三好三大天 第一話『桃園の誓い』

 



時は戦国。

 


四国は、阿波徳島に三人の男がいた。

 


長逸(ながやす)、政勝(まさかつ)、友通(ともみち)。

 

 

春風が吹き抜けて一面に、桃の花が咲き乱れる。

長逸は盃を掲げ二人に語りかけた。


「我ら、義にて結ばれし三兄弟。

上は大殿を支え奉り、下は民草に至るまで。志を同じくして助け合い、困窮する者らを救わん!」

 

 

 

長逸は、幼い頃に家族を亡くした。

 

徳を重んじ、目一杯の愛情を注いで育ててくれた偉大な祖父。

厳格でいて優しくて、立派な武人であった父。

皆、戦で討ち死にをした。

 

乱世である。

 

長逸の青春は苦難の日々だった。

一族の大半を喪って戦火に追われた三好家の者らを、まだ若く幼い長逸は懸命に守り、よくも生き延びた。

 

厳しい時代にこそ人の情、仁徳を重んじ助け合う。

己ひとりが生き抜くにも必死な乱世にこそ、人を思い遣る心を忘れない。

__容易な事ではない。

しかし偉大な祖父の教えを長逸はよく守った。

 

仁徳の士・三好長逸(ながやす)。

 

精悍な若武者に成長した彼は、今、三好の長兄として桃園に誓いを立てる。

 

 

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一族の豪傑・三好政勝。

無双の怪力を誇るこの偉丈夫は、長逸の仁徳に惚れ込んだ。

 

 

乱暴者と罵られる彼だが、その粗暴さの裏には巨躯と異形を皆に恐れられ、忌み嫌われた悲しみがあった。

 

そんな政勝にとって、誰とも分け隔てなく誠実に接する長逸から受けた情、その親しみと優しさは胸を打った。

 

初めは不遜な態度であった政勝も、長逸の仁徳に触れ次第に心を開き、今や無二の同志となった。

 

「長逸殿が築く仁の世のため。

俺は命を捨てても惜しくはねえ!」

  

政勝は、太く逞しい腕を上げ桃園に盃を交わす。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

岩成友通(いわなり ともみち)。

 

出自は、定かでない。

卑しい生まれであったのかもしれない。

 

生来賢く、怜悧な智略と才気があった。

 

友通の父が三好家の下働きをした事から、友通もまた三好に仕えた。

めきめきと頭角を現し実力を示す友通を、しかし周りは素直に才を認めず、かえって心無い者らが彼を謗り蔑んだ。

 

賢い友通は幼心にも、それは己の身分が低い故だと気付いていた。

 

 

そんな彼にも分け隔てなく誠を尽くし、その智を見出し敬意すら表したのは三好一門の若侍、長逸であった。

 

人を疑うよう育った友通だが、長逸の徳に触れて人生が変わる。

理想に燃えるこの若武者が、利己や打算で生きている事では無いと友通は知った。

己を守るため冷たく閉ざしていた心は溶け出し、長逸の徳に次第に感化され、今や無二の同志となる。


 

「長逸殿が掲げる仁の志。

私は、真に仕えるべき主君を得たり!」

 

鋭利な智略をたたえる貌は若き情熱に満ち満ちて、友通もまた桃園に盃を交わす。 

 


 

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「生まれた時は違えども。

死ぬ時は揃って同じ年、同じ月、同じ日を願わん!」

 

長逸、政勝、友通。

 

志を同じくする三人の男たちは、今、一面の桃園に義兄弟の誓いを交わした。 

 


キィィーーーーン

 


盃が重なり、鳴り響く。

 

 

 

春風が心地良く流れた。

 

 

 

後に戦国乱世を駆け抜け、"三好三大天"と讃えられる将星たちの、これが始まりの地であった。

 

 

 



三好三大天  第一話『桃園の誓い』 終わり

 

 


 

メイキングオブ徐晃伝

 

私が三国志に熱中した最初のきっかけは、中学生の頃、友人宅で遊んだ『真・三國無双2』でした。

疾走感のある音楽、一騎当千と無双の爽快感、三国戦乱のスペクタクルと多くの魅力的な登場人物たち。
まったくの異文化にして全てが胸を熱くする、斬新で大きな衝撃を受けた記憶が残っています。

 

やがて『真・三國無双3』を購入し、とにかく熱中して家で一人でひたすら遊んでおりました。

学校に行っても、脳内では三國無双の事ばかり考えていた時期もありました。

 

三國無双との出会いは、中国史ひいては歴史全般に対する強い興味を惹かれたきっかけの一つになったと思います。

 

 

 

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高校生になると歴史を好む趣向はより顕著となり、とにかくたくさんの本を読みました。
国史十八史略から始まり、史記、そして三国志を詳しく知りました。

 

当時の無双シナリオはかなりの割合でゲームオリジナルであり、群雄たちの生涯とその最期、三国の行く末など、史実(あるいは原作の演義)を再現しない部分が多かったと感じます。

そのため三国志の、元々の物語を初めて通して読んだときの面白さには非常に大きな興奮と感動を覚えました。

ゲームを通じて断片的に知り得た情報の数々が、一つの物語を軸に次々と繋がり完成していく。
これほど面白くて、心から熱中できる事は他にありませんでした。

 

三国志、最高!

 

 

 

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大学でも歴史を学びましたが、専攻はドイツの軍事史だったこともあり数年間、三國無双も含め中華史から離れてしまった時期がありました。

 

もう新作を発売日に買うような情熱も何も、全く失っていた頃のことです。

ふと『真・三國無双6』が新しく発売するという情報を得て、懐かしいなぁと思いなんとなく、公式サイトにアクセスしてみました。

 

ページを開いた瞬間に流れ出したのは、重厚なギターリフと疾走感みなぎるベースライン、あの懐かしい思い出の日々、三國無双を象徴するかの如き鮮烈で痛快な、めちゃカッコいい~~BGMでした。

(ちなみに、♪呉郡攻略戦の曲でした。)

 

めちゃくちゃテンション上がった。

往時の記憶がまざまざと甦り、かつて他の何も考えられぬほど熱中した三國無双という神作品に対する熱い想いの数々が一瞬のうちに喚起され、あとはもう夢中になって食い入るように公式サイト上のあらゆる情報を閲覧しておりました。

 

買おっ!

 

こうして数年振りに衝動的に、三國無双の世界に復帰しました。

 

 

 

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満を持して世に出た最新作『真・三國無双6』は、期待に違わぬ最高傑作でした。

 

シネマティック一騎当千を謳うその圧倒的ボリュームのストーリーモードは、三国志演義の物語に今だかつてなく忠実に寄せた、いわば原作本来の重厚な人間ドラマ、群像劇に焦点を置きそのハイクオリティ映像美と痛快な臨場感溢れる演出を以って再現した革新的タイトルでした。

 

文字通り寝食を忘れて、数年来のブランクを埋めるようにひたすら熱中したものです。

 

 

この時、生涯を変える出会いがありました。

 

姓は徐、名は晃。字は公明。

 

魏の武将で、あまりこれといって残る特徴や印象的場面は無かったように感じます。

なんとなく、まぁ、いるよね。

ずっといる。

いるのは知ってるよ。

 

そんな存在でした。

 

 

 

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 『真・三國無双6』というゲームで最強の武将は誰か?

 

それは徐晃です。

 

呂布でも、関羽でも張飛でもなく、徐晃でした。

 

あくまでゲーム性能でというお話ですが、徐晃のC3→EX攻撃「武の頂が見える」は、自身に時限超絶耐性強化のスキルを付与し、難易度:修羅の呂布が繰り出すHPゴッソリ削り攻撃すら、ミリのダメージしか食らわないガチガチの堅物となる事が出来ました。

 

この特性はゲームバランスの崩壊をもたらすほど強力で、高難度レア武器の収集など、トロフィー・コンプリートを目指すプレイヤー達にとって徐晃の圧倒的武の頂きは革命的恩恵をもたらしたのです。

 

強キャラ厨というわけでもないので、もちろん物語も楽しみ色んな武将で一通りじっくりと遊んで、しかし最終的には効率が断然違ったので、とにかく徐晃を使って様々な高難度ミッションやクロニクルモードなど、徐晃と共に無双6を遊び尽くしました。

 

あまりにも強すぎたので『真・三國無双6 猛将伝』ではEX攻撃に下方修正が入り、武の頂から遠ざかってしまいますが、どうした事か、弱くなっても何となく徐晃徐晃を使ってしまう自分がいる。

 

友人との2人プレイとか、レジェンドモードやチャレンジモード、誰か一人武将を使いましょうという場面で何となく、いつも徐晃を選んでしまう。

 

真・三國無双7』では徐晃はもう強キャラでも何でもなくなりましたが、公式サイトのアクション動画ではまず真っ先に、徐晃を見に行ってしまう自分がいる。

 

 

徐々に、しかし気づいた頃には決定的に、徐晃は自分の中で無二の存在となっていたのです。

 

 

 

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徐晃の事蹟について、学びました。

 

総合的な三国志の作品ではあまり徐晃の出番は描かれないので、ネットの情報を中心に熱心に調べて学習しました。

 

徐晃は、他の魏の華々しい活躍を飾る武将たちと比べると一見地味で目立ちません。

 

しかし徐晃は知れば知るほど、調べれば調べるほど非の打ち所がない。

 

長きに渡る三国の戦乱で少なくとも三十年以上は第一線で戦っていますが、ただの一度も負けがない。

 

これは曹操をして「孫武にも匹敵する」と称賛されたように、兵法の理に適った戦い方をしているからだと強く感じます。

 

 

私自身、高校生の頃に孫子の兵法と出会い、鮮烈な衝撃と多大な影響を受けました。

きっかけは歴史上の英雄たち、曹操はじめ武田信玄、ナポレオン、東郷平八郎に至るまで多くの賢人が孫子を重んじていた事から、原典に当たってみようと思ったためです。

 

そこに記された徹底的合理主義による実践的な問題解決思考は、古代の戦争のみならず人間社会のあらゆる事象に適用される、真理を説いていると感じました。

 

長年に渡り読み続け、少しずつ着実に人生観に取り入れて、今に至るまで孫子は自分にとって座右の書と思い愛読しています。

 

 

 

「戦わずして勝つ」

「まず勝ちて後に戦う」

「敵を知り己を知れば百戦して危うからず」

 

孫子兵法では様々な金言が語られますが、要点を絞って説くならまず無理をしないこと。

確実に勝てる状況を整えてから戦うこと、自軍が決して負けない状況を作ること、そのために徹底的な情報収集を重んじること。

 

徐晃の事蹟は、この条件を全て忠実になぞっていると感じます。

 

 

袁家との戦いで敵城を攻めず、理を説いて降伏させ、戦わずして勝った手腕。

襄樊での関羽との戦いでは不利な状況にあっては決して動かず、戦況の把握と友軍との連携に徹して、好機と見るや一転して攻めに転じたその戦い方。

 

他にも兵糧を焼く、渡河して敵の意表を突く、盟約を重んじて諸侯の手を借りる。

三國無双シリーズでひたすら筋トレに励み武の頂きを目指す、ともすれば脳筋ゴリラ武官とも取られかねないイメージとはかけ離れた、非常に冷静で智的な、それでいて将帥としての偉大さが、数々のエピソードから感じられます。

 

 

極め付けは、その清廉な人格でありましょう。

 

多くの武功を上げ、天下の大将軍として君臨するも決して驕らず「世の人は良い主君に恵まれない事を悩みとしている。拙者は曹操殿という素晴らしい主君に仕える事が出来て、これ以上の幸せはない。個人の功名など不要でござる」(魏志「張楽于張徐伝」)

 

「周亜夫の風格がある・・・」と曹操を敬服させたこの象徴的なエピソードからも、徐晃の誠実で廉直な人格が伝わって参ります。

 

 

 

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つい、長くなってしまいました。

ここまでお付き合い頂き、ありがとうございます。

 

題名に冠しました「メイキングオブ徐晃伝」ですが、当大河ブログで更新している『徐晃伝』についてその想いを語ろうと、前提から話し出したところ思いのほか長くなってしまいました。

すっかり、貴重なお時間を頂いてしまいました。

 

 

「文章を書きたいな」と思い、全く下手で素人でお恥ずかしい限りですが、今まで自分に欠けていた行動力、とりあえず書いて、下手でも世に出して、場数を踏んで整えて行こうと思い切って更新してみました。

 

初めのうちは溜め込んでた構想が多く整理出来ていたので、やりたい事を拙いながらもやれてたのかなと思います。

しかし最近は段々書きたい事の構想不足のまま書いてしまって芯が弱く、構成がぐだぐだになって来てしまいました。

あと更新ペースもやたら早過ぎた。

追えて読んでくれてる人がかなり少なくなってしまってる感じ。

反省しています。

 

物語中盤からは関羽徐晃の因縁を描こうという意図が先行するあまり、形式だけ追って関羽の人物描写が足りず、徐晃がどんな意志で乱世を生き抜いているか、読み手が納得できるような中身が伴わなくて、内容が薄くなってると危機感を募らせています。

 

一旦、構成を見直してブラッシュアップして、内容を改めて参りたいという思いでいます。

その合間このように単発で、普通にブログっぽい文章も書いていっても良いのかな、と今回の更新に至った次第であります。

 

 

フォトモードの記事とかも書いてみようかな!

Twitterでもやってるけどね!

 

皆さん、いつも素晴らしい無双ツイートの数々をまことにありがとうございます。

 

 

三國無双、最高~~!!!

 

 




 

まとまりもなく書き連ねてしまいましたが、ここまで読んで頂き本当にありがとうございました。

今後とも何とぞ宜しくお願い致します。

 

 

 

 

 

メイキングオブ徐晃伝 終わり

徐晃伝 二十五『激闘の行方』

 

※この物語はフィクションです。

 

徐晃関羽は、持てる武の限りを尽くして戦った。

 

激しく合わさる刃が武の髄を現し、戦いを通して互いの生き様を語り合う。

 

良き宿敵(とも)を得たり___。

 

鋼を熱く打ち合い死闘を演じながら、二人の表情には笑みすら浮かんだ。

 

 

 

しかし、それゆえに両雄は、命運を決すべきが今日この場所ではないと知る。

 

刃を通じて伝わる懸念は脳裏をよぎる要衝・江陵の帰趨(きすう)。

 

「・・・水をさしたな、徐晃殿」

 

武人として雌雄を決さんと望む一方、将として、ここで決闘に終始は出来ない。

関羽殿、それは拙者とて同じこと」

 

一軍を率いる将として、戦略を成す役割がある。

 

両軍に伝令兵が駆け参じ、戦況が伝えられた。

「江陵の曹仁殿、援軍と合流されたとの由!」

孫呉の大軍は一時長江へ退いた模様!」

 

 

関羽は偃月刀を降ろし、徐晃に向かって言う。

 

「すまぬな徐晃殿、この機に荊州を征さんとするは軍師殿の御指図。

義兄・劉玄徳の大志がため!

貴殿との決着は、後に預けさせて頂こう」

 

徐晃が応える。

「承知した。

拙者とて曹仁殿のお命、救う役割がござるゆえ」

 

 

二人は矛を収めた。 

 

「いずれまた、戦場で相まみえようぞ!」

 

赤兎馬を翻し、関羽が背を向ける。

 

 

・・・八年前のあの日と同じように、徐晃はその背を見送った。

関羽の武に届かぬ己が未熟さを悟り、自ら斧を落とし戦わずして負けた、その悔しさと不甲斐なさを片時も忘れたことはない。

 

しかし、かつての思いと今は異なる。

 

関羽との再会は、徐晃が歩んできた道を肯(がえん)じた。

 

遠く遥かな障壁と追い続けた関羽の武に、刃が届いた。

決着を見ずとも、一歩も引けを取らず武を奮い堂々と渡り合った。

 

 

徐晃は蒼く晴れた天を仰いで、神妙に目を閉ざす。

 

 

 

・・・武の頂が見える。

 

 

関羽殿、貴公との決着はいずれ天の時を得よう。

それまで拙者はひたすら修練に励み、武を磨くのみ」

 

乱世に生きる武人・徐晃は、ただ武を磨き奮い、曹操の覇道を支えて駆ける。 

 

 

 

 

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満寵は良く指揮を執り、劉備軍を足止めして味方が撤退する時間を稼いだ。

 

徐晃も戦列に戻り、江陵から退却した曹仁と合流する。

 

「満寵殿、徐晃殿。救援かたじけない!

無念だが江陵は守りきれなんだ・・・」 

 

泥と傷だらけの鎧兜が、江陵での激戦を物語る。

 

満寵が言った。

「いえ曹仁殿、これで良いのです。

今後も孫・劉の圧力から江陵を維持する事は、今の我々には困難です。

曹仁殿が砦をよく堅守し、孫呉の兵を退かせてくれたおかげで、この隙に関羽が城を取るでしょう。

この展開は我々の筋書き通りです」

 

満身創痍の曹仁の眼に、希望の色が浮かぶ。

「なんと、そこまで先を見通していたとは・・・自分も及ばずながら、奮戦した甲斐があったというもの」

 

 

 

今回の荊州戦役で、曹操軍はその版図を大きく北へ後退させる。

一方で大局は、目論見通り荊州の帰趨を巡る孫・劉の利害対立を浮き彫りにした。

 

この布石は後に大乱を招き、徐晃の宿命も大きく左右する事になるが・・・

 

「さあ、帰ろう徐晃殿。

此度の戦役は長く、過酷だった。

兵達にも私達にも、今は休息が必要だ」

 

 

満寵と徐晃は手を取り合い、共に難局を乗り切った。

 

 

かけがえのない戦友(とも)である。

 

 

 

 

許昌を目指し、今はただ帰路に途いた。

 

 

 

 

 

 

徐晃伝 二十五 終わり

 

 

徐晃伝 二十四『武人の生き様』

 

※この物語はフィクションです。

 

徐晃は、乱世に生まれた。

 

良き親に育てられ友にも恵まれた。

しかし戦乱を深める時代の潮流は自然、彼を武人として成長させた。

 

過酷な戦場を幾多も経験し、暗迷と葛藤の日々も乗り越えて、徐晃は真に仕えるべき主・曹操と出会う。

乱世統一の大望を支え、武の頂きへ至らん。

 

生来賢く、廉直な求道的精神を備える徐晃は己が行く道を武門と定め、その極みを見るべく生涯を駆ける。

 

 

そんな徐晃と生き様を同じくする男がいた。

 

関羽

 

仕える主こそ違えど、互いに武人として歩む道は同じ。

 

 

だが徐晃の前に立つ関羽の威容は遥かに大きく高く、遠い。

その巨大な影がいつなんどきも徐晃の行く道を覆い陽の輝きを遮った。

 

「拙者はまだまだ未熟でござる…!」

 

徐晃が、長い戦乱を生き抜きその武を研ぎ澄まし将として数多の武勲をあげようと、決して驕らず己に厳しく在り続けたのは関羽の存在が大きかった。

 

 

己が生き様の鑑にして、高く大きくそびえ立つ壁。

 

 

 

武人として在るべき雄姿、その威を追い続けここまで来た。

 

 

かつては共に戦場を駆け、武を語らい、交誼を結んだ友でもある。

 

 

徐晃関羽は今、敵味方として戦場に相対する。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

徐晃

大斧を持ち、白い頭巾と青い鎧に覆われた強堅な体躯からは、洗練された並々ならぬ武を感じさせる。

 

その姿を見て関羽が語り掛けた。

「おお・・・我が友よ、徐晃殿。

その清廉なる武、いささかも曇らず。

共に戦場を駆けた日々・・・あれから一体どれだけの月日が流れたものか」

 

青龍の如き関羽の堂々たる風貌を前に、徐晃が応える。

「お久しゅうござる、関羽殿。

貴公こそ変わらぬ堂々たる武・・・いや、益々その頂きへと近づかれたか」

 

鉄と血の飛沫が舞う戦場に束の間、二人は互いの眼を見つめ、静寂の中で過日の友誼を懐かしんだ。

 

 

 

関羽が偃月刀を構える。

「義兄・劉玄徳の大志がため!

荊州は我らがもらい受ける。

邪魔立ていたすとあらば、徐晃殿とて容赦は出来ぬ!」

 

徐晃も大斧を構え、応えた。

「無論でござる!

国家の大事に私情は無用、拙者とて曹操殿の大望のため。

関羽殿、いざ!」

 

 

 

徐晃は武人として、その生き様の渾身を賭けて関羽に挑む。

 

 

二人の刃が激しく打ち合った。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~ 

 

一騎討ちは苛烈を極め互いに譲らず、至極の武を奮い戦う。

 

偃月刀と大斧が打ち合うこと十数合。

まったくの互角、周囲の将兵は両雄の傑出した武の応酬に圧倒される。

 

徐晃殿、見事!

よくぞここまで武を磨き抜かれたものよ・・・!」

 

関羽は長い顎髭をたなびかせ、徐晃に賛辞を贈る。

 

関羽殿、拙者はまだまだ未熟でござる。

されど貴公の刃を受けて、その魂の滾(たぎ)りしかと伝わり申す!」

 

 

武人は刃で語り合う。

 

徐晃関羽は、刃を交える事で互いが駆け抜けてきた戦いの日々を知った。

 

己が仕える主君の大望に、その身命を賭す信念を知った。

 

武人として乗り越えるべき敵、その影を追いここまで達した執念を知った。

 

互いの生き様を体現する武。

乱世を生きる武人として、その刃に宿す魂魄の凄絶さを知った。

 

 

「「良き宿敵(とも)を得たり」

 

 

徐晃はその生涯最大の好敵手、関羽との激戦に武の髄を奮う。

 

 

 

 

 

徐晃伝 二十四 終わり 

 

 

徐晃伝 二十三『軍神・関羽』

 

※この物語はフィクションです。

 

徐晃と満寵は騎首を並べて、樊城を出撃した。

 

孫呉の猛攻に苦しむ曹仁が江陵で救援を待っている。

 

しかし、江陵の北道を封鎖し曹・孫の合戦を睨んでいた関羽は樊城の動きを見逃さず、一軍を率いて進撃を開始した。

 

 

「・・・計画通り。

まずは陽動に乗ってくれたね」

 

満寵は活き活きと、その脳裏に描いた軍略を進める。

 

「うむ。

では李通殿、後は手筈通りに。

江陵はお任せいたす!」

 

「承知した!」

 

江陵の曹仁を救うべく、将・李通が大隊を率いて援軍に向かう。

彼らが味方と合流し、無事撤退する時間を稼ぐためには、関羽率いる劉備軍は今しばし足止めする必要があった。

 

徐晃と満寵の一軍は進路を変え、踵(きびす)を返す。

狙うは関羽の軍勢、その側面へと横槍を突いた。

 

 

両軍は漢津(かんしん)の地で激突。

 

訣別以来八年の時を経て、徐晃は再び関羽と邂逅する。

 

 

 

 

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劉備軍は予想外の方角から攻撃を受けて、浮き足立つ。

 

「ひるむな!隊列を整えよ!」

軍営から急ぎ駆け出て、将・関羽が指揮を執る。

 

 

戦場に翻る「徐」の旗印。

整然と陣形を成す敵軍の様を見て、関羽は嬉々として武人の滾(たぎ)りを感じた。

 

「・・・久しいな徐晃殿!

ここで一戦交えるというか・・・しからば過日の宿命、今日こそ果たさん!」

 

偃月刀を奮い、猛将・関羽曹操軍を迎え撃つ。

 

 

その雄姿を戦場に捉えて、徐晃は大斧を固く握りしめた。

「・・・満寵殿、しばし指揮はお預けいたす」

 

「任せてくれ。

徐晃殿、武運を祈る!」

 

 

 

「いざ!徐公明、参る!」

 

 

徐晃は牙断を振るい、宿命の武人・関羽との戦いに挑む。

 

 

 

 

徐晃伝 二十三 終わり

 

 

徐晃伝 二十二『赤壁の雪辱』

 

※この物語はフィクションです。

 

赤壁に大火が昇る。

 

夜空は赤く燃え盛り、曹操軍の大船団は紅蓮の炎に沈んだ。

 

 

徐晃は、河北出身の騎馬隊をよく率いた事から本大戦では水軍に加わらず、荊州の要衝・樊城(はんじょう)の防衛を担っていた。

 

赤壁決戦での曹操軍の大敗、そして辛くも生還した曹操の無事を聞いて徐晃は目を伏せ、拳を固く握り締める。

 

「こたびの大敗、痛恨でござろう・・・!

されど拙者は、曹操殿の大志を支え、己が武の研鑽に励むのみ!」

 

敗戦に揺れるこの後の局面こそ、徐晃の武の髄が問われる時だった。 

 

 

 

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荊州は、兵家必争の地と称される中華の要(かなめ)。

戦略上の要地である。

 

先立ってこの地を征した曹操だが、赤壁の大敗によって態勢が崩れる。

天下は今、荊州の帰趨(きすう)を巡る争乱の局面を迎えていた。

 

 

孫呉は余勢を駆ってこれを奪うべく、長江を渡って一気呵成に攻め寄せる。

指揮官は赤壁の立役者・周瑜

 

最前線は江陵(こうりょう)、守将の曹仁はこの地を死守すべく奮戦するが、赤壁の大敗から向こう救援も望めず劣勢に追いやられる。

 

 

 

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徐晃が守る樊城は荊州北部、南方の江陵とは遠く距離がある。

 

 

前線の曹仁を救うべく駆け付けたいが、迂闊に動けない理由があった。

 

関羽である。

 

 

曹・孫が江陵で龍虎相食む死闘を繰り広げる中、劉備軍はその隙をついて荊州占領を画策していた。

この展開を見通していた軍師・諸葛亮の策謀である。

 

荊州中~南部の大半を既に占領した劉備軍は、今や軍神と称される名将・関羽を前線に差し向け、虎視眈々と江陵をその射程に据えていた。

 

 

慎重に、しかし危急を要して軍略を練る徐晃のもとに、援軍を率いた満寵が駆け付ける。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

 「曹仁殿が奮戦し、周瑜が負傷したと聞く。

今が退き時だろう。江陵は放棄する」

 

樊城で軍議に付く諸将の顔を見渡して、満寵は作戦を説明した。

 

「・・・ただし江陵は孫呉でなく、関羽に取らせる。

孫呉が多大な犠牲を払って攻めた荊州劉備軍が横取りする形になれば、彼らの同盟に楔(くさび)を打ち込む事が出来るだろう・・・これが荀彧殿の策だ」

 

軍師・荀彧が最期に残したこの一手は、後に三国の世を大きく動かす事になる。

 

しかしその実現には今一歩、多大な困難が伴った。

 

徐晃が言う。

曹仁殿を救援して無事に撤退しつつ、孫呉の軍勢を破って江陵から退け、さらには関羽殿の軍を誘い込んで城を取らせる・・・

孫劉同盟への楔(くさび)とは大胆な策謀ながら、これを成す仔細は至難至極・・・!

実地では、緻密な計算を要し申す」

 

地図を隅々まで見渡しいくつも駒を配しながら、徐晃は眉間にしわを寄せる。

 

その手の先、『樊城』の文字の上に新しく青い駒を置きながら満寵は、いつもの屈託のない笑顔を徐晃に向けた。

「そのために私が来たんだ、徐晃殿。

さあ、私の智と徐晃殿の武、力を合わせて赤壁の雪辱を果たそう!」

 

 

 

「・・・心強い!」

 

徐晃も笑みを返した。

 

 

 

二人は諸将の中心となって軍略を練り、入念な想定と準備で万全の態勢を整えた。

 

将に徐晃、軍師に満寵が付いた一軍は樊城を出撃し、 江陵の曹仁を救うべく駆ける。

 

その動きを注視していた軍神・関羽が、軍を率いて動き出す。

 

 

 

徐晃伝 二十二 終わり

徐晃伝 二十一『覇道と王道』

 

※この物語はフィクションです。

 

曹操軍は荊州を征服し、南進を続けた。

 

この地に居た劉備は再び依る辺(べ)を失い、更には曹操軍の追撃を受けてひたすら逃げる他なかった。

 

新たに軍師・諸葛亮の力を得たものの、仁の人・劉備は己を慕って付いてくる民を見捨てる事が出来ず、南へ逃げる足は遅々として進まない。

曹操の騎馬軍は精強無比で、ついに劉備軍は追いつかれてしまう。

 

軍は離散し、劉備自身も馬車を失い這って逃げ出す有り様の中、報せが届いた。

 

劉備殿、奥方様が・・・!」

 

劉備の家族は、逃げ遅れた。

曹操の大軍の中に取り残されてもはや安否もわからない。

 

劉備は顔を歪めて拳を握るが、家族より民を。

仁者として、私情を捨てあくまで民の護衛を兵に命じた。

 

忠臣・趙雲は、そんな劉備の悲愴な覚悟と仁を貫く生き様に、命を捨てる決意をした。

 

単騎、踵(きびす)を返して槍を掲げ、趙雲は敵陣の真っ只中に飛び込む。

己の命に代えてでも劉備の子・阿斗を、次代に仁の志を継ぐ者を救い出すために。

 

 

 

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徐晃は騎馬隊を指揮し、ひたすら駆けて劉備軍を蹴散らした。

 

劉備の志は危険すぎる。

曹操の覇道に真っ向から対し、仁と称して乱世を深める火種は今、断っておかねばならなかった。

 

劉備の子・阿斗を取り逃がしました・・・!

単騎の豪傑が赤子を抱えて、逃走しています!」

 

曹操軍の各隊に伝令が行き渡る。

趙雲は見事に阿斗を救い出し、劉備のもとへ帰るべく駆けていた。

 

将・夏候惇は厳命する。

劉備の子を逃がしてはならぬ!

孟徳の天下のため、奴も、奴の志を継ぐ者も今日ここで討つのだ!」

 

 

 

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各方面に斥候(せっこう)を放ち戦況の把握を徹底していた徐晃は、いち早く趙雲に追いついた。

 

配下の騎馬兵が馬上の趙雲に斬り掛かるが、赤子を抱いていながら見事な身のこなしで追撃をことごとく躱(かわ)し、最低限度の動作で的確に兵を討ち倒して逃げ駆ける。

 

「なんと俊鋭な武よ・・・!

曹操殿の大志のため、拙者の武を極めんがため!

今日ここで討たせて頂く!」

 

 

徐晃が合図を送ると、伏兵の夏侯淵隊が一斉に火矢を射掛けた。

徐晃は一隊で逸ることなく、友軍との連携も忘れていない。

 

 

後続の騎兵に気を取られていた趙雲は伏勢の矢の雨をしのぎ切れず、落馬して、かろうじて赤子を守り抱き、今度は俊足で逃げ駆けた。

 

徐晃は、麾下精鋭の騎馬武者に長い鎖の付いた鉄球を武装させ、自らも駆って趙雲を討つべく猛追を開始した。

 

「ソイヤッ!」

 

眼前の城壁伝(づた)いに逃げ駆ける趙雲に、次々と鉄球が襲い掛かる。

 

馬上で手綱を握りながらに鎖をブンブンと振り回し、徐晃趙雲の進路を見極めて渾身の一投を放った。

 

鉄球は直撃の軌道を描くが、趙雲はその超人的体躯と瞬発力で咄嗟に上体を反らして躱(かわ)す。

しかし急停止で崩したバランスを取り戻すため、やむを得ず目と鼻の先を掠(かす)めた鎖に手を伸ばした。

 

「捉(とら)え申した!」

 

趙雲が鎖を握った瞬間、徐晃はそれをグイッと引き戻す。

 

普通ならこれで制御を失い無防備に中空に投げ出されるところだが、趙雲体幹は強堅だった。

引き寄せられる瞬間、横目に城壁を足で蹴って、かえって鎖の振るいを遠心力に用いてバランスを取り戻し、徐晃隊の騎馬兵への反撃に移る。

 

騎馬隊の列伍に乱れが生じ、この隙に趙雲は鎖を手放してストンと城壁の上へ降り立ち、徐晃隊の追撃を振り切って逃走した。

 

兵に動揺が走る。

「なんて奴だ、あれが趙雲・・・!」

 

将・徐晃は、毅然として隊の指揮を執る。

 

「深追い無用、陣形を再編いたす!

あちらの方角には夏候惇殿の隊がおり申す」

 

役割はここまでであった。 

 

 

 

 

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曹操軍は奮戦したが、武人・張飛の活躍は群を抜いていた。

その助けもあって趙雲は、阿斗を抱いて無事劉備のもとへ帰還した。

 

長坂橋を落とした劉備軍は長江を渡り、関羽率いる大軍と合流する。

諸将の活躍でこの危機的状況を切り抜け、曹操軍から逃げ切ったのだ。

これらは全て諸葛亮の筋書きである。

 

 

 

曹操はこの顛末を聞いて感嘆し、同時に、劉備という並みならぬ脅威との宿命を知る。

 

「天下に英雄足り得るは、わしとおぬしよ」

 

過日の言葉が脳裏をよぎった。

 

 

 

 

 

 

徐晃伝 二十一 終わり