『♰悪魔軍師♰シメオン』第2話・友
小寺官兵衛は播州の人である。
齢三十。
地元の領主に仕えて働き、コツコツと日々仕事を捌いて、家族を養う(妻と七歳の男児あり)。
持ち前の鋭利な頭脳と実直な勤務態度から、諸事百般を卒なくこなし、今回若くして外交交渉の重役を仰せつかった。
播磨から、遥々岐阜へ。
官兵衛はだいぶ久しぶりに地元を離れた。
公務といえ、こんな長旅は物心ついてから初めてやも知れぬ。
御家の進退を背負っての大仕事だから、重圧もあるが、しかし中央の都市へ赴き己の見識を広める機会に、心が躍らぬ事もない。
事実、駐屯する織田家中に軒並み居揃う人材の豊富さには圧倒された。
各軍団を率いる諸将はそれぞれが大名の風格を宿し、麾下の部将も層が厚い。
智恵者も多く、門人は文化芸術を洗練させ、南蛮の伴天連ら異人も出入りする。
国際色豊かで新しい物に満ちていた。
(これは播磨の地元に居たままでは、見聞きも出来ぬ鮮烈さ。)
官兵衛の頭脳は柔らかくこれら新たな刺激を吸収した。
取り分けて、お取次ぎ役の羽柴秀吉には歓待された。
「えんや~~~こらっえいんや~~~~っさ!」
酒宴では大将、自ら滑稽な踊りに興じて、威厳も何もあったものでは無いが、麾下の将兵まことに心服している。
席には笑いが絶えぬ、人心掌握術の妙技よ。
広間の宴会場でどんちゃん騒ぎを繰り広げる羽柴家中を賓客の座から眺める官兵衛は、お固い。
「崩せっ、崩せ」と言われても脚を崩さず「飲めっ、飲め」と酌されても手前はほどほどにと躱していた。
そこへひょろり近づいて参ったのは、例の色白の書生風。
竹中半兵衛といったな。
「・・・ところでコカン殿は学識豊かで、古今の戦に精通すると聞いています。
私もどうか兵法の御指南を賜わりたいものだが」
小さめの酌を官兵衛に近づけながら、穏やかな口調で笑んでいる。
「・・・コカンはよせ、と言うたであろう」
不服げに言いながら官兵衛は、しかし半兵衛の酌は受けた。
小寺と羽柴の友誼に。
二人は乾杯を交わし、官兵衛は盃をぐいと飲み干す。
「おお~~~~!?
コカン殿!これは、イケる口かぁ~~~?!」
その様を眺めていた秀吉は瞳を爛爛と輝かせて御囃子に興じる。
コカンはおよしくだされ、としかし官兵衛は軽く杯を掲げて、お調子者の皆々はそれを見てこの無愛想な客人も客人なりに楽しんでくれているかと安心し、楽しんだ。
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「・・・であるから、つまり魏武王曹操の覇は漢の献帝を奉じた事にある。
大義名分だ。
『孫子』にも正々の旗を迎うるなかれ、堂々の陣を撃つなかれとある」
官兵衛は、珍しく饒舌。
「では秦国打倒の大義を掲げた項王が、しかし倒れたのは?」
細長い切れ長の眼に微笑をたたえながら、半兵衛は問う。
「愚問だな。
項羽は自ら立てた楚王を弑逆して私欲に走った。
大義を失した者の末路は、斯くなるべし」
グイと飲み干す官兵衛。
半兵衛に酌を向ける。
「王道鎮護、というわけですね」
半兵衛も酒を受け、静かに口を付ける。
互いに話がわかる。
やはり同類の男だと感じた。
泥酔気味の秀吉が近づき、手を叩いて喜んだ。
「いやはや~!さすがコカン殿じゃ!
うちの半兵衛とこうも話せる者は、そうそうおらんじゃとて!」
コカンはよしてくだされ、と言うのももうけだるい。
「・・・ええ、唐土の史にもお詳しく、楽しく酒を頂いています。
良き友を得て幸いですよ、ねえコカン殿?」
半兵衛は笑う。
「・・・もう、コカンで良いわ」
珍しく、酔った。
宿舎に戻り、澄んだ夜空に輝く月を眺める。
「・・・友、か」
官兵衛は明日、播磨へ戻る。
続く