夜半、徐晃の軍営に突如一人の男が訪れた。
「やあ、久しぶりだね。徐晃殿」
大胆にも単身、丸腰で敵陣に乗り込んできたその顔、徐晃には見覚えがあった。
「・・・満寵殿?あの満寵殿か?
おお、なんと懐かしい!」
今は敵味方といえ旧知の仲、徐晃は礼を尽くして満寵を歓待した。
二人は何年ぶりの再会であろう、その旧交はいささかも曇らず大いに語り合った。
しかしやがて、満寵はかつてなく真剣な面持ちで用件を切り出す。
「単刀直入に言おう。
徐晃殿、いつまでこんなところで燻(くすぶ)っているつもりだい?」
徐晃の表情は暗い。
「君は、武の高みを目指しているはずだ。
良禽は木を選ぶ(※賢い臣下は良い主君を選ぶ)という。
楊奉のような小人物の下にいて、君は武の頂きとやらに辿り着けるのかい?」
「満寵殿、拙者にもわかっているのだ。
・・・しかし楊奉殿には命を救われ、世話になった御恩がござる」
徐晃は表情を曇らせた。
満寵は、真剣な眼差しを徐晃を向ける。
「今の君は、楊奉殿への恩に胡座(あぐら)を掻いて、もっと大事なことから目を背けているに過ぎない。
己の人生の責任を他人に委ねてしまって、君は本当にそれでいいのかい?
君の生き様、行くべき道を楊奉殿に託して、それで本当に迷いも悔いもないと言えるのかい?」
平素の満寵では考えられぬほど、熱く、誠を尽くして徐晃を説得する。
「私は、自分が望む道を選んで生きたいと思っている。
この乱世を終わらせる大望、曹操殿はそれを実現すべく邁進するだろう。
その先には厳しい戦いが待っている。
これは、私が自分で選んだ道なんだ。」
「せ、拙者は・・・」
楊奉に仕えている事に、これだけの覚悟と決意は無い。
「徐晃殿、君は傑出した武と志を抱きながら、その高みへの道を自ら閉ざしている。
私には、それがとても惜しまれる」
その熱烈な弁に胸を打たれた。
目の前の靄(もや)が晴れる思いだった。
徐晃の眼には、涙すら浮かんだ。
「おお・・・満寵殿・・・!
拙者の心は思い悩むあまりに曇っていた・・・
貴公のおかげで、迷いが晴れ申した!」
徐晃は満寵の手を握る。
「ははっ、そうこなくてはね。徐晃殿!」
満寵は、屈託のない表情で友に笑いかけた。
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「楊奉殿。長い間、世話になり申した」
徐晃は深々と頭を下げる。
幕舎には誰もいない。
「命を救われ、取り立てて頂いた御恩には、我が武を尽くして報い申した。
・・・これからは、拙者の行くべき道を邁進いたす」
徐晃は、かつて楊奉から賜わった虎顎(こがく)を兵舎に立て掛け、一人静かに語った。
「この虎顎(こがく)は、お返し致す。
拙者には、いささか軽きに過ぎ申した」
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「おのれ楊奉、裏切ったか!」
しかしさすが想定外の展開にも素早く対応し、戦端を開くと精強を以って謳われる楊奉軍に堂々と渡り合う。
一進一退の攻防を続ける中、曹操軍の側に突如一隊の精鋭が現れた。
これは徐晃と、彼の武と人柄を慕う白波兵の一部が楊奉軍を離脱し、参陣したものである。
長駆直入、徐晃は騎馬を翻し高々と名乗りを上げた。
「徐公明、推参!
これよりは、曹操殿に助太刀いたす!」
徐晃は今、己の道を歩み始めた。
徐晃伝 六 終わり