徐晃伝 一『友』
※この物語はフィクションです。
姓は徐、名は晃。字(あざな)は公明。
司隷河東郡楊県の人。
父は真面目で廉直な地方役人、母はおおらかで優しく、妹もいた。
晃はこの家庭に生まれ幼少期を育った。
晃は近所の悪童どもを率いて、喧嘩して街中を駆け回った。
妹を守る優しさもあり、悪童ながらに慕われた。
だが一本気向う見ずな所があって生傷が絶えず、よく勝ち目のない年長の子に挑んでは負けて、外では泣かず、ぐっと堪えた分家では泣き、母に慰められることが多々あった。
見かねた父は、晃が字を読み書きできる歳になって、書を与えた。
「公明。お前は戦というものを知らぬ。
ただ闇雲に攻めるだけでなく、迂直之計がある事を知れ」
父は官位こそ低かったが高潔な志があり、
また軍馬の素養を学問に磨いていた。
晃は書を読み、兵法を学んだ。
・・・まだよくわからなかった。
「父上。武を極めた孫呉ですら、
どうしてウ直の計を用いるのですか?」
父は聡明で、
「公明、戦わずして勝つのが最も善い。
善く待ち、武を磨き、機を得て勝つのが真の戦上手よ」
と教えた。
「・・・父上、拙者にはよくわかりませぬ」
「いずれ、わかる」
しかしそれから、徐晃の喧嘩の仕方は少し変わった。
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腕っぷし逞(たくま)しい少年に育って、徐晃は学問も塾に学んだ。
しかし何より身体を動かし木を振り回して、鍛錬に励むのが好きだった。
「お師さま。学問に極みを目指すように、拙者は武門に頂きを見出しとうござる」
師は教えた。
「公明よ、お前は賢い。
学も武も、よく人に学び、頂を目指し修練に励むが良い。」
徐晃は伸び伸びと学び、廉直に武を磨いた。
しかし同年代の子供たちには、幼くして備わる徐晃の崇高な志はわからなかった。
よって彼は人に話さず己に内省し、ひたすら一人鍛錬に励んだ。
徐晃の、孤高にしてひたすら己の研鑽に励む在り方は、この時から培われたであろう。
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姓は満、名は寵。字は伯寧。
徐晃とは、同い年である。
変わった子供で、親の都合で街に引っ越してきたが、
他の子とはつるまず、家の庭先で何やらおかしな仕掛けを作って一人遊んでいた。
奇妙なよそ者と街の少年らがからかいに来るが、満寵が子供ながらに仕掛けた上手な罠に掛かって、喧嘩という喧嘩にはさせてくれない。
「卑怯だぞ!」「臆病者!」
泥水を被った小僧どもは口々に満寵を罵った。
しかし、徐晃だけは違った。
「このような罠に掛かったは拙者の未熟。
・・・まだまだ修行が足りぬという事か」
後日、徐晃は一人で満寵を訪ねた。
己にはない才覚を、彼に見出したからである。
声を上げ庭先に入ろうとすると、足元に縄が張ってある。
近所の悪童共もそこかしこに張られた罠に痛い目を見て、近寄らなくなったのは頷ける。
しかし同じような手を二度は食わぬと、徐晃は縄を跨いで門をくぐるが足元に気を取られたため、頭上の仕掛けに気付かなかった。
コツンと紐が放たれ、バシャッと桶の水が頭から掛かる。
こっそりと覗き込む満寵の姿に、頭からびしょ濡れの徐晃が叫ぶ。
「満寵殿!貴公の策は見事でござる。
その武略、どうか拙者に御教授願いたい!」
思わぬ言葉に満寵は目を丸くして驚いたが、やがて、ははっ、と笑い警戒を解いた。
「・・・変わった御仁だ。」
二人は語り合い、交誼を結んだ。
満寵は自分の発想で仕掛けを作り出し、それに驚く人の顔を見るのが楽しいと。
徐晃は己の武を磨き上げ、いずれ至るべき頂を見たいと。
やがてすっかり意気投合した二人に、周りの子供らは不思議がった。
誰もが一目置く実直な徐晃と、奇妙な仕掛けを作って楽しむ満寵とが、すっかり仲良くなってしまったからである。
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悠久の中国大陸。
広い草原に夕陽が落ちて、徐晃と満寵は街外れの石垣に腰掛け、語り合った。
やがて徐晃は、親しみを込めてこう言った。
「満寵殿。拙者と貴公とは、物の考えも己の在り方もまるで違うが、
しかし拙者は最も己を知る者を得た気がいたす。」
満寵は応えた。
「ははっ、私の方こそ、これほど自分の事を誰かに話して、
分かってもらえたのは初めてだよ、徐晃殿。
・・・私達は、善き友になれたという事かな」
「・・・友?
そうでござるか。これが、友」
しかし時は、後漢末期。
乱世である。
折しも太平道の教祖・張角は冀州に立ち、賊徒蜂起は各地に広まった。
満寵は家族に連れられ、徐晃の街を去った。
後に二人は再会する事になるが、それはまたずっと先の話である。
徐晃伝 一 終わり