三好三大天 第五話『蒼天已死』
一面の湿地帯が広がる。
戦場である。
朝靄の霧が晴れ、彼方には一向衆の旗印が翻った。
「すわ掛かれィ!」
わーっと喚声を上げ、槍を向け突撃して来たる一向門徒。
三好の長兄、仁の人・長逸(ながやす)は阿波の精兵を率いてこれを迎え撃つ。
「・・・まだ、十分に引き付けよ」
木の盾を立ち並べ、三好軍は息を呑む。
「生きるは無間地獄、死ねば往生極楽」をのたまう一向衆の決死戦法は、侮れぬ。
官軍も寺軍もこれに当たって甚大な被害を出す様をよくよく見て来た。
「まともに当たるな。瀬戸際まで引き寄せ、一網打尽と致す!」
作戦参謀は三好の三弟・友通(ともみち)の策。
長逸がこれを用い、よく兵を束ねた。
地が震える。
目前まで迫る狂信門徒の兵らは、しかし三好軍の喉元に入るや泥濘(ぬかるみ)に足を取られ、勢いが死んだ。
「いざや、放てィ!」
一斉に三好方は盾より身を立ち上げ、弓矢、投石の限りを尽くして一向門徒に攻め掛かる。
泥と血の飛沫が舞った。
「南無阿弥陀仏ッッ!!!」
倒れども倒れども次々と押し寄せる亡者の群れは、哀しいかな乱世の生み出した犠牲者に過ぎぬ。
これを討たねば地は治まらぬ。
されど彼らを生んだ世の悪しき乱れこそ、長逸は憎んだ。
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「東の陣が破られる!」
死兵と化したる一向衆の突撃には、侮れぬ。
いよいよ一端が崩れれば戦局は危うい。
そこへ三好軍の内から身の丈八尺の大丈夫が、大棍棒を担いで堂々名乗り出た。
三好の次兄・政勝である。
「有象無象の何するものぞ!はーーっい」
大音声と共に葦の如くに、敵を一擲に薙ぎ払う。
味方は奮い立ち、敵は恐れおののいた。
「持ち直したり。」
三弟・友通(ともみち)はよく戦況を俯瞰し、長兄・長逸(ながやす)に的確な助言を加える。
「さて、一向門徒は数に頼めど、ここいらが勢いの死に時でしょう」
武者具足に身を包む頼もしき将・長逸が傅(かしず)く先に座すのは、いまだ若干十三歳の仙熊丸、改め三好伊賀守利長。
総大将である。
狂気渦巻く戦場にこの少年大名はよく冷静に、沈着に座している。
長逸が軍配を差し出した。
これを手に、
「賊徒、討滅すべしっ」
利長は総攻めの下知をくだす。
はるばる阿波徳島より海を越え、長逸の仁の旗のもと畿内へ上陸した三好軍は甚だ精強。
総崩れとなった一向衆を散々に蹴散らし、ついには摂津武庫の地の重要拠点・越水城の奪還に成功した。
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「奮戦、大儀である」
幼少の利長は傀儡ではない。
長逸は、まことの忠臣として三好家の再興に努めている。
「快勝。だがそも先だって和議が成ったのでないか。
兄者、どうなってやがるんでぇ」
武功随一番の活躍を見せた次兄・政勝は、汗と泥と返り血とを拭きながら問う。
「和睦した細川管領家も、石山本願寺も、もはや各地の一向一揆を抑える事が能わぬのよ。
哀しいかな、戦乱の世を終わらせるため三好の武威を以って平らげる他なし」
智略鋭敏、三弟・友通の戦況分析はいつだって的確である。
「蒼天已に死す、か・・・」
長逸は、越水城の暗い空を眺め嘆じた。
仁の世はまだ遠い。
三好三大天 第五話 終わり