三好三大天 第四話『仙熊丸』
「では、若様。
書面に押を頂きたく」
仁徳の士・長逸(ながやす)は、丁重に礼を以って座を下がり、一人の少年に筆を差し出した。
仙熊丸。
齢十一のこの少年は、幼年に似つかわず落ち着いた表情で堂々と居直る。
静かに筆を執ると、すらすらと書面に花押を描いた。
「これで良いか、長逸」
「ありがたきしあわせ。
これにて民の暮らしも変わりましょう」
長逸は三好一族気鋭の若武者であるが、宗主の血筋ではない。
宗家の男は皆、戦で死んだ。
遺児・仙熊丸だけが三好の嫡流を汲む最後の生き残りである。
「長逸。
こたびは大義であった。
おぬしが言う仁の世を、わしも見てみたい」
長逸は三好再建の功随一の実力者だが、決して家督を我が物にしようなど思わなかった。
仁を重んじ嫡流の義理を立て、幼年の仙熊丸を若殿に奉じ忠節を尽くす。
こういう誠実さが、長逸の魅力であった。
「若様・・・ありがたき御言葉!
この長逸、微力ながら若様をお支えし、ひいては世に仁の志を示してご覧に入れましょう」
「頼もしいぞ、長逸!」
仁義だけで幼子を立てるのではない。
長逸はこの仙熊丸という男児の力量に、並みならぬ大器を見出していた。
幼年ながらに聡明で、威風堂々たる凛々しき居住まい。
三好の受難の中を生き抜いた逞しさは、よく物事の筋を見極め人の意見を容れ、かつ己を崩さぬ強さを育んだ。
この若殿はいずれ立派な武家の棟梁となるだろう。
仙熊丸。
長逸が器を見出し、三好再興の旗印に立てたこの少年こそ後の戦国初代天下人・三好筑前守長慶(ながよし)その人である。
三好三大天 第四話 終わり