徐晃伝 二十五『激闘の行方』
激しく合わさる刃が武の髄を現し、戦いを通して互いの生き様を語り合う。
良き宿敵(とも)を得たり___。
鋼を熱く打ち合い死闘を演じながら、二人の表情には笑みすら浮かんだ。
しかし、それゆえに両雄は、命運を決すべきが今日この場所ではないと知る。
刃を通じて伝わる懸念は脳裏をよぎる要衝・江陵の帰趨(きすう)。
「・・・水をさしたな、徐晃殿」
武人として雌雄を決さんと望む一方、将として、ここで決闘に終始は出来ない。
「関羽殿、それは拙者とて同じこと」
一軍を率いる将として、戦略を成す役割がある。
両軍に伝令兵が駆け参じ、戦況が伝えられた。
「江陵の曹仁殿、援軍と合流されたとの由!」
「孫呉の大軍は一時長江へ退いた模様!」
「すまぬな徐晃殿、この機に荊州を征さんとするは軍師殿の御指図。
義兄・劉玄徳の大志がため!
貴殿との決着は、後に預けさせて頂こう」
徐晃が応える。
「承知した。
拙者とて曹仁殿のお命、救う役割がござるゆえ」
二人は矛を収めた。
「いずれまた、戦場で相まみえようぞ!」
・・・八年前のあの日と同じように、徐晃はその背を見送った。
関羽の武に届かぬ己が未熟さを悟り、自ら斧を落とし戦わずして負けた、その悔しさと不甲斐なさを片時も忘れたことはない。
しかし、かつての思いと今は異なる。
遠く遥かな障壁と追い続けた関羽の武に、刃が届いた。
決着を見ずとも、一歩も引けを取らず武を奮い堂々と渡り合った。
徐晃は蒼く晴れた天を仰いで、神妙に目を閉ざす。
・・・武の頂が見える。
「関羽殿、貴公との決着はいずれ天の時を得よう。
それまで拙者はひたすら修練に励み、武を磨くのみ」
乱世に生きる武人・徐晃は、ただ武を磨き奮い、曹操の覇道を支えて駆ける。
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満寵は良く指揮を執り、劉備軍を足止めして味方が撤退する時間を稼いだ。
「満寵殿、徐晃殿。救援かたじけない!
無念だが江陵は守りきれなんだ・・・」
泥と傷だらけの鎧兜が、江陵での激戦を物語る。
満寵が言った。
「いえ曹仁殿、これで良いのです。
今後も孫・劉の圧力から江陵を維持する事は、今の我々には困難です。
曹仁殿が砦をよく堅守し、孫呉の兵を退かせてくれたおかげで、この隙に関羽が城を取るでしょう。
この展開は我々の筋書き通りです」
満身創痍の曹仁の眼に、希望の色が浮かぶ。
「なんと、そこまで先を見通していたとは・・・自分も及ばずながら、奮戦した甲斐があったというもの」
一方で大局は、目論見通り荊州の帰趨を巡る孫・劉の利害対立を浮き彫りにした。
この布石は後に大乱を招き、徐晃の宿命も大きく左右する事になるが・・・
「さあ、帰ろう徐晃殿。
此度の戦役は長く、過酷だった。
兵達にも私達にも、今は休息が必要だ」
満寵と徐晃は手を取り合い、共に難局を乗り切った。
かけがえのない戦友(とも)である。
許昌を目指し、今はただ帰路に途いた。
徐晃伝 二十五 終わり