生命体が存在する可能性が高い環境として注目を集めている。
SF作家アーサー・C・クラークの代表作『2061年宇宙の旅』および『3001年終局への旅』においても、エウロパに発生した原始生命体の存在が物語上で重要な役割を果たしていた。
エウロパの名は、ギリシャ神話におけるテュロスの王女・エウローペーに因む。
白い牡牛に変じたゼウスが彼女を掠奪した伝説は星座・おうし座の由来となった。
またエウローペーが海を渡った先の西方の地として「ヨーロッパ」の語源になったとヘロドトスの『歴史』に記されている。
Eclipse version 3.4 "Ganymede"
2008年6月にリリースされたバージョン3.4では、24種類の主要プロジェクトから豊富なPluginが追加された。
"Ganymede"はガリレオ衛星のうち木星の第三衛星、ガニメデに由来する。
ガニメデの直径は5,262 kmで、これは太陽系内に存在する衛星(月)の中で最も大きい。
また太陽系全ての天体のうち9番目に巨大であり、惑星である水星にも勝る。
組成は岩石と水氷、硫化鉄と鉄からなる液体の核を持った分化天体であり、またエウロパと同様に内部海を持つと考えられる。
2015年、ハッブル宇宙望遠鏡を用いたドイツ・ケルン大学の研究チームによる観測の結果、厚さ150kmの地表層の下に深さ100kmにも及ぶ巨大な大洋が存在する可能性が示唆され、これは地球の海より水量が多く太陽系内でも最大規模とされる。
SF作家ジェイムズ・P・ホーガンの代表作『星を継ぐもの』および続編『ガニメデの優しい巨人』では、ガニメデで発見された巨大な宇宙船の残骸、そしてガニメデ人とも称すべき巨大な知的生命体の存在が物語の重要な鍵となっていた。
ガニメデの名もまた、ギリシャ神話に登場するトロイアの王子・ガニュメデスに由来する。
オリュンポス十二神に不死の酒・ネクタールを給仕し、ゼウスに近侍する美貌の少年である。
ガリレオ衛星には(後述するイオも含め)これらギリシャ神話におけるゼウスの愛人の名が付けられているが、これは元々ガリレオ自身の命名によるものではない。
ガリレオとほぼ同時期に、独立して木星の四衛星を発見したと主張するドイツの天文学者シモン・マリウスが、木星(ジュピター、ローマ神話におけるユピテル。ギリシャ神話のゼウスと同一視される)に侍る四つの月にそれぞれゼウスの愛人の名を付けたのだ。
一方でガリレオは、自身のパトロンであるトスカーナ大公コジモ2世・デ・メディチに敬意を表し、四つの月を “Cosmica Sidera”(コジモの星々)と命名した(のち大公自身の提案で“Medicea Sidera”(メディチ家の星々)と改称している)。
個々の名称は長らくジュピターⅠ,Ⅱ, Ⅲ,Ⅳとの付番で呼ばれていたが、20世紀後半までに他の数多くの衛星が発見され(現在、木星の衛星は計79個とされる)、やがて現在の固有名(マリウスの命名)が用いられるようになった。
2009年6月にリリースされたバージョン3.5のコードネームは当初、"Io"(イオ、木星の第一衛星)が予定されていた。
しかしシステム開発業界において、入出力(input/output)を意味する「I/O」という用語との誤認が懸念された事から、ガリレオ衛星の発見者ガリレオ・ガリレイに因む"Galileo"のコードネームが充てられた。
ちなみにイオは、木星の衛星の中で四番目に大きくかつ最も高密度な天体であり、地表には400を超す火山が隆起し活発な火山活動を繰り広げている。
硫黄と硫黄化合物を含む噴煙は地上500kmまで立ち昇り、多数の火山噴出物と溶岩流が衛星表面の様相を大きく変化させ黄・赤・白・黒・緑の鮮やかで不可思議な色調が彩る。
富野由悠季、長谷川裕一の『機動戦士クロスボーン・ガンダム』において、木星圏に居住するスペースノイド国家・木星帝国の前線基地が衛星イオに設立されており、活発な火山活動による脅威の中で繰り広げられる白熱したMS戦の描写がとても印象的だった。
ガリレオ・ガリレイは、ガリレオ衛星の発見をはじめとする論拠に基づき地動説を支持したため、カトリック教会による異端審問を受けている。
1616年、第1回宗教裁判の後ローマ教皇庁は地動説の禁止を布告し、関連図書の閲覧を禁ずる措置を取った。
それでもガリレオは自説を撤回する事なく、1632年に地動説の解説書『天文対話』を出版。
これがローマ教皇庁の逆鱗に触れ、1633年、第2回宗教裁判においてガリレオは有罪判決を受けてしまう。
この判決によりガリレオは地動説放棄の誓文を書かされ、以後無期懲役として監視付きの邸宅に軟禁され不遇の晩年を過ごした。
裁判で地動説を撤回した後、「それでも地球は回っている」と発言した、という逸話が有名であるが、これはガリレオの死後100年以上経った1757年、バレッティの『イタリアン・ライブラリー』において見られる出典の不明瞭な記載である。
当時の状況を鑑みても発言を事実とは考え難く、後世にガリレオの信奉者達が付け加えたとする説が有力があるとイタリアの科学史学者ウィリアム・R・シーアは指摘している。
②へ続く
【参考文献】
・『Eclipse: Behind the Name』eWeek.com、Ziff Davis Enterprise Holdings
・『Eclipse Forms Independent Organization』Press Release
・『徹底解剖!! Eclipse3.3 Europaの“新世界”』岡本隆史、NTTデータ基盤システム事業本部
・『太陽系内の衛星表』国立科学博物館.
・『ガリレオの求職活動 ニュートンの家計簿』佐藤満彦、中公新書
・『オックスフォード天文学辞典』朝倉書店
・『ローマのガリレオ―天才の栄光と破滅』ウィリアム・R・シーア
・『機動戦士クロスボーン・ガンダム』富野由悠季、長谷川裕一、角川書店
・『2061年宇宙の旅』アーサー・C・クラーク、ハヤカワ文庫SF
・『3001年終局への旅』アーサー・C・クラーク、ハヤカワ文庫SF
・『星を継ぐもの』ジェイムズ・P・ホーガン、創元SF文庫
・『ガニメデの優しい巨人』ジェイムズ・P・ホーガン、創元SF文庫