『♰悪魔軍師♰シメオン』第2話・友 

 


小寺官兵衛は播州の人である。

 

齢三十。

地元の領主に仕えて働き、コツコツと日々仕事を捌いて、家族を養う(妻と七歳の男児あり)。

 

持ち前の鋭利な頭脳と実直な勤務態度から、諸事百般を卒なくこなし、今回若くして外交交渉の重役を仰せつかった。


播磨から、遥々岐阜へ。

官兵衛はだいぶ久しぶりに地元を離れた。
公務といえ、こんな長旅は物心ついてから初めてやも知れぬ。

御家の進退を背負っての大仕事だから、重圧もあるが、しかし中央の都市へ赴き己の見識を広める機会に、心が躍らぬ事もない。

 


事実、駐屯する織田家中に軒並み居揃う人材の豊富さには圧倒された。
各軍団を率いる諸将はそれぞれが大名の風格を宿し、麾下の部将も層が厚い。

智恵者も多く、門人は文化芸術を洗練させ、南蛮の伴天連ら異人も出入りする。
国際色豊かで新しい物に満ちていた。


(これは播磨の地元に居たままでは、見聞きも出来ぬ鮮烈さ。)

 

官兵衛の頭脳は柔らかくこれら新たな刺激を吸収した。

 

 


取り分けて、お取次ぎ役の羽柴秀吉には歓待された。

 

「えんや~~~こらっえいんや~~~~っさ!」

酒宴では大将、自ら滑稽な踊りに興じて、威厳も何もあったものでは無いが、麾下の将兵まことに心服している。
席には笑いが絶えぬ、人心掌握術の妙技よ。

 

広間の宴会場でどんちゃん騒ぎを繰り広げる羽柴家中を賓客の座から眺める官兵衛は、お固い。

 

「崩せっ、崩せ」と言われても脚を崩さず「飲めっ、飲め」と酌されても手前はほどほどにと躱していた。

 

そこへひょろり近づいて参ったのは、例の色白の書生風。

竹中半兵衛といったな。

 

「・・・ところでコカン殿は学識豊かで、古今の戦に精通すると聞いています。

私もどうか兵法の御指南を賜わりたいものだが」

 

小さめの酌を官兵衛に近づけながら、穏やかな口調で笑んでいる。

 

「・・・コカンはよせ、と言うたであろう」

 

不服げに言いながら官兵衛は、しかし半兵衛の酌は受けた。

 

小寺と羽柴の友誼に。

二人は乾杯を交わし、官兵衛は盃をぐいと飲み干す。

 

「おお~~~~!?

コカン殿!これは、イケる口かぁ~~~?!」

 

その様を眺めていた秀吉は瞳を爛爛と輝かせて御囃子に興じる。

 

コカンはおよしくだされ、としかし官兵衛は軽く杯を掲げて、お調子者の皆々はそれを見てこの無愛想な客人も客人なりに楽しんでくれているかと安心し、楽しんだ。

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

「・・・であるから、つまり魏武王曹操の覇は漢の献帝を奉じた事にある。

大義名分だ。

孫子』にも正々の旗を迎うるなかれ、堂々の陣を撃つなかれとある」

 

官兵衛は、珍しく饒舌。

 

「では秦国打倒の大義を掲げた項王が、しかし倒れたのは?」

細長い切れ長の眼に微笑をたたえながら、半兵衛は問う。

 

「愚問だな。

項羽は自ら立てた楚王を弑逆して私欲に走った。

大義を失した者の末路は、斯くなるべし」

 

グイと飲み干す官兵衛。

半兵衛に酌を向ける。

 

「王道鎮護、というわけですね」

 

半兵衛も酒を受け、静かに口を付ける。

 

 

互いに話がわかる。

やはり同類の男だと感じた。

 

 

泥酔気味の秀吉が近づき、手を叩いて喜んだ。

「いやはや~!さすがコカン殿じゃ!

うちの半兵衛とこうも話せる者は、そうそうおらんじゃとて!」

 

コカンはよしてくだされ、と言うのももうけだるい。

 

「・・・ええ、唐土の史にもお詳しく、楽しく酒を頂いています。

良き友を得て幸いですよ、ねえコカン殿?」

 

半兵衛は笑う。

 

「・・・もう、コカンで良いわ」

 

 

珍しく、酔った。

 

 

 

宿舎に戻り、澄んだ夜空に輝く月を眺める。

 

「・・・友、か」

 

官兵衛は明日、播磨へ戻る。

 

 

 

 

 

 続く

 

 

『♰悪魔軍師♰シメオン』第1話・コカン 

 

 

小寺官兵衛は近江の生まれなれど、播州人である。

 

播磨の熱き血潮に揉まれ、官兵衛は、智恵者として表層怜悧平静にして、内側に凄絶なる魂魄の熱血を秘していた。

 

若くして小寺の殿様の信頼厚く、仕え働くこと数年来。

東に織田、西に毛利。

官兵衛の郷里・姫路は揺れていた。

 

「毛利に付くか、織田に付くか。」

 

小勢力に過ぎぬ小寺家には、戦国乱世の倣い。

生き残りを賭けた決断の時が迫っていた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

「織田でござる。

小寺が生き抜く道は、他にありませぬ」

 

若き官兵衛は内に秘めた情熱を迸り、冷静論理を主君に説いた。

 

「しからば、頼む。」

 

賢明にして懸命なる説得の賜物である。

命を受け官兵衛は単身、織田方の本拠・岐阜へ乗り込んだ。

 

 


羽柴秀吉

西方戦線を任される気鋭の将、今回、お取次ぎ役である。


「小寺官兵衛殿。

此度は大儀でござった~!
おみゃあさんのおかげで、播磨に戦乱を持ち込まんで済むかもしれん!」

 

ゴマすり男の羽柴秀吉は、一軍の司令と思えぬ親しみやすさ。
初対面である。

官兵衛の両手を握り、力強くブンブンと振るう。

 

 

 

「・・・礼には及ばぬ。
播州の民草の為、信長公に付くが良策と判断したまで。」


官兵衛は、愛想が悪い。


豪快情熱的気質の播州人の中では、官兵衛は取り分けて賢しく冷静であり、およそ似つかわぬ個性を放つ。

しかしその胸の内は芯まで播州気質。

此度も御家の為といえ、一戦も交えず臣従した結果は熱き誇りに少なからずも不服はある。

それを隠し切れない不器用さが官兵衛、血の通った人間らしさで、それを呑んで合理的に状況判断できる知性が有能さであった。

 

「それでも、礼を申させてくりゃあ!

・・・戦など、せん方が良い、皆が笑って暮らせる世を作るンサ。

これはその一歩じゃ!

のう小官殿!」

 

「・・・コカンは、よされよ」

 

変なあだ名を付けられては、たまらぬ。

 

 

 

「さて小寺家の臣従は果報であったが、」


秀吉の傍らにあった色白の書生風、静かに語り出す。

 

「赤松、別所や諸将は内心わかりませぬぞ。

何分播州人の気質は剛毅ゆえ。

秀吉様、ゆめゆめ警戒を怠りませぬよう」

 

ひと目に智恵者とわかった。

官兵衛は、直感、この男が己の同類だと理解した。

 


竹中半兵衛

切れ長の細い眼は奥底が知れぬ、全てを見透かすような不気味さがあった。

 

しかし秀吉がこの参謀に向ける眼差しには、真実の友愛。
暖かさがある。


なるほど人たらしの大将に、稀代の軍師とは。

唐土劉備玄徳と諸葛孔明の風があるわけだ。

 

「ともあれ、よろしくコカン殿」

 

半兵衛が手を差し出す。

 

 

「・・・コカンはよせ」

 

官兵衛は杓子定規だが、半兵衛の手を握った。

 

 

後に二兵衛、両兵衛と呼ばれる秀吉の股肱の軍師。

これがその最初の出会いであった。

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

 信長に謁見する。

 

諸将が居並ぶ中、広間に傅(かしず)き、名乗り、口上を述べる官兵衛。

 

西洋風の装束を纏う奇異なる信長の貌をチラと見上げ、音に聞こえる覇者の風を認めて、

(・・・なるほど王者の風格は、さながら曹操孟徳というわけか)

 

僅か、わからぬくらい微、官兵衛はニヤと笑んだ。

笑んでいなかったかもしれぬ。

それくらい僅かである。

 

が、信長はピクと眉を上げ、立ち上がる。

口上の途中など有無も言わさず、傍らの小姓から名刀『へし切長谷部』をブン取ると、ズンと迫って抜刀し、官兵衛の肩にへし当てた。

 

「と、殿っ・・・!」

 

たまらず秀吉が下座からしゃしゃり出るところ、半兵衛が制した。

 

 

 凄まじい形相で、信長は官兵衛を見る。

 

「うぬは、何を望む」

 

官兵衛の額に冷や汗が一筋つたう。

心の臓がドク、ドクと響く。

 

長い時間が経ったように思えて、寸分、冷静を得た。

官兵衛はゴクリと唾を呑み込み、信長には目を合わさず、言った。

 

「・・・播磨一国。」

 

 

自分でも、なぜこんな言葉が出たかわからぬ。

播磨のうちの小国の、小寺の家の一家臣に過ぎぬ小身が、しかも忠臣、野心など抱いた覚えは一度も無い。

 

稀代の覇者・信長の英傑の格が、官兵衛の秘めたる心の奥底の、己でも気づかぬ意志を喚起せしめたとでもいうのか。

 

「・・・フ。フハハ、フハハハハハハ!!」

 

信長は高笑いし、鞘に戻した『へし切長谷部』の名刀を官兵衛に下賜して、言った。

 

「コカンよ。励めぃ」

 

 

「ははーっ!」

 

深く頭を垂れて、こうして小寺官兵衛は、織田信長への臣従を認められた。

 

 

 

 

 

続く

 

『源太左衛門~真田六文戦記~』第六文銭(最終話):硝煙設楽ヶ原

 

 

 

天正三年五月二十一日、早朝―

 

 

 

朝靄(あさもや)の霧掛かむ設楽ヶ原(したらがはら)の草野に、源太は立つ。

 


ブヒヒィィン!!

 


騎馬の嘶(いなな)き。

手綱をグイと握り佇む様、精悍堂々たる武者振りよ。

精鋭武田が騎馬軍団は横列一帯に陣を成し、命運決す其の時を待つ。

 


霧の向こう側、幾重にも張り巡らされし馬防柵に織田鉄砲衆が待ち受ける。

 

 

 

 


「・・・すわ掛かれィチ」

 


静かに軍配を下ろしたるは、真田源太左衛門尉信綱。

 


天下分け目の大合戦が、始まろうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


~~~~~~~~~~~~

 


主戦派、慎重派どちらにも理があった。

 


軍議は、荒れた。

 


先年より徳川領侵攻を進める武田軍に届いた急報は織田信長三万大軍の襲来。

 


主戦派は、機と見る。

 


「織田徳川と会戦を決し、大打撃を与えむ!」

 


武田家再興のため徳川を潰す、その徳川の後ろ盾たる織田家とはいずれ必ず決戦を交えねばならぬ。

 


畿内を制する織田政権は、強い。

時が経てば経つ程に国力差は開いてゆくばかり。

・・・今、この時に信長と決戦に至れるとは、願ってもなき好機と見たのだ。

 

 

 

「勝算、確実なる哉、否や。」

 


慎重派。

 


宿老共とて機は機と見るが、慎重である。

 


「先代信玄公は合戦の前に勝利を決し、勝つべくして勝ちに臨まれた。

掲げる孫子の旗の如く、全ては事前の準備に依りて」

 


馬場美濃守は、警鐘を鳴らす。

 


「此度の戦略目標は、長篠城の包囲殲滅。信長襲来に踊らされ急遽会戦に臨むのでは、危のう御座る」

 

 

 

ざわざわがやがや、諸将みなそれぞれ一理ある。

 


「しかし機を逃しては、なりませぬ!」

「今より仔細熟慮を重ね準備すべし」

「一時撤退を、敵戦力は我が方の倍にて!」

「織田とて徳川への建前、奇襲で突くべし!」

 


軍議は荒れた。

 

 

 

 

 

 

 


源太左衛門は、慎重である。

(中長期戦略に織田との会戦は避けられぬ。しかし此度急遽というのでは、危険だ。)

・・・少なくとも、御屋形様(先代・武田信玄)の戦(や)り方ではない。

 

 

 

しかし当主・武田大膳大夫勝頼は、会戦の覚悟を決めた。

(この決断に至った勝頼の並々ならぬ苦悩と葛藤については、ここでは源太左衛門の一代記である為、省略する)

 

 

 

「・・・父上を超える。」

 

 

 

 

 

 

一堂、思い思いに胸の内ありその後も論争尽くされるが、最後の最後には総大将・勝頼の強固な意志を宿老どもが支えむと決した。

 


斯くなる上は死力を尽くさむ。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 


「兄上、これは如何なる」

 


武藤喜兵衛尉昌幸は、兄・源太左衛門より書状を受け取る。

(後の真田安房守昌幸である。)

 


「喜兵衛よ、此度の会戦、天下分け目の大合戦よ。

武田か織田か、勝った方が日ノ本の頂に昇り、負けた側は滅亡の危機に瀕す」

 


真剣な面持ちであるが、不満ありげな顔だよな喜兵衛よ。

言いたい事はわかっておる。が、大事なことだ。

 


「・・・お前は勝頼様の旗本衆。万一、もし万一武田が敗れる事あらば、何としても勝頼様を逃がして甲斐へお連れせィ。そして」

 


喜兵衛の険しい表情に、告げる。

 


「決して死ぬな。お前は何としても生き抜けィ。生きて、真田を頼む」

 


源太が喜兵衛に渡した書状には、真田家次代継承権の仔細が綴ってある。

源太は嫡流、なれど其の子・与右衛門らは今だ幼少。病弱でもある。

武田が危機に瀕して後、とても真田を背負っていけぬ。

三弟・喜兵衛尉昌幸に後事を託すと決めたのだ。いわば源太の遺書である。

 


「・・・らしくありませんな、兄上」

 


憎まれ口よな喜兵衛尉。

我とも兵部(次兄・昌輝)とも異なる、その怜悧なる頭脳と胸の内に秘めし熱情を以て真田を守り、この戦国乱世に、生き抜くが能う男と見込んだ。

 


受け取る喜兵衛は眉間に複雑なる感情の坩堝を覗かせるも、あえて言わず、代わりにフッと笑ってみせた。

「・・・勝ちましょうぞ」

 


「無論、勝ちに参らむ」

 

 

 

いざ、決戦に臨む。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 


合戦とあらば、必勝を期す。

 


馬場、山県はじめ各虎将ら、至急に軍議を重ね必勝の策略を練りに練らむ。

 


「・・・織田徳川は設楽ヶ原に布陣。これは会戦の構えと見るか、はたまた城への後詰(ごづめ)か牽制か」

 


「物資・材木の運搬量が多い。砦を築きて長期戦の構えにも見ゆるが」

「方々の斥候(スパイ)より織田方の将兵、並々ならぬ数の鉄砲を揃えむと聞く。その数少なくとも、七,八百丁」

 


尋常ではない。

 


「やはり織田方に野戦の準備は無い。

長篠城包囲の我らを遠巻きに二重包囲し、数多の砦から鉄砲で射掛ける包囲戦の構えかな。」

 

 

 

単純に計ればそうなるが、しかし、源太は腑に落ちぬ。

悠長に包囲を構える織田徳川に、奇襲で野戦を仕掛ければ利は我らにあるが、そう安直な構えで待つかよ・・・?

これは何か、仕掛けて来よう。

 


「・・・斯くの如く、我らが予想し野戦を仕掛けむと欲す所まで、織田徳川は読んでいよう」

百戦錬磨の老将・馬場美濃が断ず。

 


諸将も長年の戦場での経験から、ただ事でないと察しておる。

 


将・山県が大見得を切る。

「敵は我らに野戦を仕掛けさしむ。

・・・そして野戦に臨んだ我らを撃滅する必殺の策が、ある」

 

 

 

ゴ、ゴクリ。

諸将、固唾を呑む。

 

 

 

すなわち、

 

 

 

「・・・鉄砲か」

 


ボソリ呟くは三代目小山田出羽守。

宿老方も皆、頷いておる。

 

 

 

歴戦の武田騎馬隊が勇将どもは、更にその先へ軍略を深める。

 


「今一つ、砦を築くが如き大量の物資材木は、如何。」

 


「・・・砦に非ず、馬防柵よ。」

 


「設楽ヶ原に柵をこさえて、野戦装備の我らを足止め、数多の鉄砲で撃滅す策ッ!」

 

 

 

なるほど妙計なりヤン。

 

 

 

「ならば此度は、城攻めに候。」

名将・内藤修理が、言う。

 


「・・・?」

跡部尾張守は若衆の筆頭、疑問を呈す。

「数多の柵を想定すれど、城攻めの支度とは、大仰ではないかッ!?」

 


「・・・設楽ヶ原の、地勢に有り。」

応える原隼人正(はやとのかみ)は、合戦場の地図を広げる。

 


設楽ヶ原と申すれど、平野は続かず、随所に流れる川と丘陵地が織り成す複雑な地形。

「野戦場に巧妙な要塞をこしらえ候はば、これを破るに足るは、城攻め武装ッ」

 


僅かな情報から着実に明察し、思惑を計り意図を組み上げ、熟練・武田騎馬隊の諸将は織田方の計略を斯くも見破った。

 


御一同、軍議も佳境。

 


煙管(キセル)を吹かして、将・山県が洞察す。

「敵方は我らを逃がさず、着実に野戦へ引きずり出さねばならぬ。

・・・今夜あたり、背を突きに来るワイ」

 


バンッ!!

馬場美濃守、床机をブチ叩く。

 


「看破せりッ!!」

 

 

 

敵の思惑を逆手に取り、罠に飛び込むフリで騙すも対策は万全。

徹底的ゴリ押しにてブチ破らむ。

 


諸将、一斉に起立召し、総大将・大膳大夫勝頼を見やりて頭を垂れた。

 


勝頼が雄々しく号す。

 


「いざ、出陣ィッ!!!」

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~ ~~~~~

 


迅速なる対応よ。

 


至急決戦準備を整えた武田軍は、長篠城の包囲を解き、即座に設楽ヶ原へ進軍した。

 


騎馬の大部隊、闇夜に乗じて一斉に駆け抜ける。

 

 

 

 


「伝令~~!背後の鳶ヶ巣(とびがす)山砦、徳川軍の奇襲を受けており申す!!」

 

 

 

(・・・やはり来たかよ)

 


将・山県の読み通りである。

 

 

 

しかし既に、もぬけの殻。

 


敵方の計略、早くも一手崩れたり。

決戦前夜に兵を分散させた失策、本戦に響くは必定(ひつじょう)!

 

 

 

・・・この戦況、どこか似ておる。

 


源太は遥か昔、若き日に駆けた川中島の戦場を懐かしむ。

 

 

 

 


「キツツキ戦法、破れたり。」

 

 

 

いざ朝靄(あさもや)の霧晴れて、敵の眼前に奇襲を成さむ。

 

 

 

 

 

 

 


~~~~~~~~~~~~

 


朝靄(あさもや)の霧掛かむ戦場に、武田と織田徳川、両軍が向かい合う。

 

 

 

 


「・・・すわ掛かれィチ」

 


静かに軍配を下ろしたる前線の将は、真田源太左衛門。

 

 

 

ブゥゥウウウオオオ~~~~ン

 


ドンッドンッドドドドドド

 


法螺貝が響き、太鼓を打ち鳴らさむ。

 

 

 

ここに天下分け目の大合戦、

長篠・設楽ヶ原合戦が開幕した。

 

 

 

 

 

 

 


「騎馬、降りよィィーーーッ!!!」

 


大号令が掛かり、全員、下馬した!

 

 

 

武田騎馬隊は徒歩兵と化し、背から一斉に珍妙な盾をズラリと並べる。

緑一色に染まる陣容。

 


「モゥゥウウウ~~~!!!」

 


駆け出した!!

猛烈なる突撃である。

 

 

 

ドドドド地響きが鳴り、怒声が響く!

 

 

 

 


城柵の向こう側、織田鉄砲衆は想定より早い襲撃に浮き足立つが、さすがに指揮官は冷静である。

 


「十分に引き付けよォォーーーッイ!!!」

 


二,三百丁は並ぶか。

地の起伏に沿う巧妙な城柵はもはやお堀の如し、一面にズラリと火縄銃を構える。

 

 

 

 


霧の中から、大音声(だいおんじょう)と共に突撃せむ武田軍先鋒が現れた。

 

 

 

「引き付けたり、撃て撃てィィーーーッ!!!」

 


パーン!

パンパーン、ズドンパンズンパパパ!

 

 

 

一斉に火を噴くは、鉄砲衆!!

 

 

 

武田軍先鋒隊に鉛玉の雨が注ぐ。

 

 

 

しかし、効かぬ!

 

 

 

パンパーンと響く銃声、炸裂せむが、突撃は止まらない。

 

 

 

武田方が構える緑の盾だ。

 

 

 

玉を、弾いている。

 

 

 

 

 

 

これは竹把(たけたば)。

 


文字通り竹を十数本まとめて縄で束ねた此の盾は、軽く、しなる。

 


(二十数年前、最新兵器・鉄砲の伝来にイチ早く情報収集せし戦国大名こそ、武田信玄

領内の兵器開発アカデミアにて徹底研究せしめ、米倉丹後守なる研究者がこの最強効率の対鉄砲戦防具を開発した)

 

 

 

従来の木盾では防げぬ弾丸も、竹が相互に衝撃を分散して受け流し、跳弾せしむ。

 

 

 

この竹把を立て掛けズラリと並べし柵を竹把牛(うし)、其の土台を車輪で走らすを竹把牛車(ぎゅうしゃ)と呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 


大軍勢が数十の小分けに固まり正面、側面、頭上を悉(ことごと)く竹把牛にて覆い尽くす。

 


緑牛の群れは鉄砲弾を物とも受けず、突き進む!!

 

 

 

・・・さながら武田騎馬隊ならぬ、武田牛軍団よ。

 

 

 

 

 

 

「ギュウ(牛)ゥゥウウウーーーッ!!!」

 

 

 

パパパーーン!!ズドン

集中砲火を受けるも、効かぬッ!!

 

 

 

「にじり寄せィィーーーッ!!!」

 


一気呵成に馬防柵の足元まで詰め寄る。

 

 

 

 


「一番槍ィィィチッィイ!!!」

 


勇猛果敢なるツワモノ高らかに叫び、竹面より飛び上がる。

剛力を以て馬防柵を薙ぎ倒し、敵兵の喉元に一撃ブチ込んだ!が、

 


パーン!

 


脳天を鉛玉にブチ抜かれ、犠牲者となる。

 


しかし無駄死にではない!

 


柵の倒れた隙間より後続の兵らが次々と雪崩れ込み、鉄砲衆を斬り伏せる。

 

 

 

・・・崩れたり。

 

 

 

乱戦となれば鉄砲は撃てぬ(味方の同士討ちが不可避の為)、続々と武田兵に討ち取られる。

 

 

 

右翼左翼中央、至る所で柵が破られ、精強武田の槍働きに蹴散らさるるは、織田徳川。

 

 

 

 

 

 

 


「・・・一の柵、取ったり」

 


先駆けの将として竹把牛の一角を率いる源太左衛門は、丘陵の防柵を足蹴に倒し、勝鬨響く戦場を見渡す。

 

 

 

開戦一刻も経たずして、武田方が前線にて快勝を飾った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

 

 

ズドドドドン!

パパパーン!パンパン

 

 

 

「さすがに・・・火力が違う!」

 

 

 

一段目の馬防柵を突破した武田軍主力は、さらに設楽ヶ原を攻め上がり、織田徳川第二の柵へ立ち向かう。

 

 

 

次第に霧が晴れて明らかになる戦場の全貌。

 

 

 

「御報告~~!!」

伝令兵が帷幕に駆け込む。

 


後方の武田軍本陣に堂々鎮座すは、

武田大膳大夫勝頼。

 


旗本衆を務む武藤喜兵衛尉も此処に居た。

(後の安房守昌幸である。)

 

 

 

軍机に地図を広げる。

 


「・・・連吾川を掘、茶臼山を本丸に見立てて丘陵に防柵を固め設楽ヶ原に出丸を築く様、野戦陣形の範疇を超えており申す!

さしずめ言うなれば“設楽ヶ原城”!」

 


想定を超える大規模陣営に、若干の動揺も走る。

 


一方で、

「城攻めの備えをしていて、良かった!さすがに宿老方々、よくぞ読まれたものよ」

跡部尾張守は感心す。

 

 

 

 


・・・楽観だろう。

想定を遥か凌駕する構え、さらに何を仕掛けてくるか、織田方の手の内はまだわからぬ。

 


喜兵衛は険しい表情で地形図を睨む。

 

 

 

 

 

 

前線は、膠着していた。

 


「こいつぁ柵なんぞに非ず、さながら二ノ丸城壁よ…!」

 


足元はバシャバシャと川が流れ、土居の斜面に築かれた防柵は見上げる程に、高く居並ぶ。

 


鉄砲玉が絶えず降り注ぎ、三,四百は構えていようか。

(一の柵より生き延びた兵も、合わさる様子。)

 

 

 

 


さすがに攻め難し第二の柵、城の二ノ丸とは言い得て妙よ。

 

 

 

「活路を拓くに、きっかけが要る…!」

 

 

 

前線の竹把牛車内、必死に耐える将兵らに、中軍の知将・土屋右衛門が応えた。

 

 

 

「こっちにも鉄砲はあるんだよ!」

 


川べりの竹把牛より、火縄銃がズラリと並ぶ。

 


「牛鉄砲、ッテーーーイ!!!」

 

 

 

ズドドドドン!!

 

 

 

さらに同時、右翼軍より怒声が響く。

「小山田くん、投石を始めィィーーーッ!!!」

 


強肩・小山田兵ら石ツブテを一斉投擲し、城攻め武装・投石車より大岩が放たれる。

 

 

 

グシャガシャ!!

 

 

 

織田鉄砲衆は眼下の獰猛なる緑牛らに集中せしところ、思わぬ遠距離から一斉射撃に晒される。

 


「あっ!」

 

 

 

一瞬の、隙が生じた。

 

 

 

「今ゾイ!駆け昇れィイイ!!!」

 

 

 

猛将・真田兵部丞(ひょうぶのじょう)昌輝、飛び出して土居の斜面を駆け昇る。

 


けたたましき怒声を上げながら、次々と兵らが続く!

腕ずくに馬防柵を薙ぎ倒し、槍を突き込んで守りを崩した。

 


いける。

 

 

 

「二の柵、崩せィ!!イケァアーーーッ!!!」

 


大乱戦よ、武田兵らは続々と城柵に雪崩れ込む。

 

 

 

 


パン!!

 

 

 

真田兵部の右頬に、鎧の破片と血飛沫が舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 


「兵部ッ!!!」

 


源太が叫ぶが、真田の次兄・兵部昌輝は、何のこれしき。

 


「グゥウ何の、肩をカスめただけよ、兄者ッ!!」

 

 

 

ほっ、源太は安堵すが、戦況は予断を許さぬ。

 

 

 

 


柵の破られるや、鉄砲隊は手際良く退却してゆく。

 


・・・学んでおるワイ。

さすがに賢なる哉、織田徳川連合軍。

 

 

 

入れ替わりに立ちはだかる槍衾(やりぶすま)は徳川勢、白兵戦にて待ち構える。

 

 

 

今度は一方的とはいかぬ、丘の上で両軍凄絶に斬り結び、混戦と化す。

 

 

 

 


鉄と血の飛沫舞うこの有り様こそ戦場よ。

 

 

 

 


グワヌシャア!!

 


精強武田兵が次々ブチ倒される一円がある。

 


あの猛将、ドデカイ鹿角の鎧兜は、剛勇東国一・本多平八郎忠勝かッ!

 


二ノ丸城柵ともなれば、こんな大物も繰り出でて来よう。

 

 

 

 


前線に突出せし真田兵部に、本多平八が襲い掛かる。

 


「シャラクサイ!!!」

 


兵部とて豪傑、槍を奮いて撃ち返す。

 


が、右肩の銃傷を庇って明らかに、押されておる。

 

 

 

「いかんッ!」

 


源太が駆け出すも、兵部との間にワラワラ立ち塞がるは本多隊の将兵ども。

 

 

 

「押し通るッ!!」

 

 

 

真田源太左衛門。

 


稀代の名将なれど、無双の大武辺者でもあり。

 


ずっしり肩に担ぐは、三尺三寸の大陣太刀・青江貞次。(国宝)

 

 

 

徳川兵の固まりに突っ込み、鞘ごとブチ叩いて雑兵をケ散らしたッ!!

(身の丈程巨大な日本刀、片手で振り回す様ダイゴロン刀の如し。)

 


ギラリ抜刀し、一閃!

 


骨ごと叩き断ち、兵五名をひと撫ぎに斬り伏せる。

 


敵陣一気に斬り込んで、弟・兵部を救うべく駆けつける源太は本多の鹿兜に渾身で、斬り掛かる。

 


「エイヤッ!!」

 


不意を突かれるも咄嗟に翻す本多平八、槍と太刀とが撃ち合った。

 

 

 

 


ガギィィィン!!!

 

 

 

 


・・・なんつぅ豪力なりヤン、腕が痺れたッ!!

 


源太は仰け反るが、しかし、あちらも痺れて後退りおる。

 

 

 

 


「・・・良き敵と見たり。

蜻蛉切(とんぼきり)よ、唸れィ!!!」

 


「いざヤッ!!!」

 

 

 

源太左衛門と本多忠勝、白熱互角に斬り結び、撃ち合うこと十合。

 

 

 

「さすがに手強いッ…!」

 


双方全力の一騎討ちは、凄絶ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方で戦況は、武田に勢いづく。

 


真田、原、内藤ら中央主力の突撃を機に、馬場美濃の右翼、将・山県ら左翼、両軍も攻め上がる。

 


二ノ丸城柵、破れたり。

 


武田の大軍は圧倒的に、丘へ続々と雪崩れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

本多平八も、一軍の将。

 

 

 

「・・・潮時よ、退けィ!退けィィーーーイ!!」

戦況をわきまえ、引き際も鮮やかなり。

 

 

 

 


「深追い無用ォォーーーッイ!!」

 


源太左衛門も、一軍の将。

 

 

 

勝負は預け、今は軍容を整えるべし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


時刻は、昼に近づく。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 


いよいよ残すは本丸のみ。

 


霧は完全に晴れた。

眼前に、茶臼山の織田本陣を臨む。

 


「二の柵で思いの外、時を浪したワイ」

「日が中天に昇(午後にな)れば、後方の徳川別働隊が迫り、我ら挟み撃ちに陥ろう。」

 


そう長時間は掛けられぬ、このまま一気に敵本陣を突き崩し、城攻めを完遂せむ。

 


「本丸の防備は、最大抵抗となろうよ。各々方、御覚悟召されィ」

 


いよいよ、総攻めである。

 

 

 

 


茶臼山の斜面に沿い、防柵がズラリと並ぶ。

なるほど一筋縄ではいかぬ。

が、決戦である。

 

 

 

武田軍全軍奮い立ちて、総攻めを掛ける。

 


「いざ、攻め寄せィィーーーッ!!!」

 


山合いの足元までにじり寄るが鉄砲衆、射掛けては来ぬ。

最大限引き付けるまで待っておるというか・・・

 


源太は、備えを号す。

 


「竹把牛ッ!!」

 


「モゥゥウウウーーーッ!!!」

 

 

 

 


二度に及ぶ突撃で竹把にも損耗や有り、耐久力は最後の限界となろう。

 

 

 

 


源太は、周囲を見回す。

 


武田軍が押し寄せる本丸、

正面には山、左右も遠巻きに小高い丘に囲まれておる。

林が居並び、見通しは効かぬ。

背後から今も続々と味方の大軍が押し寄せている。

 


(・・・死地、なり。)

 


伏兵を突かせるには格好の様、城攻め故に押し寄せたるが裏目に出るわ。

 


が、有り得ぬ。

鉄砲戦では乱戦が出来ない。

 


精強武田の全軍が集結する場へ伏勢を出しても、鉄砲が封じ不利を被るは敵方。

 


二の柵までに敵方も消耗し鉄砲の残りはせいぜい四,五数百、分散もさせられぬ。

 


正面にズラリ、本丸城柵より撃ち下ろす。

 


これを総力で落とす!其れのみ集中すれば良い。

 


・・・だがこの悪寒は、何だ!?

 


(武人の感性が、殺気を感じておるのか?)

 


注意深く周囲に目を配る源太。

 

 

 

 


前線の将・原隼人、内藤修理らも、源太と同じ直感を得る。

 


「・・・左右の林にも警戒せィ」

 


「陣を崩すなッ!!慎重に、にじれィ」

 

 

 

 

 

 

 


と、

(パサッ!)

 


金ピカの、光か?

山間の林から遠目に、旗印の上がるが見えた。

 


(ゾクゥ!何の合図かッ!?)

 


総攻めの喧騒の最中、味方は誰も気づいておらぬ。

 

 

 

次の瞬間、山合いの柵、丘陵の林、上下左右ありとあらゆる狭間から一斉に、鉄(クロガネ)の銃口がギラリと並んだ。

 


想像を絶する物量。

 


源太は一瞬、思考が追いつかぬ。

 

 

 

 


本能であった。

 

 

 

「伏せェェーーーッイ!!」

 

 

 

凄まじき爆裂の大轟音、設楽ヶ原より数里先まで響き渡った。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

 

 

・・・何も見えない、黒い灰煙の中にいる。

 


無音、何も聞こえぬ。

 


地べたに倒れているのか?

眼が開かない、視界が霞んで、

 


グゥウウ身体のあちこち、燃えるように熱いワイ。

 


鉄と血の焼ける如きと火薬の臭いが、強烈に漂う。

 

 

 

 


・・・キィィィイイイン

 


耳鳴りが頭に響いて、立ち上がろうとするが、フラつく。

 


やがて硝煙薄まる中で、周りの将兵ども悉(ことごと)く倒れているのを見た。

 


お味方、壊滅している。

 

 

 

(一体何がッ)

 


何十何百の兵ら具足の砕け、背には無数の穴から煙が上がっておる。

 

 

 

想定遥かに凌駕する集中砲火の破壊力に竹把はものの役にも立たぬ、縄が焼き千切れて竹が割れ四散している。

 

 

 

ちらほら立ち上がる味方も見えるが、みな満身創痍の有り様。

 

 

 

胴に無数の穴を空け、弟・兵部が倒れていた。

 

 

 

「・・・兵部ッ」

 

 

 

源太は近寄り、膝から崩れ落ちてしまう。

 

 

 

眼を開きかけ、まだ息がある。

 

 

 

 

 

 

 


「・・・次弾装填、よろしいィィーーーッ!!!」

 


まだ朧げな耳に遠く敵方の声が聞こえた。

 

 

 

 


いかんッ!

 

 

 

 


咄嗟に源太左衛門は、弟・兵部の身体に覆い被さったのだ。

 

 

 

「ッティィーーーッ!!!」

 

 

 

二千数百丁から成る銃弾の一斉砲火が、瀕死の武田精兵皆殺さむとトドメに襲う。

 

 

 

 

 

 

 


~~~~~~~~~~~~

 


ケタタましき轟音、尋常ではない。

 


間を空けて数回、遠く決戦場から響いた砲火音。

 


武田本陣に動揺が走る。

 


みな床几から立ち上がり遥か茶臼山の方角を臨む。

平素冷静なる喜兵衛もさすがに、隠せない。

 

 

 

 

 

 

総大将・勝頼は、落ち着いている。

しかしその眼に生気はなく、決定的な戦況を悟っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、織田本陣。

 


眼下の惨状を見下ろす弾正忠信長の面持ちは、どんな表情だよこれは、全く読み取れぬ。

 


軍師参謀は、明智日向守光秀。

しゃしゃり出て満足気に語る。

 


「上様はこの設楽ヶ原にて、見事再現成され申した。チェリノーラの合戦にござる!」(※1)

 


(※1.チェリノーラの戦い  1503年

第二次イタリア戦役においてスペイン王国のゴンサロ・フェルナンデス将軍は、①大規模な野戦築城と②射撃兵器の集中砲火を組み合わせ、フランス軍を徹底殲滅した。いずれも当時の日ノ本に例のない、革新戦術である。)

 


南蛮の伴天連(パードレ)らを軍事顧問に迎えし織田家参謀部では、これが野戦史の常識を一挙に塗り替えたと十分に認識していた。

 

 

 

 


「・・・後は、手筈通りに」

 


ヌッと現れた羽柴筑前守秀吉は、人心制御術の天才。

 


此度、鉄砲殲滅戦法と設楽ヶ原城普請を立案計画せし明智に対し、武田方の心理的要因を巧みに操り死地へ誘い込んだ立役者は羽柴である。

 


傑出したこの両将軍こそ織田家の要(かなめ)、天下一統の覇業を担う強敵である。

 


武田は、この二将に敗れたと言って良い。

 

 

 

 


斯くして武田は、壊滅した。

 


これより追撃戦に入る。

 

 

 

 

 

 

 


~~~~~~~~~~~~

 


決定的に、壊滅している。

 


死屍累々の有り様に、もはや戦闘集団としての機能はない。

 

 

 

 


源太左衛門は、生きていた。

 

 

 

血がドボドボと焼け流れ、背の弾痕は腰肩まで貫通するも強靭な身体は、まだ動く。

 


弟・兵部の盾となったのだ。

 


しかし兵部は、助からなかった。

 


「・・・兄者、お家のことを」

 


「案ずるなよ。喜兵衛が守ってくれるさ」

 

 

 

(貴殿の兄でおれて、果報であったゾイ。先に、逝けィ)

 


涙を拭う。

弟の最期を看取り、立ち上がる。

 


瀕死の重傷を負いながら、将として最期の責務を果たさんと踏ん張る。

 

 

「殿ォ!!」

 


軽傷の兵らが駆け寄りて、源太の肩を支えた。

 

「合いすまぬ、」 

 

十数人の敗残兵が源太を囲み、 陣を布く。

 

「・・・来るか」

 

 

 ドドドドドドドドド!!!

 

武田主力軍を壊滅させた織田徳川軍、死屍累々の前線を見るや、一気に進軍を開始した。

源太は、死に花を咲かさんと大陣太刀・青江貞次を構える。

 

もう目が霞んで、よく見えぬ。

 

 

 

「・・・・・・・。」

 

 

なんだ?

左右遥かに林の中を怒涛に駆け抜ける軍勢はある、だが源太がいるこの硝煙漂う主戦場には、織田徳川兵は、誰も来ない。

 

(・・・まさか)

 

源太は察した。

 

もはや大勢は決し主戦場の武田兵は死屍累々。

捨て置いてしまえ。

 

普通雑兵は敗残兵の追い首を狙うが、これを見ると彼奴ら、厳に禁じられている。

 

織田信長の狙いは一つ、武田勝頼の首のみ。

信長は、この戦で武田を滅ぼすつもりだ。

 

 

 源太は背を振り返り、声にもならぬ叫びを発した。

 

(・・・喜兵衛ッ!!)

 


今すぐ退けィィ!!!

 

 

 


~~~~~~~~~~~~

 


「原隼人正様、御討ち死にィィ~~~!!」

 


「内藤修理殿、土屋右衛門殿、お討ち死に召されィィーーーッ!!!」

 


続々と届く急報に、武田本陣は混乱を極める。

 


「将・山県昌景様、お討ち死ニィッ!!」

 


信じられぬ、武田騎馬軍譜代の将ら次々と戦死の報、膝から崩れ落ちる者もあり、方々絶望が色濃く降る。

 

 

 

「真田源太左衛門・兵部丞殿、御両名、お討ち死召されィィーーーッ!!」

 

 

 

喜兵衛は、茫然と立ち尽くす。

 


心臓がスーーッと失し、

 


「・・・ぅ、ぅぐう!!」

 


感情だ、押し殺すも止め処なく湧き溢れて留まらぬ、喜兵衛は天を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何も聞こえず、何も見えず、長い時間が経ったように感じる。

 

 

 

兄らの声が、頭に響いた。

 

 

 

(・・・武田を支え、真田を守れィ)

 


(喜兵衛よ・・・真田を、頼む)

 

 

 

 


涙を拭い頰を両手でブチ叩き、向き直って叫んだ。

 

 

 

「御屋形様ァ!! 

 ・・・直ちに撤退を」

 

 

 が、勝頼は是としない。

「我が愚昧ゆえ、この惨敗を招いたのだ。

父上がお遺しになった勇将兵らを捨てて逃げられぬ。

・・・幸い、親戚衆はいち早く逃げた。誰ぞ武田を継いでくれよう。

我は最期まで、敗将の責務を果たさん」

 

喜兵衛はブチギレた。

 

「否やッ!!

勝頼様が、生き残らずして武田は!

先に逝った将士らの死を無駄になさるおつもりか。

生きて甲斐へ戻るのです。

勝頼様が、武田の御屋形なのですぞ!」

 

平素冷静なる喜兵衛の激昂に、勝頼は怯むが、しかし迷いは消えぬ。

 

 

 

そこへ硝煙に黒ずむ一介の騎馬武者が駆け込んだ。

 


馬場美濃守信春である。

 


「退けィ!退かんかイッ、四郎坊(ボン)ッ!!」

 


駆け崩れる老将・馬場美濃、

幼少の時分より見守りし四郎勝頼を叱責す。

 


「・・・ジィよ、我に御屋形の資格なし。これ程の敗戦を招き、武田の猛虎らを…」

 


ズンと駆け寄る馬場美濃が、勝頼をブチ殴る。

 


「馬鹿者ンァアアアーーッ!!!」

 


たまらず旗本衆、馬場美濃を抑えむと駆け込むが、勝頼が制した。

 


「・・・父上を超えると言ったな。

先代信玄公もワヌシくらいの歳の頃、惨敗を喫し将兵を死なせた」

 


上田原の戦いである。

常勝不敗の武田信玄も、若き頃には失策のため父の如く慕う板垣駿河守、甘利備前守両将はじめ数多の将兵を死なせたものよ。

 


「耐え難き重責よ、戦国大名とはな。それを背負い、乗り越え、人智を超えて、貴殿の父君は御屋形と成られた」

 

 

 勝頼の死に場所は、ここではない。

 


「父を超えんと欲するならば、貴殿の戦場は其の後背にあり」

 

馬場美濃は軍配を掲げ、勝頼の背の向こうを差した。

 

 

「・・・ジィ、御遺訓しかと心得た。

武田の御屋形として、泥水を啜っても生き残り、必ずや御家を再興せん!」

 

 武田大膳大夫勝頼。

 

無二の忠臣に今生の別れを告げて、今、武田の御屋形として戦場を後にした。

 

 

(・・・退却戦は至難苛烈。

兄上、必ずや勝頼様を甲斐へ導きまする)

 

振り返り、遠く設楽ヶ原を見やって、喜兵衛は勝頼の傍らにあった。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 


源太左衛門は最期の力を振り絞り、馬の背に座る。

 

 軽傷の兵のうち、健脚の者は皆逃がした。

 

「生きて、信濃へ帰るのだぞ」

 

 

最期まで付き従うは、北沢と白川の両家臣。

「おお、殿、武田本陣が、御屋形様が退いてゆかれます!」

 

硝煙の晴れた丘陵から彼方を見やって、大勢の決した戦場を俯瞰する。

両臣は源太の眼となった。

 

「・・・殿軍は馬場殿か、織田徳川を防いで通さぬ有り様。

其の凄絶なる死に様、見事でござる」

 

 

 

 おお、勝頼様は、これで無事に戦場より退かれよう。

 

「・・・喜兵衛よ、武田を・・・真田を、頼む」

 

 

 

真田源太左衛門尉信綱、逝去。

享年三十九であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


六文銭「硝煙設楽ヶ原」、了

 

 

 

 

 

 

『源太左衛門~真田六文戦記~』

~完~

 

 

 

 

 

 

※この物語はフィクションです。

※一部、設定が史実の通説と異なる場 合があります。ご了承ください。

 


【参考文献】

甲陽軍鑑』、『真田家譜』、『仙台真田代々記』、『信綱寺殿御事蹟稿』、『高白斎記』、『甲斐国志』、『当代記』、『伊能文書』、『越後野志』、『上杉家文書』、『上越市史』、『松平記』、『三河風土記』、『北条五代記』、『信長公記

 

正史『三国志』における徐晃まとめ

 

陳寿 著、裴松之
三国志』魏書 十七 張楽于張徐伝より。

 

■初登場

徐晃字公明 河東楊人也

司隷河東郡楊県の人・徐晃は、はじめ郡吏となり、車騎将軍・楊奉の賊徒討伐に従軍して功績をあげた。

李傕・郭汜の争乱では、帝を救って洛陽へ帰還するよう楊奉に進言し、これを成功させた。

 

 

曹操軍へ

晃說奉令歸太祖

打ち続く内乱から徐晃楊奉を説得して、曹操軍の庇護を受ける。

しかし楊奉は心変わりを起こして謀叛し、やがて曹操軍に敗れた。

徐晃曹操に迎えられ、その傘下に帰順する。

 

 

官渡の戦い

曹操から軍勢を授けられた徐晃は賊討伐の功をあげ、 呂布との戦いで別動隊として活躍、続く劉備との戦いでも武功をあげる。

袁紹との官渡の戦いでは、

破顏良 拔白馬 進至延津 破文醜

 顔良を破って白馬を陥落させ、延津で文醜を破った。

袁紹運車於故市 功最多 封都亭侯

 さらに故市で袁紹軍の兵糧車両を攻撃し、功績は最も多く、都亭候に封ぜられた。

 

 

 ■戦わずして勝つ

袁家征討の折、易陽を守る敵将・韓範は、曹操に降伏を申し入れたが、心変わりして抗戦した。

曹操徐晃に命じて易陽を攻めさせる。

しかし徐晃はあえて攻撃せず、韓範を説得して再度降伏の約を取り付けた。

二袁未破 諸城未下者 傾耳而聽 今日滅易陽 明日皆以死守 恐河北無定時也  願公降易陽 以示諸城 則莫不望風

徐晃曹操に進言する。

袁譚袁尚はいまだ健在で、敵の諸城は降伏か抗戦か揺れています。

ここで韓範の降伏を赦さねば、他の城兵も降伏は許されぬと死に物狂いで抗戦し、華北の平定は遠のくでしょう。

いま韓範を赦せば、他の諸城もこぞって降伏を願い出るに違いありません。」

曹操徐晃の言を良しとし、ついに華北を平定した。

 

 

■漢津の戦い

 徐晃はその後も転戦し、南皮で袁譚を破り平原の賊徒を討ち、烏丸族討伐でも武功をあげる。

曹操が南進すると、荊州の樊城に駐屯して防備を固めた。

又與滿寵討關羽於漢津

 漢津において、満寵と共に関羽を攻撃した。

 また曹仁の援軍として江陵で周瑜と交戦した。

 

 

■潼関の戦い

徐晃は太原で賊徒を征討し統帥・商曜を斬った。

韓遂馬超らが叛乱すると、曹操徐晃を派遣する。

この時、徐晃は故郷である河東を慰撫し、曹操徐晃に牛酒を下賜して祖先の墓を祀らせた。

潼関に至ると、曹操黄河を渡れない事を心配し、徐晃の意見を聞いた。

公盛兵於此 而賊不復別守蒲阪 知其無謀也 今假臣精兵渡蒲坂津 爲軍先置 以截其裏 賊可擒也

徐晃は、蒲阪津の敵の守りが手薄であると看破し、精兵を率いて黄河を渡り敵軍の後背を突くべしと献策。

曹操はこれを良しとし、徐晃は四千の兵馬を率いて蒲阪津を攻略、敵将・梁興を撃破した。

これにより曹操の軍勢も渡河に成功し、馬超らの軍勢を撃退した。

 

 

■漢中攻略

徐晃はその後、夏侯淵らと共に西の氐族を幾度となく討ち破り、多くの地を平定した。

張魯征討では別動隊として活躍、反抗する勢力をことごとく降伏させた。

 

 

■馬鳴閣の戦い

漢中に侵攻する劉備軍に対し、夏侯淵徐晃らは陽平関で防戦する。

劉備軍の将・陳式が馬鳴閣道を遮断するも、徐晃はこれを奇襲し見事に討ち破った。

太祖聞甚喜 假晃節

曹操徐晃の武功を讃え、仮節を与えた。

 

 

■樊城の戦い

 関羽の脅威に危急を告げる曹仁を援護すべく、徐晃は宛城に入る。

折しも水計で于禁の七軍は壊滅し、樊城は関羽軍に包囲されてしまった。

しかし徐晃が率いる急造軍は新兵が多く、関羽と争うのは困難である。

徐晃は慎重に戦力が整う時機を待つ。

 

やがて中央から徐商・呂建らの援軍が到着し、兵馬の士気と練度が高まった機を見て徐晃は一気に進軍する。

晃到 詭道作都塹 示欲截其後 賊 燒屯走 晃得偃城

 偃城を守る関羽軍に対し、徐晃塹壕を掘って包囲する構えを見せるがこれは詐術だった!

後背を断たれる事を恐れた偃城の守軍は撤兵し、徐晃はここでも戦わずして城を落とす。

 

曹操から殷署・朱蓋らのさらなる援軍を得た徐晃は両翼に布陣を広げ、ついに樊城を包囲する関羽軍に迫る。

頭と四冢、二つの拠点があった。

徐晃は頭を攻撃する構えを示していたが、密かに四冢に猛攻を仕掛る。

羽見四冢欲壞 自將步騎五千出戰 晃擊之 退走

予定外の四冢陥落の危機に関羽が自ら出陣!

ここに関羽徐晃が交戦する。

一戦して関羽は敗れ、徐晃は機を逃さず敵陣へなだれ込み見事樊城の包囲網を撃破した。

 

 

■労徐晃

曹操は布令を下して徐晃を讃えた。

吾用兵三十餘年 及所聞古之善用兵者 未有長驅徑入敵圍者也

 「私は兵を用いること三十余年、古の戦巧者をよく知っているが、これほど長躯直入し敵の包囲陣を討ち破った者は他にいない。」

將軍之功 踰孫武穰苴

 「将軍の功績は、古の名将・孫武や司馬穰苴にも優るであろう。」

 

徐晃は凱旋し、曹操は城外七里先まで自ら出迎えて酒宴を開き、徐晃に酌をして労った。

全樊襄陽 將軍之功也

徐將軍可謂有周亞夫之風矣

 「襄樊の地を全う出来たことは、将軍の功績である。」

徐晃将軍には周亜夫の風格がある。」

 

 

■晩年

曹丕が継ぐと、徐晃は右将軍に叙され楊侯となる。

上庸で劉備軍を破り陽平関の守備を固めた。

曹叡が継ぐと、襄陽で呉将・諸葛瑾を防いだ。

 

晩年は病が重くなり、「季節の衣服を着せてくれ」と遺言して亡くなった。

 

 

■人物

徐晃の性質は倹約慎重で、常に遠くまで斥候を出して情報収集を徹底し、あらゆる場合を想定して慎重に戦った。

一方で機を見出すや、士卒に食事の暇も与えぬほど激烈に攻め立てた。

 

張遼楽進于禁張郃徐晃の五将軍は共に名将と称され、曹操軍が戦うたび皆代わる代わる先鋒・殿軍を引き受けて活躍した。

 

古人患不遭明君 今幸遇之 常以功自效 何用私譽爲

「昔の人は良き主君に遭えない事を嘆いていたが、今、私は幸いにも明君に仕える事が出来ている。どうして個人の栄達など求めようものか。」

いつもこのように言って、私的な交友は広げなかった。

 

太和元年(二二七)に薨去

「壮侯」と諡名された。

子の徐蓋が継ぎ、孫の徐覇が継いだ。

 

 

 

終わり

 

 

【参考文献】

三国志陳寿,裴松之、中華書局

『正史 三国志ちくま学芸文庫

 

吉川英治『三国志』における徐晃まとめ②

 

■(七)望蜀の巻

◎潼関を失す

馬超の猛攻を前に、潼関を守る鍾繇は至急の援軍を曹操に乞う。

命じられて曹洪徐晃の一万が救援に駆け付けるが、馬超軍の執拗な挑発で曹洪は血気に逸ってしまう。

『丞相のおことばを忘れたか。十日の間は固く守れ。手だしはすなと仰せられた』

徐晃は諫める。

しかし若い曹洪は振り切って出陣し、鬱憤を晴らすように大暴れ!

一方で徐晃は慎重に、深追いを避けて戦った。

しかし関を出た時点すでに西涼軍の術中であり、潼関を失って敗退してしまう。

曹操は激怒、命に背いて大敗した両将を責めた。

ありのまま敗因を語った徐晃の言に、曹操曹洪を処断しようと剣を抜く。

『――いや、それがしも同罪ですから、罪せられるなら手前も共に剣をいただきます』

徐晃曹洪の前に進み出て庇う。

諸将も両人を擁護したので、「功を立てれば許す」と曹操は斬罪を猶予した。

 

 

◎渡河作戦

 潼関を守る馬超韓遂涼州連合軍を前に、手をこまねく曹操軍。

良計の浮かばぬ中、徐晃黄河を渡り敵の背後を突く策を奏上する。

徐晃の説は大いに良い』

曹操徐晃・朱霊に四千の兵を託し、戦局の打破を図った。

作戦は見事成功し、後背に憂いを得た涼州軍は動揺。

これを機に賈詡の離間計が功を奏して、曹操軍は馬超らを撃退した。

 

 

■(八)図南の巻

◎漢中平定

曹操は許緒・徐晃らの大軍を率いて、漢中の張魯を攻める。

陽平関の戦いで徐晃は大いに漢中兵を破り、夏侯淵張郃の両将と共についに漢中を平定した。

 

 

◎濡須の役

曹魏四十万、孫呉六十万が全面的に激突!攻防は熾烈を極めた。

若き孫権は突出し、張遼徐晃の包囲鉄環に捉われるが、勇将・周泰が命懸けで孫権を逃がす。

激戦の末、曹操孫権は和議を結んだ。

 

 

◎魏王親征

魏王に昇った曹操

一方漢中では夏侯淵が戦死し、魏軍は窮地に陥る。

濛々たる殺気をみなぎらして曹操は自ら大軍を興し、先鋒に徐晃を立てて遠征に臨んだ。

徐晃、行け』

夏侯淵の仇討ちに燃える張郃と共に、徐晃は大いに奮戦する。

しかし名将・趙雲に阻まれ、戦況は膠着する。

 

 

王平の離反

徐晃漢水を渡って一気に蜀軍との決戦に持ち込まんと計るが、副将の王平は「水を背にするのは不利だ」と反対する。

けれど徐晃は、

韓信にも背水の陣があったことを知らぬか。孫子もいっている。死地ニ生アリ――と。』

徐晃王平の意見を退け、川を越えて敵陣に突入してしまった。

逃げる黄忠をまさに捉えんとした時、背後から趙雲の襲撃を受けて退路を失う。

魏軍は大敗し、徐晃もようやく身一つで漢水の向うまで逃げて来た。

岸の守備を任せていた王平に「なぜ後詰もせず、橋が焼かれるのを見ていたのだ」と責める徐晃

王平は黙然と堪えていたが、その夜、陣に火を放ち蜀軍に投降してしまった。

 

 

■(九)出師の巻

関羽の脅威

于禁の降伏、龐徳の戦死。

水計による七軍の壊滅と、襄樊戦線における危急が魏国を動揺させる。

曹操は至急の援軍五万を大将・徐晃に率いさせ、南の陽陵坡まで進ませた。

徐晃はここで、機が満ちるのを待つ。

 

徐晃関平

――呉すでに荊州を破る。

魏との密約により関羽の後背を断った孫呉

これに呼応する形で、満を持して徐晃は偃城に向け進撃する。

守将の関平は精兵を率いて迎え討つが、徐晃の巧みな用兵に謀られ城を失い、退却する。

 

徐晃関羽

機を得た魏軍は大勢を進め、樊城を目前にする。

徐晃はむかしの友だ。』

いよいよ両軍が向かい合う日、関羽は馬を出し徐晃と出会った。

徐晃もまた馬上に礼を施し、彼に言う。

『一別以来、いつか数年、想わざりき将軍の鬢髪、ことごとく雪の如くなるを。――昔それがし壮年の日、親しく教えをこうむりしこと、いまも忘却は仕らぬ。今日、幸いにお顔を拝す。感慨まことに無量。よろこびにたえません』

二人は過日の友誼を懐かしみ、しかし今は敵同士、大義を前に私心は滅す。

両雄は大斧、青龍刀を揮って雷閃雷霆の中を数十合も撃ち合った。

だが矢瘡が癒えず老来病後の関羽には限界が訪れ、親子の情に駆られた関平が退き鉦を鳴らして兵を収める。

千載一遇の時を得、樊城の籠る兵らが一斉に討ち出で、ついに関羽の軍は壊滅。

襄陽に向けて敗走した。

 

 

◎労徐晃

関羽を撃退し、樊城の曹仁は救われた。

ひいては魏国最大の危難を乗り越えたと言って良い。

曹操徐晃をこのたびの第一級の勲功とたたえ、平南将軍に封じて、襄陽の地を与え労った。

 

 

劉封孟達

荊州方面に在りながら関羽の死を防げなかった蜀将・劉封孟達は、戦後劉備に責められた。

孟達は罰を恐れて曹丕を頼って魏へ降り、一方で劉封は武功で挽回せんと逸る。

しかし襄陽を守る勇将・徐晃に対し、劉封は太刀打ち出来なかった。

 

 

◎五路の大軍

劉備の死を受け、魏帝・曹丕司馬懿の献策により五方面の大軍をもって蜀に攻め掛からんとする。

しかしこの頃すでに、曹操時代の功臣たる張遼徐晃などという旧日の大将たちは、みな列候に封ぜられてその領内に老後を養っている者が多かった。

ただ一抹のさびしさがあった。

 

 

◎建艦総力

皇帝曹丕は、征呉の大兵を興す。

司馬懿の献策により大型艦艇の建造計画を進め、いよいよ長江へ進撃した。

先鋒の曹真には、張遼張郃・文聘・徐晃などの老巧な諸大将が補佐に就いた。

 

 

 

■(十)五丈原の巻

◎最期

蜀に内通の兆しを見せた孟達を密かに討つべく、司馬懿は軍勢を率いて新城へ向かう。

道中、国もとから長安へ赴く魏の右将軍・徐晃と遭遇した。

『――さもあらば、それがしも貴軍に合して、往きがけの一働きを助勢つかまつりたいが』

司馬懿徐晃を先鋒に迎え、新城攻めに取り掛かった。

朝。

暁風あざやかに魏の将軍旗がはためいている。

孟達は城のやぐらへ駆けのぼり、旗の下に見える大将へひょうと一矢を射た。

『何たる武運の拙さ。
 徐晃は、この朝、攻めに先だって、真額を射ぬかれ、馬からどうと落ちてしまった。』

 

 

 終わり

 

 

【参考文献】

三国志吉川英治講談社

 

吉川英治『三国志』における徐晃まとめ①

 

■(三)草莽の巻

◎初登場

楊奉の部下に、徐晃、字を公明と称ぶ勇士がある。』

李傕・郭汜の争乱の折、献帝を守護すべく駆け付けた楊奉軍。

中でも徐晃は、火焔の如き大斧を奮って追手を蹴散らし、獅子奮迅の働きで見事帝を守り奉った。

 

◎李楽を討つ

逃避行に窮する帝より征北将軍の号を賜わった山賊の李楽は、いよいよ増長し、不敬専横極まる振る舞いで帝に害を成す。

混戦の中、楊奉から「堪忍袋の緒を切ってもよいぞ」と命じられた徐晃は、雷声一撃!

大刀の下に見事李楽を両断した。

 

◎許褚 対 徐晃

献帝を擁して許昌へ遷都する曹操に、楊奉は叛旗を翻す。

大斧を担いで騎馬を走らせ、曹操を狙う徐晃

万夫不当の豪傑・許緒がこれを阻む。

両雄は激突し、撃ち合うこと五十余合!

『すばらしい生命力と生命力の相搏つ相は魔王と獣王の咆哮し合うにも似ていた。またそれはこの世のどんな生物の美しさも語るに足りない壮絶なる「美」でもあった。』

曹操は許緒を退かせ、徐晃を麾下に招きたいと幕僚に語る。

「私に仰せつけください」と名乗り出たのは、満寵であった。

 

◎良禽択木

夜、満寵は一人敵地へ潜入し、徐晃の陣を訪れる。

思わぬ旧友との再会を懐かしむ徐晃であったが、満寵は本題を切り出した。

『なぜ、御身ほどな勇士が楊奉の如き、暗愚な人物を、主と仰いでおられるのか、人生は百年に足らず、汚名は千載を待つも取返しはつきませんぞ。良禽は木を選んで棲むというのに』

 楊奉の無能を知り、曹操の英邁も知る徐晃は嘆息した。

 

曹操の下へ

楊奉軍の幕舎を脱した徐晃と満寵は、追手を退け、曹操の陣へ辿り着く。

望み通り徐晃を得た曹操は、「近来、第一の歓びだ!」と語った。

『士を愛すること、女を愛する以上であった曹操が、いかに徐晃を優遇したかいうまでもなかろう。』

無事帝を擁して許昌へ至った曹操は、勇将・徐晃を校尉に叙した。

 

 

■(四)臣道の巻

◎下邳の戦い

呂布を下邳城に追い詰めた曹操軍。

その厳重な包囲網の中に徐晃もいた。

内応者が呂布を縛めて門を開き、いよいよ落城の折である。

「南門を、死場所に」と防戦に努めていた呂布軍の参謀・陳宮は、勇将・徐晃に出会って、ついに生け捕りとなる。

 

◎禰衡の評

奇弁畸行の学者・禰衡は、曹操軍に人無しと嘯く。

それに対し曹操は麾下の人材を褒め上げ、うち徐晃は「古の岑彰、馬武にも勝る器量を備える」と讃えた。

しかし禰衡は曹軍の人材を悉く貶し尽くす。

『満寵には、酒糟でも喰らわせておき、酒樽のタガを叩かせておくとちょうどいい。徐晃は、狗ころしに適任だ。』

 

◎小沛急襲

董承らが企図した曹操暗殺計画は、密告により失敗に終わる。

義盟の連判状の中には、徐州を与えられていた劉備玄徳の名もあった。

曹操は怒り大軍を差し向け、小沛城の劉備張飛は惨敗を喫す。

徐州を席捲する曹操軍の中には、徐晃の騎馬隊の姿もあった。

 

関羽の投降

下邳城にいた関羽もまた、曹操軍の猛攻の前に窮地に陥った。

転戦する徐晃は許褚らと共に、関羽軍の退路を断つ。

追い詰められた関羽張遼の説得を受け、三つの条件を掲げて曹操軍に投降した。

 

徐晃顔良

白馬の戦いでは袁紹軍の勇将・顔良が万夫不当の活躍を見せる。

彼一人のため曹操軍はただおののき恐れて見えたが、その時、

『オオ、徐晃が出た。――徐晃が出て行った』

兵らは期待し、どっと生気を蘇らせる。

『いま、中軍の一端から、霜毛馬にまたがって、白炎の如き一斧をひっさげ、顔良目がけて喚きかかった勇士がある。これなん曹操の寵士で、また許都随一の勇名ある弱冠の徐晃だった。』

両雄は七十合にも渡って撃ち合い、しかし、決着は付かなかった。

 

徐晃文醜

顔良関羽に討たれる。

続く延津の戦いでは、猛将・文醜が剛勇を奮った。

徐晃が得意の得物といえば、つねに持ち馴れた大鉞であった。みずから称して白焔斧といっている。それをふりかぶって文醜に当って行った。』

徐晃張遼と共に、文醜に挑む。

撃ち合うこと三十余合。

徐晃は弱冠ながらも曹幕の一驍将として、袁紹軍の勇士と堂々渡り合った。

ここへ関羽が駆け付け、文醜を討ち取った。

 

 

■(五)孔明の巻

関羽との離別

冀州劉備玄徳ありの報を受けて関羽は、かねての約定通り曹操の下を去る。

曹操は六、七騎の腹心のみ連れて覇陵橋で関羽を見送るが、この中に徐晃の姿もあった。

 

官渡の戦い

華北の帰趨を賭けた袁紹軍との決戦。

徐晃は諸将らと並んで大隊の一つを率いる。

捕虜の情報から袁紹軍の兵糧部隊を発見した徐晃は、急襲して火攻めを仕掛ける!

莫大な兵糧が燃え盛り、空を赤く焦がした。

さらに追撃して来た張郃・高覧の両将を誘い込み、張遼・許褚の後詰めと合流してこれを敗走させる。

袁紹軍の士気は大きく下がり、徐晃の功績は甚だ大きかった。

曹操はこれを褒め称えるが、

『いやご過賞です。』

あくまで謙虚な姿勢を崩さない。

 

◎袁家討伐

官渡で大敗した袁紹はやがて病死し、子の袁譚袁尚らが後継者争いを始める。

曹操はこれに乗じて袁家討伐の兵を挙げ、張遼、許褚、徐晃于禁らの軍が北へ攻め上がる。

 

 

■(六)赤壁の巻

◎十万本の矢

夜半、曹操軍の水寨に突如呉の船団が接近した。

不寝の番をしていた徐晃張遼曹操へ報告し、命を受けて射手三千人の弩弓隊に矢の斉射をさせる。

しかしこれこそ諸葛孔明の策だった。

のべ十万本の矢を頂いた藁の船団は、夜霧に紛れて逃げ去った。

 

◎紅旗船団

ついに進撃する曹操軍の大船団。

前列の船団はすべて紅旗を檣頭に掲げ、この一団の大将には徐晃が選ばれた。

この一戦は水上に利がある孫権軍に圧倒されるが、周瑜の負傷を機に両軍が退却する。

 

 

■(七)望蜀の巻

赤壁逃避行

八十余万を号した曹操軍の船団は、赤壁の一敗に壊滅した。

わずか二十騎ばかりで落ち延びる曹操の背後に呉の呂蒙・淩統が迫る。

死を覚悟した曹操の眼前に、一手の兵馬が現れた。

『丞相丞相。もう恐れ給うことはありません。ご麾下の徐晃です。徐晃これにお待ちしていました』

徐晃呂蒙・淩統の軍を蹴散らし、敵中で苦戦する張遼を助け出す。

以後、両将は道中、執拗な孫権劉備連合軍の追撃に対し善戦し、曹操を良く守り切った。

 

◎文武競春

春。

鄴の銅雀台は足掛け八年に渡る大工事の落成を告げていた。

盛大に祝い、曹操は武官に弓馬の腕を競わせる。

曹休、文聘、曹洪夏侯淵

諸将が弓矢の妙技を奮い、最後に徐晃が柳の枝を見事に射抜いて、褒美の紅袍を手に入れた。

『丞相の賜物、謹んで拝謝し奉る』

しかし許褚がこれに飛び掛かり、両雄は引っ組んで相撲を取る。

恩賞の袍もこのためズタボロになってしまうが、曹操は笑って「武芸の励み、見届けた」と皆に一袍ずつ、改めて褒美を与えた。

 

 

 続く

 

 

【参考文献】

三国志吉川英治講談社

三國無双8に登場する書物の一覧

 

~書物~

敵将撃破時のドロップやフィールドで採取できる素材(アイテム)のカテゴリの一つ。

山賊系、黄巾党残党、黒山衆、白波衆など頭上に「頭目・大頭目」の付いた敵を倒した時、確率でドロップする。

敵の武器スタイルによってドロップが変化する。

 

説明「とても希少な書物。用途は無い」

 

 

 

一級

金6000で売れる。

 

孫子兵法書

春秋時代の呉の名将・孫武兵法書

古今東西兵法書のうち最も著名な書物の一つ。

戦争の勝敗を天運や卜占(ぼくせん)に頼っていた時代に、徹底的な合理主義思考で勝利への指針を理論化した。

現存する最古のテキストは、魏の曹操が整理し再編したものである(『魏武注孫子』)。

中国兵法の代表的古典とされる七つの兵法書武経七書』の一つ。 

 

 

六韜(りくとう)

周の軍師・太公望呂尚兵学を伝える伝説的兵法書

後述の『三略』と併称される。

文韜・武韜・龍韜・虎韜・豹韜・犬韜の六篇から成る(「韜」は剣や弓を入れる袋の意)。

漢の軍師・張良が、黄石公という仙人から授けられたとする伝説で知られる。

武経七書』の一つ。

 


三略

太公望呂尚の兵法を、神仙の黄石公が選録したとされる伝説的兵書。

六韜』と併称される。

上略・中略・下略の三篇から成る。

老荘思想を基調に、国を治める大道から政略・戦略の道を論述した。

武経七書』の一つ。

 

 

墨子(ぼくし)

戦国時代の思想家・墨翟(ぼくてき)が説いた墨家思想を、弟子達が編纂したもの。

天下に平等の愛を唱える「兼愛」や、侵略戦争を否定する「非攻」など独自の思想を主張した。

 


韓非子

戦国時代の法家・韓非の著書。

法治主義思想の集大成として、権力と君主の一元化による治国を説いた。

秦の始皇帝に高く評価され、官僚国家創建の理論的支柱となる。

蜀漢諸葛亮が幼帝・劉禅の教材として献上している。

 

 

晏子春秋(あんししゅんじゅう)

春秋時代の斉の名宰相・晏嬰(あんえい)に関する言行録。

霊公、荘公、景公の三代に仕え、憚る事無く行った諫言についての説話や、当時の故事からの教訓が数多く収められている。

 


周書陰符

『太公陰符』または『黄帝陰符経』とも呼ばれる道教の経典の一つ。

伝説上の黄帝の作と伝わるが詳細は定かではない。

史記』や『戦国策』には兵法書であったとも記され、戦国時代の縦横家蘇秦がこれを読んだとされる。

 

 

春秋左氏伝

孔子の編纂と伝えられる歴史書『春秋』(「春秋時代」の名称はこの書を由来とする)の代表的な注釈書。

著者は魯の太史・左丘明とされる。

春秋三伝の一つ。

歴史的事象が淡々と記述される年表風の『春秋』本文に対し、詳しい解説を加える事で内容を補っている。

晋の杜預はこの左氏伝に注釈を施し『春秋経伝集解』を編纂した。

 

 

史記

漢の武帝の時代に司馬遷によって編纂された歴史書

中国の正史(「二十四史」)の第一に数えられる。

「本紀」「列伝」等から成る紀伝体の書で、伝説上の黄帝から前漢武帝までの範囲を叙述する。

歴代の史書の中でも最高の評価を得ており、顕著な歴史的・文学的価値を有する。

数多くの故事成語の出典ともなっている。

 

 

漢書

後漢の班固・班昭の兄妹らによって編纂された、紀伝体史書

前漢の成立から王莽政権までを叙述する。

史記』と並んで「二十四史」中の双璧と称される。

 


呂氏春秋

戦国時代の秦の相国・呂不韋が、三千人の食客を集めて共同編纂させた百科事典。

儒家道家・名家・法家・墨家・農家・陰陽家など諸学派の説を幅広く採用し、天文暦学や音楽理論、農学理論など自然科学に至るまで網羅した。

呂不韋はこの書の完成度を自慢し、一般公開して「一文字でも増やすか減らす事が出来た者には千金を与える」と公言した(一字千金)。

 

 

呉越春秋

後漢の趙曄(ちょうよう)が著した、春秋時代の呉と越の興亡に関する歴史書

史実に忠実と思えない文章も多いが、人物や情景の描写が巧みで詩歌に富んでおり、文学的に優れた書物と評される。

特に呉王・闔閭と夫差、越王・勾践に関する叙述が大半を占めている。

 


列女伝

前漢の劉向によって撰定された、女性の史伝を集めた歴史書

賢母烈婦の伝承・説話を「母儀」「賢明」「仁智」「貞順」「節義」「弁通」「孽嬖」の七目に分類し、神話時代から前漢まで百余人の逸話を叙述する。 

 

 

老子

春秋時代の思想家・老子の著作と伝わる書物。

老子道徳経』とも呼ばれる。

道家老荘思想聖典

根源的真理たる「道」と、あるがまま生きる「無為自然」を説く。

 

 

荘子

戦国時代の道家・荘周の著作と伝わる書物。

後世に『荘子南華真経』とも呼ばれる。

老子』と共に老荘思想道教聖典とされる。

徹頭徹尾「無為自然」を説いた。

三国志演義』では荘周が仙人となって南華老仙を名乗り、漢朝の腐敗に悩む張角に『太平要術の書』を授けたとされる。

 

 

論語

春秋時代の魯の思想家・孔子と、その弟子達の言行録。

儒教の経典「四書」の一つに数えられる。

古来最も重要視された必読の書の一つで、「仁」を中心とする儒家の思想が数多くの説話と共に語られている。

現存する最古のテキストは、魏の何晏(かあん)がまとめた『論語集解』とされる。

 


詩経

中国最古の詩篇

儒教の経典「五経」の一つ。

周代に歌われていた民謡や廟歌を孔子が編集したものと伝わる。

各地の民謡を集めた「風」、朝廷の音楽の歌詞「雅」、祭祀に用いた廟歌「頌(しょう)」の三篇から成る。

 

 

書経

中国古代の歴史書

伝説上の聖人・堯、舜から夏・殷・周王朝までの天子・諸侯の政治と言辞を記した書物。

儒教の経典「五経」の一つに数えられる。

尚書』とも呼ばれる。

古代の理想政治を叙述した史書として、儒家に重要視された。 

 

 

易経

古代中国の卜筮(ぼくぜい)や占術を集大成した書物。

儒教の経典「五経」の一つ。

周易』とも呼ばれる。

伝説上の伏羲(ふっき)が天の理を解して八卦を画し、 神農が八卦を重ねて六十四卦を作ったと伝わっている。

 

 

礼記(らいき)

儒家によって体系化された道徳的規範である「礼」をまとめた書物。

前漢の戴聖が編纂した。

儒教の経典「五経」の一つ。

儀礼の解説や音楽・政治・学問における礼の根本精神について述べられ重要視された。

魏の王粛が注釈を施している。

 

 

 

二級

金3000で売れる。 

 

 

呉子

戦国時代、魏・楚で活躍した将軍・呉起兵法書

武経七書の一つ。

古くから『孫子』と並び評され、「孫呉の武」として後世に多大な影響を及ぼした。

 

 

司馬法

春秋時代の斉の大司馬・田穰苴の兵法書

武経七書の一つ。

「将、軍に在っては君令も受けざる所有り」の名文で知られる。

 

 

尉繚子(うつりょうし)

戦国時代、秦王政に仕えた将軍・尉繚の兵法書

武経七書の一つ。

孫子』『呉子』と並んで古くから評価の高い兵書であったが、著者とされる尉繚の経歴や伝本の経緯には諸説ある。

軍政を説き、大義名分を重要視した。

 

 

孫臏兵法(そんぴんへいほう)

戦国時代の斉の軍師・孫臏の兵法書

従来『孫子兵法書』は孫武と孫臏どちらの著作であるか議論が分かれていたが、1972年、山東省で『孫臏兵法』が『孫子』とは別に発掘された。

 

 

魏公子兵法

戦国四君の一人、魏の信陵君の兵法書

軍才に優れた将であり、身分の別なく人を評価する信陵君のもとには多くの食客が集まった。

彼らのうち武威に優れた者が信陵君に献上した兵書が『魏公子兵法』と呼ばれている。

 

 

管子

春秋時代の斉の宰相・管仲思想書

管仲の著と伝わっているが実際の成立は戦国~漢代であると目される。

戦国時代、斉の稷下の学士達が管仲に仮託し、法家を中心に多様な思想や学説をまとめ上げたものと見られている。

 

 

商君書

 戦国時代の秦の法家・商鞅の著作と伝わる書物。

『商子』とも呼ばれる。

純粋な法家思想書として、法律の厳格な運用を主張した。

農業の振興と富国強兵を中心に、兵法についても述べられている。

 

 

塩鉄論

前漢の桓寛がまとめた経済政策に関する書物。

武帝の時代、財政政策として塩や鉄の専売・均輸法が制定されたが、その存続の是非を巡って儒者・官僚の間に激しい議論が沸き起こった。

桓寛はこれらの討論を記録し対話形式の書として編纂した。

 


戦国策

前漢の劉向の著。

戦国時代に各国で活躍した遊説の士(縦横家)の国策・献策、言説や逸話を編纂してまとめた書物。

戦国時代という名称はこの書が由来である。

 

 

考経伝

三国時代の呉の学者・厳畯(げんしゅん)の著。

詩経』『書経』『礼記』等を研究し、注釈した書物。

厳畯は有能な政治家でもあり、魯粛の後継者に指名されるが軍事の非才を理由に固辞し、呂蒙が後継となった。

 

 

 

 

【参考文献】

 ・『中国の思想 孫子呉子村山孚 徳間書店

・『新訂 孫子金谷治 岩波文庫

・『史記司馬遷 ちくま学芸文庫

・『春秋左氏伝』小倉芳彦 岩波文庫

・『論語金谷治 岩波文庫

・『中国の歴史』陳舜臣 講談社文庫

・『十八史略』竹内弘行 講談社学術文庫

・『正史 三国志陳寿 ちくま学芸文庫