徐晃伝 十七『官渡決戦』

 

官渡決戦は、長期戦の様相を呈していた。

白馬・延津の初戦で手痛い損害を被った袁紹は慎重に転じ、数で優るその威を以って持久戦に持ち込んだ。


その圧倒的物量に、曹操軍は徐々に劣勢へと追いやられる。

 


状況を打開すべく軍議を練る諸将を前に、徐晃が言った。

袁紹軍は大軍でござるが弱点が一つあり申す。
必要な兵糧が膨大である故、兵站線を叩けば一転、自重に耐え切れず崩壊するのでなかろうか」

 


曹操は献策を採り、表では袁紹軍の物量に必死の抵抗を見せ、裏では兵站線の撃破を企図した隠密作戦を指示した。


平素よく間諜を用い情報収集を徹底していた徐晃は、袁紹軍の輸送隊の行軍路を把握する。

 

 

 

「いざ、火攻めで焼き払わん!」

 


夜半、徐晃隊は出撃した。

 

 

 

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夜襲をかけられた袁紹軍の兵糧輸送隊は、燃え盛る火炎のなか大混乱に陥った。

 

数万の兵を養う大量の食糧が火に飲まれて煙を上げる。

 


この明かりは数里先からも遠望できた。

袁紹軍の幕僚の一人・許攸はこれを見て、意を決す。

「ついに曹操軍は兵糧に目を付けた・・・
袁家の大敗も時間の問題よ。私は降るぞ」

日頃の献策をことごとく退けられ袁紹に失望していた許攸は、烏巣(うそう)の兵糧庫の地図と共に曹操軍に降伏した。

 


軍師・荀攸はこの利を最大限に活かし、袁紹軍の意表を突いて諸将に烏巣を襲撃させる。
十万から成る大軍の食糧をことごとく焼き払った。


こうして戦闘続行が不能となった袁紹軍は、あっけなく崩壊し、黄河の北へと退いて行った。

 


曹操華北を制した。

 

 

 

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本決戦で、徐晃は抜群の武功を上げた。

 

奮戦甚だしくその功績、諸将の中でも第一の武勲として賞される。

 

一介の降将であった徐晃ではもはや無い。

 

偏将軍位を賜わり、正真正銘曹操軍を率いる将軍の一人となった。

また都亭候の爵位に任じられ、一城を領す大名となる。

 

しかし地位が上がり偉くなっても、徐晃はいささかも驕ることなく、今まで通りに謙虚で慎ましく清廉な人格を崩さなかった。

 

「拙者はまだまだ未熟でござる。

武の頂き・・・遥か高みに臨む武の極みを目指し、ひたすら修練に励まん!」

 

徐晃の脳裏には関羽が、超えるべきその巨大な影が浮かんでいた。

 

 

 

 徐晃伝 十七 終わり

 

 

徐晃伝 十六『修練の日々』

 


関羽との訣別を経て徐晃は、より一層の鍛錬に励んだ。

 

  

「拙者の武、兄者の志と共にある」

 

関羽の雄々しき言が頭の中に響く。

あの比類なき強さの源泉は、仁の志を支えんと決す強固な信念にある。

徐晃が往く武の頂き、その眼前に立ち塞がる巨大な壁の如き関羽の存在。

 

強大な敵であった。

 


「ソイヤッ!!」


徐晃はひたすら修練を積んだ。

 

 

目を瞑り、大斧を振るいながらその脳裏には関羽の幻影が疾る。

 

暗闇の中で激しく刃を合わせ、打ち合うこと数十合。

偃月刀を翻す雄姿が迫る。

 

「・・・!」

 

一手、遅れが生じ関羽の一撃が徐晃の身体を斬り裂いた。

 

何度も何度も、心眼の中で関羽に挑む。

 

どうあっても今一手、追いつかぬ速さの一撃が襲う。

強烈な信念に支えられた超越的な関羽の武が、徐晃の身体を何度も斬り裂いた。

 

「拙者の武、まだまだ高みへ遥かに届かぬ・・・!」

 

己に足りぬ武を省みて、何度も何度も修練の中に探し求める。

 

関羽の幻影はその刃に迷いなく、尋常ならざる太刀捌きで徐晃を襲う。

 

そのたびに徐晃は身を斬られ、学んだ。

学んだ一撃を次には切り抜けるが、その先に更なる一撃が徐晃の武を超えて襲い来る。

 

ただひたすら鍛錬に励んだ。

 

 

関羽の幻影と戦い続け、何度敗れてもなお徐晃は武の道を駆け昇る。

 

武の頂きは、関羽を超えたその先に見える。

 

 

 

偃月刀が煌めき、また徐晃の胴を斬り裂いた。

 

「・・・まだまだ!

関羽殿、もう一度でござる!」

 

徐晃は汗に濡れた腕に大斧を握り、ただひたすら鍛錬に励む。

 

 

 

 

徐晃伝 十六 終わり

 

 

徐晃伝 十五『宿命』

 

 

 続く延津の戦いでは、袁紹軍の猛将・文醜の騎馬隊が猛威を奮った。

 

これに力押しで当たらず、専守防衛に徹した徐晃の指揮こそ兵法の妙であろう。

 

 

文醜隊に疲れが見え、勢いが死んだ機に一転、徐晃隊は攻勢に出た。

 

さらに軍師・荀攸の策で文醜の兵に乱れが生じ、戦闘は一気に混戦へと陥る。

 

 

敵味方入り乱れる戦場で、徐晃の眼前に一筋の道が現れた。

 

「見える・・・っ!」

 

乱戦の中で徐晃は、手ずからに大斧を振るい一気に駆け参じて敵将・文醜の前に躍り出る。

 


「ソイヤッ!!」

 

徐晃はその強堅な体幹を軸に遠心力を巧みに用いて大斧を振り回し、必殺の連撃を見舞った。

 

咄嗟に文醜は、初撃を受け流そうと槌(つち・棍棒の類い)で受けてしまうが、その重厚な一打は受け切れるものではない。

 

槌はひしゃげて折れ曲がり、文醜は腕に深傷(ふかで)を負った。


二撃、三撃と続く猛攻を躱(かわ)し切れず、文醜は一刀の下に斬り倒された。

 

「敵将・文醜、徐公明が討ち取り申した!」

 

鬨の声が響き、袁紹軍は壊走した。

 

 

こうして徐晃隊は白馬に続いて延津の要衝も勝ち取る。

 

顔良文醜もその武勇は名高く相応の将器であったが、関羽徐晃の武はそれを遥かに凌駕した。

 

この前哨戦の快進撃は、二人の勇名を天下に轟かせる。

 

 

 

 

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袁紹軍の幕舎に身を寄せていた劉備はその報せに驚き、安堵した。

「雲長が曹操軍に!?

・・・そうか、生きていてくれたか・・・!」

 

事情はどうあれ、義弟・関羽の息災無事に劉備は胸をなでおろす。

 

だが義弟が袁紹軍の将を斬ったとなれば、劉備はもはやここには居られない。

 

またしても彼は流浪の身となった。

 

 

 

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一方、関羽も義兄・劉備袁紹軍に居ると報せを聞いて、早々に身支度を整える。

 

しかし曹操は、関羽の武を惜しんで暇乞いを許さなかった。

曹操殿!

世話になった御恩は白馬の戦いでお返し致した!

かねての約定通り、拙者は兄者の下へ戻らん!」

 

無人の邸宅に虚しく響く関羽の雄々しき声色は、曹操の耳には届かない。

 

曹操に賜わった金銀財宝の類いは全て置き残し、ただ偃月刀と名馬・赤兎のみ駆って、関羽曹操の軍を離れた。

 

 

 

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徐晃は、関羽の前に立ち塞がる。

 

「・・・関羽殿、行かれるのでござるな」

 

 「徐晃殿、共に戦えたことを誇りに思う。

世話になった・・・拙者は兄者の下へ戻らん」

 

 

徐晃は大斧を握り、構えて言った。

曹操殿は貴公の出立を認めており申さぬ。

どうしても行くと申すか・・・」

 

 関羽も偃月刀を構える。

「如何(いか)な事があろうと、拙者は義兄・劉玄徳の大志と共にある。

邪魔立て致すなら我が義の刃を以って、貴殿とも戦わねばならぬ」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

二人は互いの眼を見つめ、武人として合い異なる道を歩む宿命を知る。

 

極限的緊張が走る。

 

 

 

 

 

徐晃は目を瞑り、恥をしのんで大斧を地に落とした。

 

「・・・拙者の負けでござる」

 

 

戦う前から勝敗は決していた。

 

「・・・悔しいが今の拙者の武では、関羽殿にはとても及ばぬ」

 

 

徐晃にはわかった。

 

関羽の並みならぬ武勇、その強固な志は劉備と共にある。

いま関羽はその劉備の下へ馳せ参じるべく、如何な困難も打ち破る尋常ならざる気魄が宿る。

 

対して徐晃は、武人として関羽を尊敬しなまじ友として理解するが故。

己が行くべき道を知り、晴れ晴れとした武の境地を駆け抜ける心地は、徐晃も知っている。

楊奉の下を脱し曹操軍へと馳せ参じたあの時武の頂きが見えた。

 

 

今の関羽に、徐晃は勝てない。

 

 

「拙者は未熟でござる・・・いまだ修練が足り申さぬ」

 

 

徐晃殿・・・」

関羽も偃月刀を収める。

 

 

己が武の不甲斐なさ悔しさと、燃え盛る闘志とで徐晃の眼には並みならぬ貌が覗く。

 

 

 

「・・・我が生涯を賭して武を極め、頂きへ至らん!

いずれまた戦場で相まみえようぞ。

その時こそ必ずや貴公を超え、討ち破らん!」

 

 

関羽には、徐晃の尋常ならざる決意が見えた。

 

「合いわかった、徐晃殿。

拙者もこれよりは兄者の仁の志と共に、更なる武の研鑽に励まん。

貴殿との宿命、いずれ戦場で果たそうぞ!」

 

 

関羽赤兎馬を駆り、劉備の下へ帰っていった。

 

 

 

その背を見送り、徐晃は拳を握り蒼天を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

徐晃伝 十五 終わり

 

 

徐晃伝 十四『白馬強襲』

  

徐晃は良く兵を率いて戦った。

 

袁紹軍の動きを見極め、右翼に敵の勢いあればこれを受け流し、左翼に敵が浮き足立てばこれを苛烈に攻め立てた。

兵を手足の如く動かす徐晃の采配は見事であった。

 

敵将・顔良も奮戦するが、この白馬の戦場に引きずり出された時点で軍師・荀攸の術中である。

 

陣形に一瞬の動揺が起きた。

 

徐晃はこの隙を見逃さない。

 

 

関羽殿、今でござる!」

 

「承知!」

 

長柄の偃月刀を翻し関羽は、袁紹軍の戦列を突っ切って顔良の眼前に迫る。


青龍が唸るかの如く空気を劈(つんざ)き、一刀の下に斬り伏せた。

 


「敵将・顔良、関雲長が討ち取ったり!」

 

 

 敵兵の動揺、自軍の士気の勢いを最大限に活かすは将たる徐晃の手腕。

 

「敵大将は関羽殿が討ち取り申した!

皆、奮い立て!今こそ敵陣を破るのだ!」

 

大勢は決した。

 

 

 

徐晃軍は初戦を制し、白馬の要衝を勝ち取った。

 

 

 

 

徐晃伝   十四   終わり

 

 

徐晃伝 十三『将』

 

 

乱世の統一を急ぐ曹操は、時として彼に反する者や愚鈍な者に対して苛烈だった。

全ては、混迷の乱世を終わらせるため。

 

だが仁の人・劉備にとって曹操の非情な在り方は受け入れられなかった。

 

共に乱世の終焉という大志を同じくしながら、二人の英雄は決別する。

 

 

劉備曹操の下を離れ、関羽も共に帷幕を去った。

 

 

 

 

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曹操暗殺計画が露見する。

 

暗殺は未然に防がれ首謀者の董承は処刑されたが、この計画に賛同した者の名に劉備もあった。

 

曹操劉備討伐を決意し命を下す。

 


曹操軍は精強で、反乱軍は忽(たちま)ち壊走し劉備は生死も知れず行方不明、軍勢として残ったのは関羽が率いる一隊だけだった。

 

曹操の大軍に包囲され、もはや活路は無い。

 

関羽・・・その忠節と武勇、ここで死なすにはあまりに惜しい」

人の才を尊ぶ曹操には、是が非でも関羽を幕下に加えたかった。

 

張遼が言う。

関羽殿とは共に武を磨く者として、交誼を結んだ間柄。

こちらへ降るよう、私が説得して参りましょう」

 

 

 

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関羽は偃月刀を構え、大喝する。

「拙者の武、義兄・劉玄徳の大志に殉じる覚悟。

曹操殿には決して降らぬ!

張遼、もはや語るに及ばず。

この期に及んでは互いの刃を合わすのみ!」

 

「待たれよ!今戦っても、関羽殿に勝ち目はござらぬ。

ここで命を無駄にして劉備殿との誓いを破る事が、その大志の為になるのか!?」

張遼は誠を尽くして説得した。

 

その熱意に、関羽はついに降伏を決す。

 

張遼、我が友よ。

お主の誠意はしかと受け取った・・・感謝する。

ただし拙者は曹操殿に降るのでなく、漢室の献帝に降り奉る。

そして我が義兄・劉玄徳の所在がわかり次第、すぐにお暇(いとま)仕(つかまつ)る」

 

どこまでも義理堅い関羽の忠節、曹操も尊重し条件を呑んだ。

 

こうして関羽曹操軍配下の将となる。

 

 

 

 

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袁紹との決戦が迫っていた。

 

華北四州に君臨する漢室の名門・袁紹の勢力は、今や曹操と中原を二分し相容れず、情勢は雌雄を決す大戦に至ろうとしていた。

 

徐晃はこの大戦で最重要の任に抜擢される。

官渡決戦の橋頭保、前線の白馬・延津攻略の将に任命されたのだ。

 

徐晃曹操に傅(かしず)いた。

「拙者、いまだ曹操殿にお仕えして日も浅く、武芸も未熟千万なれど、このような大役を仰せつかり光栄でござる。

必ずや任を果たして参る所存!」

 

徐晃よ!

お主の戦は兵法の理に適(かな)っている。

柔よく剛を制し、敵の強きを避け弱きを突く。

その用兵は古(いにしえ)の兵家・孫武にも勝るぞ! 

我が麾下の将士を良く率い、お主の武を存分に奮うがよい」

 

軍師・荀攸も檄を飛ばす。

「白馬・延津は戦術上の重要拠点。

ここを制すか否かで本大戦の趨勢(すうせい)が決します。

徐晃殿、宜しくお願いします」

 

軍営の篝(かがり)火が照らす中、諸将の期待を一身に受けて、徐晃は拱手(きょうしゅ・拳を手のひらで包む動作)し恭しく礼し、曹操から軍権を預かった。

 

将に徐晃、その下に張遼そして関羽が付いた。

 

張遼殿、関羽殿。

いまだ未熟な拙者が指揮を執ること恐縮至極にござるが、何とぞ宜しくお頼み申す!」

 

「何を申されるか徐晃殿。

貴殿の用兵たるや見事!

拙者とて貴殿の指揮の下でこそ、存分に武が奮えようぞ」

 

関羽は偃月刀を、張遼は双戟を、徐晃は大斧を担ぎ出陣の鬨を上げる。 

 

 

 夜明けと共に長駆直入、徐晃隊は一気呵成に白馬砦に攻め掛かった。

待ち構えるは袁紹軍の名将・顔良

 

 

官渡決戦の火蓋が、ここに切って落とされた。

 

 

 

徐晃伝 十三 終わり

 

徐晃伝 十二『戦友』

 

 

歴史ある漢王朝の帝を戴いた曹操は勢力を拡大し、各地の群雄は続々と軍門に降った。

 

仁の人、劉備もその一人である。

 

今だ流浪の身でわずかな勢力しか持たぬ劉備だが、人望があり慕われた。

漢の献帝の縁戚という血筋もある。

 

曹操は彼を厚く遇した。

 

劉備もこの恩に報いるべく、先の袁術呂布との戦いでは曹操軍配下として戦った。

 

 

 

徐晃はこの時、その生涯で最大の敵となる宿命の武人と出会う。

 

 

 

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姓は関、名は羽。字は雲長。

 

劉備の義弟で、武勇に優れ、清廉で義を重んじる高潔な人柄は天下に誉れ高い。

稀代の人傑であった。

 

 

曹操劉備の共闘により、徐晃はこの関羽と共に戦場を駆ける。

互いに武を競い、彼らは交誼を結んだ。

 

 

 

 

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徐晃は問う。

「時に張遼殿、関羽殿。

貴公らにとって武の頂きとは、何処(いずこ)にござるか」

 

張遼が答える。

「私が目指す真の武は、より強大な敵、より困難な状況を追い求める。

それを討ち破った先にこそ頂きがあろう」

 

徐晃は頷く。

張遼殿の武への求道、見事!

その苛烈な攻めの戦、拙者にとって学ぶことが多くござる」

 

関羽は先に徐晃に問うた。

「しからば徐晃殿にとって武の頂きとは、如何(いかん)?」

 

徐晃は静かに、熱く語る。

「・・・拙者が考えるに、己が武の研鑽に果ては無かれど、より強大な敵を討ち破るには己一人の武だけでは足り申さぬ。

共に戦う仲間の力、策や計略、あらゆる兵法を駆使して戦う極みにこそ、武の頂きが見える気がいたす」

 

張遼は頷く。

「うむ、徐晃殿の言う通り。

己の研鑽に励むと共に、将として広き眼を以って武を奮う・・・

これを肝に銘じねばな」

 

関羽も賛同した。

「お二方の言う事ご尤(もっと)も。

将たる者、敵を斬るだけが武ではござらぬ。

友軍と連携し、策や計略を用いる事もまた肝要なり」

 

張遼は問う。

「して、関羽殿にとって武の頂きとは?」

 

 

関羽は目を瞑り、悠然と構えて語った。

「武を磨き極める道こそ武人の本懐・・・

されど拙者は、己が武を何の為に奮うか。

その志にこそ武の頂きを見出すもの」

 

青龍の如き精悍な相貌には、並みならぬ決意が宿る。

 

 

 

「拙者の武は、義兄・劉玄徳の大志と共にあり」

 

 

 

徐晃にも張遼にも、稀代の武人たる関羽の強さの源がわかった。

 

「兄者が築く仁の世のため。

この関雲長、武を磨き奮い戦うのみ」

 

 清々しき生き様に、徐晃は親しみを込めて言った。

「拙者も張遼殿も、曹操殿の大志のため武を奮う覚悟でござる。

・・・仕える主は違えども、我ら武人として往く道は同じ!」

 

 

 

三人はこうして互いの武を語り、認め合い、高め合った。

 

 

 

良き戦友(とも)であった。

 

 

 

 

 

徐晃伝 十二 終わり

 

徐晃伝 十一『武人張遼』

 

 

徐晃曹操軍の先陣に立って奮戦した。

 

先の張繍との戦乱、そして寿春の名族・袁術との戦いでも、獅子奮迅の活躍を見せる。

 

「参る!」

将として兵を率いながら、自らも巨大な斧を奮って次々と敵を薙ぎ倒す。

常人には持ち上げる事すら困難な重量だが、徐晃は強堅な体幹で軸を形成し、この大斧の重みを活かして遠心力を巧みに用い、ブンブンブンと円旋を描く軌道で必殺の連撃を見舞う、この特徴的な回転殺法を得意とした。

 

「敵将、徐公明が討ち取り申した!」 

 

 

そして今曹操軍は、下邳城に依る呂布との決戦に臨む。

 

この呂布軍との戦いで、徐晃は一人の武人と出会う。

 

 

 

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姓は張、名は遼。字は文遠。

 

呂布軍配下の将である。

 

卓越した技量で双戟を巧みに奮い、ただひたすら真の武を目指して戦いに明け暮れていた。

わき目も振らず徹底的に武の求道を成す生き様は、厳格にして苛烈。

清廉と俯瞰を基底とする徐晃の武とは、通じる道もある反面まったく異なる貌も覗かせた。

 

裏切りを繰り返す呂布のような男を主君と仰ぐのも、当代最強と謳われるその傑出した武を間近に見、盗むためである。

 

 

下邳前哨戦、張遼はその武を存分に奮い曹操軍を圧倒した。

 

「邪魔だァーーー!!」

次々と兵を薙ぎ倒し、本陣に迫る。

 

 

徐晃が立ち塞がり、ここで張遼と刃を交えた。

 

「徐公明、参るッ!」

 

打ち合う事、数十合。

 

張遼の額に汗が流れる。

「守りの型か・・・やりづらい」

張遼は苛烈に双戟を振るい攻め立てるが、そのことごとくを徐晃は大斧を巧みに廻して受け流す。

かと思えば、ブォォオン!

 

受ければ即ち致命傷となる大斧の重厚な一撃が、咄嗟に飛び退いた張遼の眼前を横切った。

 

「ただ守るだけの型でない、巧みに受け流し、機を見れば一気に攻めへと転じる・・・!

この武、只者ではあるまい」

 

徐晃徐晃で、張遼の戟捌きを受けるたび、その苛烈な攻めに腕が痺れた。

「なんという荒々しき武よ・・・!

さすが呂布軍の将、その暴を征く武の性質は苛烈!」

 

徐晃の奮戦で、張遼隊の強襲は勢いを削がれた。

「兵が勢いを失った・・・これ以上は深入りとなる。

退け、退けい!」

 

さすが張遼も一軍の将、退き際はわきまえている。

 

 

その後、軍師荀攸郭嘉 の策で下邳城は水攻めに落ち、最期は部下の裏切りで呂布が捕縛され、曹操の眼前に引き出された。

 

 

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「おのれ!離せ、離せーっ!

この呂奉先に縄を打つなど、許さんぞっ!!」

 

最期の時を迎える呂布を、共に捕らわれた張遼が律す。

「見苦しいぞ呂布殿!貴公の武が泣くぞ。

将たる者、最期まで凛とあられよ・・・」

 

その一言が、曹操の耳にとまった。

呂布は処刑場へ引き出されるが、張遼は縄を解かれた。

 

張遼、お主はただ呂布の武を追い求めるだけの男。

今だ何者でもない。

これよりはこの曹孟徳の将として、その武の行き着く先を見極めよ」

 

思いがけぬ招致、同時に己の虚無的核心を突かれて神妙に座す他なかった。

こうして張遼曹操に忠誠を誓った。

 

 

 

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一方、不義と裏切りの生涯を閉じる呂布の頭上には、白刃が光る。

 

徐晃は眼を背けた。

「最強の武と謳われながら、その本質は"暴"。

このような末路は、拙者の目指す武の頂きではござらぬ」

 

呂布は下邳に散った。

 

 

 

 

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降将となった張遼の姿を見て、徐晃は語りかける。

張遼殿、拙者も元は降将でござる。

曹操殿は元の立場や出自に依らず、ただ能力と才幹をもって人を量られる。

戦場でまみえた貴公の武、お見事でござった。

これからは共に戦う仲間として宜しくお頼み申す」

 

「おお、徐晃殿・・・!御心遣い痛み入る。

戦場での貴公の武には、私には無い強さをしかと感じた。

どうかこれよりは徐晃殿の武に、学ばせて欲しい」

 

二人は、その手を固く握り合った。

 

張遼殿、それは拙者とて同じでござる。

共に曹操殿の大志を支え、武の頂きへと駆け昇らん!」

 

かつて敵味方として刃を交わした徐晃張遼は、こうして友となった。

 

 

 

 

徐晃伝 十一 終わり